第3章 不協和音 前編

 ページをめくる音が響きわわたっていた。やがてそのめくる音が止まる。ゲームからログアウトし、梓達と別れ自宅に戻っていた藤野遼二は自室の天井を見上げ、大きく息をついた。

「一体、俺は何やってるんだろうな」

 再び遼二はページをめくろうとした。が、その手はすぐに止まった。そして、スマートフォンを取り出し、何をするわけでもなくアプリを起動する。

「これを押せば向こうのゲームと同期できて……ああ、そうか」

 アプリが起動すると遼二は、他の項目をすべて無視して支出の項目を押した。

「本当に、いつまでたっても返しきれないな……」

 苦笑しながら遼二はスマートフォンを机に置いた。それと同時にメールが来た。

「またか」

 うんざりしながら遼二はスマートフォンを再び取り上げた。

『明日、ゲームしに行こうよ。みんな待ってるよ』

 一ノ瀬梓からのメールだった。

「しようがない……か」

 遼二は手短に返事を送った。そして、再びアプリを見始めた。


 翌日、遼二は再び会場へと来ていた。

「近くに地下鉄の駅があるんだったら、なんであんな車で迎えに来たんだ……」

 遼二は遠ざかっていく地下鉄を見ながらため息をついていた。そして、案内図を見る。

「出口上がって、コンビニを過ぎたらすぐにあるのか」

 会場の位置を確認すると遼二は改札を出た。その時、携帯が鳴った。二宮和幸からのメールが来ていた。遼二は眉をひそめながらスマートフォンをみた。

『少し遅れますから、先にログインしていてください』

 その短いメールを確認すると遼二は歩き出した。


 会場につき、割り当てられた部屋に行くとそこには梓だけがいた。梓を見た瞬間、無意識に遼二は身構えた。

「なによ?」

 不機嫌そうに呟くと、梓は遼二をにらみつけた。遼二は気まずそうに眼をそらす。

「和幸は……少し遅れるみたいだ」

 遼二の声はどこか上ずっていた。梓の視線がさらに鋭くなった。

「遥は売店で飲み物買ってきてからくるって。で、なんでそんなにあたしから目をそらすわけ? あたし何か気に入らないことしたかしら」

 梓の口調は、遼二をとがめるようなものだった。気まずい雰囲気が部屋を覆った。再び梓が何かを言おうとした。部屋のドアが開かれ、大江遥が入ってきた。入ってすぐ遥は、遼二と梓の間に流れるどこか不穏な空気に気づいた。

「どうしたの?」

 首をかしげながら遥は梓に聞いていた。梓は何でもない、とばかりに笑みを浮かべながら首を横に振った。遥は目を細めながら遼二を見た。その視線には明確な敵意が含まれていた。遼二は相変わらず視線をそらしたままだった。

「先にログインしていようか。別に、全員一緒にログインしないといけないなんて決まりはないし。そんなに時間もかからないって言っていたから」

 梓と遥に伝えている遼二の視線は泳いでいた。梓と遥は頷いていた。


 ゲームにログインした遼二は、宿屋の部屋につくと端末を見た。

「たまっているクエストは……これから行こうか?」

 遼二の端末には、モンスターの討伐が書かれていた。

「それはいいですね。いろいろ斬れそうだ」

 笑みを浮かべながら和幸が言った。いきなり現れた和幸に、遼二は目を丸くさせた。

「いつ来たんだ?」

「一緒に来ました」

 一緒に来た、と聞いて遼二は首をひねった。だが、答えは全く出てこなかった。

「そうでもないぞ。潜る洞窟はそんなに深くないし、モンスターの種類も限られている」

「でも、数はいるんだろ。だったらそれでもいいです」

 遼二が端末に目を落としながら話題を変えた。和幸はそれを意に介していなかった。

「宝箱とかは落ちてるの?」

 遼二の端末をのぞき込んでいた大江遥が声をかけた。

「たぶんな。罠とかも仕掛けられていないと思う。仕掛けられたとしても解除できない」

 遼二は淡々と返していた。

「後、いらない食料は買わないし、余計な金も預けていたほうがいいかもしれないな」

 思い出したように遼二は警告していた。

「いや、死ぬことないですから。だから大丈夫じゃないか」

 和幸の返事はそっけなかった。梓も頷いていた。

「そうよ。あたし達強いんだし、何が出てきても大丈夫よ」

 そして、梓は遥に目を移した。

「「ね~」」

 梓と遥の声が重なった。他の三人の様子を見て、遼二は頭を抱えた。

(本当に気楽だな……)

 その遼二を梓は不思議そうに見ていた。

「なんでそんなに、怖がってるんだろうね」

 遥の呟きが三人の胸の内を代弁していた。


 遼二はいらだっているということを付き合いの長い和幸は感じていた。見た目はいつも通りだったが、時折遼二の目じりと口元が僅かに震えていた。

(何をそんなにいら立っているんだろうな)

 笑みを浮かべながら和幸は首をかしげていた。

「もうすぐ、洞窟につくな」

 誰に言うわけでもなく遼二は言った。それを聞いて和幸は、何かを言わないといけないと思った。だが、そこに邪魔が入った。アライグマほどの大きさのネズミが現れた。

「大ネズミが出て来たわ」

 先頭を歩いていた梓が声を上げた。和幸は急いで前に出た。

「さっきは、一体多く倒しているだろ。今度は僕の番です」

 梓の顔が不快そうに歪んだ。

「何言ってるの? 早い者勝ちでしょ。さっきそう言ってたじゃない」

 言いながら梓は大ネズミに向かっていった。負けじとばかりに和幸も走り出す。

 そこからは、次々と大ネズミが宙を舞った。和幸の刀に斬られるネズミや梓に蹴り上げられるネズミが続出する。

「えい!」

 遥の銃の先端から水色の光が発射される。光は発射されてすぐに氷の粒に変わった。それらは勢いよく大ネズミにぶつかる。

「さてと」

 遼二は少しめんどくさそうに剣を抜いた。そして、梓や和幸が戦っている場所に割って入る。

「戦わないんじゃなかったのか?」

 和幸はため息まじりで遼二を見た。

「いいだろ。暇なんだ。それに、そろそろ体を慣らしておきたい」

 そう言われ和幸は再びため息をついた。

「でも、獲物は取らないでくれるかな」

「早い者勝ちだ」

 言い残すと遼二は大ネズミの群れに向かって行った。

 肉を斬る感覚が、遼二の手に残った。遼二は眉をひそめる。何かを言う前に次の大ネズミが襲い掛かってきた。剣が大ネズミの眼前を通り過ぎる。遼二は小さく舌打ちした。大ネズミがまとわりつき、噛みつこうとする。だが、その前に氷の粒の群れが大ネズミを襲った。

「危な……ぶっ!?」

 遼二は奇妙な声を上げた。氷の粒のうちの一つが遼二の顔に当たった。そして、遥を見る。遥の顔は、助けたのだから感謝しろとでも言いたげだった。遼二は何かを言おうとした。が、それよりも早く大ネズミが向かってきた。大ネズミに目をやりつつ遼二は、気づかれないように遥を見た。

「♪」

 遥は笑みを浮かべたように見えた。遼二にどこか見せつけるように銃のレバーを引き、再び引き金を引こうとする。

「大丈夫!?」

 そこに梓が割って入った。遼二に襲い掛かろうとした大ネズミを蹴り飛ばし、そのまま踏みつける。その間にも大ネズミは遼二と梓に向かってきた。そのうちの一匹が飛びあがり、梓に顔に向かってくる。大ネズミが梓の鼻先まで着た瞬間、遥は引き金を引いた。梓の眼前ぎりぎりを通り過ぎた氷の弾が大ネズミを貫く。

(さっきのはワザとなのか?)

 ふと遼二は、そんなことを考えていた。その間にも遥は撃ち続けている。ある氷の弾は遼二の両足の間を抜け、またある氷の弾は梓の腕と体に開いた隙間を抜ける。密着していた遼二と梓の狭い隙間を抜けていった氷の弾もあった。

「仲良くしているけど、数は大丈夫ですか」

 笑みを浮かべながら和幸が聞いてきた。仲良く、の言葉に遥の表情が歪む。

「お前は好きに暴れているからいいだろ。こっちはまじめにやってるつもりだ」

 遼二は言い返していた。いつの間にか大ネズミはいなくなっていた。和幸の周りには、大ネズミが落とした素材がいくつも転がっている。和幸は端末を取り出した。そこには、戦闘の結果が映っている。和幸は顔を上げた。その先には遥がいた。

「どうしたんだ?」

 不思議そうに遼二が和幸に聞いた。和幸は答える代わりに端末を遼二に見せる。端末を見て遼二は目を見張った。その様子を不審に思った梓も端末を見た。

「あらら」

 梓は一瞬苦笑した。そして、遥のもとに歩み寄り、彼女を抱きしめる。

「頑張ったわね」

「えへへ~~」

 梓に抱きしめられ、遥は至福の表情になった。和幸の端末には遥が最も多くの大ネズミを仕留めていたと映し出されていた。それを横目に見ながら遼二は地面に落ちている素材を拾い始めた。

「いちいち拾わないといけないのは、何とかならないのですか」

 和幸が遼二に声をかけた。遼二はその声を無視していた。

(当たったのか当てたのか……わからないな。しばらく様子を見るしかないか。でも、俺そんな嫌われるようなことしたっけ?)

 遼二はそんなことを考えていた。

「聞いてるのか?」

 再び和幸は遼二に言い放った。遼二ははっとなり和幸を見る。

「えっと、何?」

 戸惑いながら遼二は和幸に返していた。和幸は大きくため息をつく。

「拾うのどうにかならないのですか」

「そのうち何とかなるだろ。これまだアルファ版だし」

 そっけない返事に和幸はそれ以上何か言うことをあきらめた。


 クエストで潜る洞窟から少し離れたところに、宿屋がいくつかあった。遼二達は休憩もかねてそこに入る。

「いい部屋ね。二段ベッドが部屋の代わりって思ってたけど向こうの宿屋と変わらないし、買い物もできるわね」

 用意された部屋に入った梓は感心したように声を上げた。

「そうだな。ベッドと机とタンス。RPGの宿屋だ」

 苦笑しながら遼二が返していた。

「ねえ、一緒の部屋じゃダメなの?」

 梓は遼二に聞いていた。遼二の目は見開き、遥の威嚇が始まる。

「ダメ?」

 首をかしげながら梓が再び訪ねていた。ようやく遼二は事態が飲み込めてきた。彼は慌てて首を振る。

「駄目だ。まだ一緒の部屋で寝るほど付き合い長くないし、仲良くもないだろ。少し一緒にパーティー組んで冒険しただけじゃないか」

 それを聞き梓は肩を落とした。遥の表情は逆にほっとしたようになる。

「で、ここまで拾ってきた素材はどうするですか?」

 奇妙な雰囲気になったのを見て、話題を変えようと和幸が聞いてきた。

「倒した数カウントされてるだろ。多く倒したやつが多く取ればいいんじゃないのか?」

 少し考えた後遼二が言った。意外そうに和幸が驚いた表情になる。

「借金あるのに余裕ですね」

「そのへんはわきまえているつもりだ」

 憮然としながら遼二は和幸に返していた。和幸は何も言わなかった。モンスターを最も多く倒しているのは和幸だった。それは彼も理解していた。

「それでいいか?」

 遼二は遥に視線を移した。一瞬遥は躊躇したが頷いていた。


 洞窟の中は狭かった。が、不思議と明るかった。

「本当に、何が何だかわからないな」

 辺りを見回しながら遼二は言った。

「松明を持つ必要も置く必要もないなんてありえないな。最近やってるゲームの感覚が抜けていないのかな」

 苦笑しながら遼二は、洞窟の中に設置されている松明に持ってきたペットボトルの水をかけた。松明の炎は揺らぎすらしなかった。さらに遼二は足元に落ちていた木の枝を拾い、松明に充てる。松明の炎は枝に移らなかった。それを見て意を決した遼二は、松明に手をかかげる。その瞬間、前で物音がした。驚いた遼二の手が松明の中に入る。

「大丈夫ですか?」

 松明の炎の中に遼二の手が入ってるのを見た和幸が苦笑しながら声をかけた。

「大丈夫。熱くない」

 真顔で遼二は返していた。それを聞くと和幸は、興味を失ったかのように再び視線を前に戻した。

「ダンジョンのデータ、頭に入っているか」

 遼二が梓達に聞いていた。梓達は三人ともキョトンとした表情になる。

「そんなのなくても問題ありません」

「そうよ。何とかなるでしょ」

「お姉ちゃんがいるから大丈夫」

 梓達の返事に、遼二はため息をつきそうになった。そして、端末に目を落とす。

「階層は二層。宝箱はあり。モンスターは……」

「待って。RPGじゃ何がいるのかってわからないでしょ」

 ブツブツと呟く遼二に梓がとがめるような声を出した。

「いや、遼二は攻略本は真っ先に買うタイプなんです」

 和幸が話に割って入ってきた。梓はあきれた表情になる。

「そんなやり方やって、何が楽しいの?」

「効率重視なんだ。だから、RPG買っても攻略本とかサイトが出てきてから始めますし」

 梓は遼二に視線を移した。遼二の目は何か悪いかとでも言いたげだった。

「で、効率重視なのはいいんだけど、なんであたしらもそれに付き合わされているわけ」

 とがめるような口調で梓は遼二に聞いていた。

「駄目か?」

「駄目じゃないけど……なんか、納得いかないわね……」

 唇を尖らせながら梓は遼二に言った。

「納得できないんだったらそれでもいい。でも、効率は落とさないからな」

 断言するように言う遼二に、梓はため息をついていた。その彼らの目の前に、青い液体が落ちてきた。

「おしゃべりは終わりだ」

 なおも何か言いそうな梓を、遼二は有無を言わなさいような口調で黙らせた。そして、上を見る。彼の視線の先には、滴るゲル状の青い液体があり、動いていた。遼二はすぐに端末を見た。その端末の上に、砂が落ちてきた。疑問に思った遼二は再び上を見る。その瞬間、上からいくつかの破片が落ちてきた。とっさに遼二は身をひるがえす。

「っておい!?」

 慌てて彼は後ろを見た。遥の銃は上を向いていた。銃の筒先からは薄い煙が出ていた。

「撃つ前に何か言ってくれよ」

「効率重視、なの」

 とがめるような遼二に対し、遥は笑みを浮かべながら反論していた。それが皮肉だということは、遼二は簡単に分かった。

(本当に、俺は何をしたんだ……?)

 再び遼二は考え始めた。だが、結論は全く出なかった。その遼二の後ろで何かが落ちてきた。遼二は考えるのを中断し、振り向く。目の前に次々と青い液体が落ちてきた。それらは徐々に固まっていく。それを見て遼二は即座に端末を取り出した。続けざまに氷の弾が通り過ぎた。前を見る。モンスターが次々と凍り付いていった。

「考えるのは後、なの。動かないとまた、いろいろ無くしちゃうよ」

 頬を膨らませながら遥が警告していた。遼二は荒く息をつくと剣を抜いた。

「おい、獲物とるなよ」

 和幸が不満を言った。

「お前はすぐに斬るからな。ここじゃ役に立たない。アイテム係をやれ。梓、頼む」

 遼二は梓を促した。梓は笑みを浮かべ、和幸の肩を叩くと前に駆け出した。

「やっぱり、一発ぐらい当てとけばよかったの」

 不満げに遥が言った。

 梓の拳が液状のモンスターを殴る。何とも言えない感覚が梓に走った。だが、彼女はそれを意に介さず拳を抜く。そして、首をかしげた。

「あんまり効いてないみたいね」

 梓はいったんその場を離れた。そして、モンスターを見る。

「あの丸いの、何かしら?」

 モンスターの中にはいくつかの丸い物体があった。その丸い物体を見つけた梓は首をかしげた。モンスターが襲いかかってきた梓はモンスターに入っている丸い物体に向け拳を突き出す。それを受けたモンスターは動きを止めた。梓は。丸い物体を握りつぶす。その瞬間、モンスターは四散した。

「遼二、そいつの弱点は体の中の丸い物体よ!」

 ただひたすらモンスターの体を刺し貫いていた遼二は、その声にハッとなった。即座に遼二はモンスターの中にある丸い物体に剣を突き刺しいた。とたん、モンスター体が溶ける。そして、丸い物体のみが地面に残されていた。

「で、これは何のモンスターだ?」

 遼二はモンスターを見ながら首をかしげた。

「それはスライムっていうモンスターです。小型のモンスターや小さな原生生物を捕食するから、洞窟の掃除屋って呼ばれている」

 やることのなかった和幸が調べていたのか声を上げた。

「ああ、なるほど」

 スライムの一掃を終えた遼二は頷いていた。そして、改めて端末を見る。

「このスライムボールってなんだ……? 何に使う素材なんだ?」

 遼二は映し出されている丸い物体を見て首をかしげた。それでも資金の足しになると思ったのか、丸い物体をしまう。遼二は視線を上げた。道はまだ続いていた。


 しばらく歩いていると、小部屋のようなところに出た。遼二はあたりを見渡す。

「宝箱だ」

 その視線の先には、一つの小さな木箱が置かれていた。遼二は歩み寄ると、木箱の蓋を持ち上げ開けた。

「罠とか注意しなくて大丈夫」

 梓が聞いていた。

「こんな序盤のダンジョンで、罠はない。はず」

 どこか不安そうに遼二は返していた。宝箱の中には何枚かの硬貨が入っていた。

「宝箱の中身は、均等でいいだろ」

 確認するような口調で遼二は聞いていた。梓達は頷いていた。遼二は端末を見た。だが、そこにコインが増えたという履歴は書かれていなかった。

「増えてないな……」

 遼二は端末をにらみつけた。そして、アイテムの項目を押す。そこには、先ほどの硬貨があった。

「これを両替すればいいの?」

 端末をのぞき込んでいた梓が聞いていた。遼二はそれに頷いていた。

「たぶんな」


 遼二は舌打ちしながら剣をふるった。襲い掛かろうとしてきた大きなコウモリが翼を斬られ落ちてくる。遼二は落ちてきたコウモリにとどめを刺す。肉を斬る嫌な感覚が伝わってきた。遼二は表情をゆがめた。そして、前を見る。

「刀! 僕の刀は!?」

 とびかかってくる大ネズミを危うくもよけながら和幸は叫んでいた。やがて和幸は、彼の刀を見つけたのか拾うと持ちなおし、大ネズミに反撃に出る。しばらくすると、金属と硬いものが当たる音が聞こえた。

「ああ!?」

 和幸の情けない悲鳴が聞こえた。それだけで遼二は何があったのかを悟った。

(こんな狭いところで振り回すから!)

 思わず遼二は叫びたくなった。だが、彼自身それどころではなかった。洞窟の上から襲い掛かってくる大コウモリが遼二が前に行くことを阻止している。

(ケダモノのくせに、戦い方を知ってる!)

 当人達には全くそのつもりはなかったが、大ネズミと大コウモリの戦い方はうまかった。大コウモリが後衛を襲おうとし、大ネズミが前衛を食い止めている。それはとても、本能のみで動いているような原生生物がやることではなかった。

(それに比べてこっちは……!)

 前を見て再び遼二は舌打ちした。和幸は相変わらず狭い洞窟で刀を大振りに振り回している。梓は梓で目に付いた大ネズミを片っ端から殴り倒しているが、和幸へと向かって行った大ネズミに対しては、和幸が何とかすると思い無視している。遥は大コウモリと戦ってはいたが、下にいる遼二のことを全く考えず上空にいる大コウモリを打ち落としていった。そのため遼二に大コウモリの死骸が、ひどいときには岩の破片が降ってきた。

(パーティーは組織で動かないと機能しない。それなのに……!)

 遼二の思考は途中で無理やり中断させられた。降ってきた破片が頭に当たったからだった。一瞬遼二の視界が真っ白になる。そこに、大コウモリが襲ってきた。次に遼二の視線に飛び込んできたのは、大きく口を開け迫る大コウモリだった。とっさに遼二は剣を突き出した。剣は、大コウモリの口に飛び込んだ。そのまま剣は、大コウモリを貫通した。遼二は荒く息をつきながら頭を上げた。どこか放心している和幸と、満面の笑みを浮かべている梓が見えた。

「これ、刃こぼれしていないか?」

 遼二は和幸の刀を拾いながら言った。和幸は目が覚めたのか、遼二から刀を奪い取る。そして、じっと目を凝らした。

「大丈夫……まだもつとおもいます」

 遼二はそれ以上何も言わなかった。その遼二の肩を和幸はつかんだ。

「何だよ」

「全然斬れなかった……」

 和幸の愚痴を聞いて、遼二は大きくため息をついた。

「こんな狭いところで振り回すからだ」

 吐き捨てるように遼二は返していた。それを聞いて、和幸は首をかしげながら反論する。

「剣って、振り回すものじゃないのですか?」

「ああ、うん。そうだな」

 遼二の返答はどこか投げやりだった。


それからも遼二達は洞窟の道を歩き続けていた。

「収穫は悪くないか……。後は素材を換金して、それから……」

 ブツブツ言いながら歩いていた遼二は、不意に歩みを止められた。遼二は服をつかんだ梓に向きなおろうとする。が、それよりも早く梓は唇に人差し指を当てた。遼二は前を向き、目を凝らす。視線の先には頭がイノシシのような見たことのないモンスターが何匹かいた。

「あれがボス?」

 梓が聞いてきた。遼二は端末を見て頷く。

「オークソルジャーにオークが何匹か」

 遼二は周りを見た。オーク達の周りは広く、天井も高かった。

「よかったな。これで思う存分戦えるぞ」

 それを聞いて和幸の表情が明るくなった。そして彼は刀を抜き、飛び出す。遼二が止める暇は全くなかった。オーク達が騒ぎ出した。

「何やってるんだよ……」

 呆れた声で遼二は言った。梓と遥も苦笑している。

「しょうがないな……」

 遼二達も和幸の後を追った。


 和幸は相変わらず笑みを浮かべていた。ただし、目は全く笑っていなかった。

「さて、誰から刻んであげようかな?」

 和幸は挑発的な視線をオーク達に向けた。オークのうち一体が和幸に向かって襲い掛かってきた。こん棒が和幸に向かい振り下ろされる。それを和幸は受け止めていた。

(重っ……!)

 声が出そうになる事を、和幸は辛うじて抑えていた。そして、オークを見る。

「遼二、このダンジョンの推奨レベルとステータスは!?」

 和幸は遼二に向け怒鳴っていた。

「それぐらい先に見ておけ」

「いいから早く!」

 冷めた声で言い返した遼二に、和幸はなおも声を荒げた。遼二は小さくため息をつくと端末を見た。

「レベルは足りてない。オークはなんとかなるかもしれないけど、それ以外は少しきつい」

 和幸は眼を見張った。

「先に言っておくけど、撤退は無理だからな」

 遼二は後ろを見た。今まで通ってきた道は壁によりふさがれていた。

「もう少しレベリングしてから行こうとしたのを止めたのは誰だ? 最低でも、装備の更新と補充してから行きたかったんだけどな」

 遼二は冷たい視線を和幸に送った。和幸は目をそらす。

「食料もそれほど残ってないし、素材ばかりで資金も残り少ないから全滅してもそんなに今後に影響でないかもしれないな」

「待って。何で負けるつもりで話してるの?」

 梓が抗議の声を上げた。

「レベルも装備も不足している。それと武器持ちと戦った経験もないだろ。それに、組織だった戦闘が出来るのか?」

 遼二の返事を聞いて、梓は黙った。

「でも、俺だってタダで帰るつもりはないからな」

 そう言うと遼二はオーク達に向き直った。梓もそれを聞き、一瞬笑みを浮かべた後に表情を引き締める。

(どこまで通じるか分からないけど……とにかくやるしかないか……)

 梓には強がったが、遼二自身自信が無かった。だが、どうしようもないと言う事は分かっていた。

(最初に死んだらどうなるか、試していて正解だったかもな)

 遼二は遥に視線を送った。遥は理由が分からず首をかしげている。

「遥。絶対あたし達に当てないでね」

 梓が遥を制していた。一瞬遥は嫌そうな顔をした。そばにいた梓がわからないほど短い時間だった。

(なんか今、嫌そうな顔をしたような……)

 ただ、遼二には僅かだが遥の表情の変化が見えた。

「任せて、お姉ちゃん」

 遥は梓にいつもの様に笑みを浮かべながら返していた。それが遼二には気になった。

(気のせい……なのか?)

 遼二は首をかしげた。だが、そのことばかりを考えている暇はなかった。オーク達が襲い掛かってきた。

 雑なつくりの刀が、遼二の剣に当たった。遼二は顔をしかめる。両手を強い痺れが襲った。遼二は剣を取り落としそうになる。そこに、再びオークの刀が飛んできた。遼二はそれをかろうじてかわしていた。岩肌が刀に削られる。だが、オークに隙ができた。遼二はオークを切り裂く。だが、オークは少し下がっただけで踏みとどまった。

(鎧か何かか!?)

 遼二は目を見開いた。だが、それ以上のことはできなかった。再びオークの刀が飛んできた。遼二は剣でオークの刀を受け止めた。その瞬間、鈍い音がした。

「げっ……!」

 遼二の剣が半ばから折れた。遼二は唖然としながら剣とオークを見比べる。そこに火球が飛んできた。遼二が覚えていたのはそこまでだった。

 梓には、遼二が火球に飲み込まれるのがはっきりと見えた。

「遼二!?」

 梓は叫んだが、どうにもならなかった。彼女自身、オークと戦うことで精いっぱいだった。オークの棍棒を受け流しながら梓は考えていた。

(もしも、遥残して全滅したらどうなるの……? 相手はオークだから……)

 しばらく考えたのち梓は、一つの結論に至った。

「遥、今すぐ前で戦って!」

 突然の申し出に、遥は困惑した。だが、それ以上に追求することはなかった。すぐに銃をしまい前に出る。遥はあたりを見回した。そして、何かにぶつかる。遥は顔を見上げた。オークが遥を見下ろした。遥の顔に、いやな汗が流れた。

「無理無理無理無理!」

 遥は悲痛な叫びをあげた。そして、助けを求めようと梓を見る。

「って、お姉ちゃんやられてるじゃんか!」

 梓がいた場所には、残っていた食料が落ちていた。梓と戦っていたオークが保護シートを強引に破り、中の食料を食べだす。遥が呆然としている間に強い衝撃が遥の頭部を襲っていた。

 静かになったと和幸は感じていた。目の前のオークは傷つきながらも棍棒を振り回していた。だが、当然ながらオークには隙ができた。和幸は刀を突き出す。確かな手ごたえがあった。満面の笑みを和幸は浮かべた。そして彼は振り返る。満面の笑みがいつもの笑みに戻った。オークのうちの一体が和幸の肩を叩きながら、彼の顔をのぞき込んだ。別のオークが関節を鳴らす。その後ろではオークソルジャーが和幸には理解できない言葉で何かを呟いており、その周りに赤い魔法陣が形成された。

「あれ、ひょっとしてまずいか、これは」

 オークの群れが和幸に向かい襲い掛かってきた。四つ目の食料が落とされたのは、それからすぐのことだった。

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