第3話「蒼柳聖という少女(中編)」



 私は周囲の騒音に耳を傾ける。

 いや、実質には音ではないので、心を傾ける、といった方が正しいだろうか。


 それは思考の津波。

 荒れ狂う意思の洪水。


 先ほど、赤ん坊の頃から聞こえていた、と語った言葉に対し、赤ん坊は言葉の意味がわからないはずだ、と思った方もいるだろう。

 そう、言葉としての意味はわからなかった。

 けど、心は共感できた。


 これは音ではない。

 言葉としてだけ聞き取っている訳ではないのだ。


 もちろん、言葉としても今は聞こえている。

 けど――。



――うざい。アイツ死ねばいいのに。


――どうして私ばかりこんな目に合うんだろ……死にたい。辛い……。


――あ、あの子なんかチョロそうだな。


――今月ノルマがヤバイんだよなぁ。


――こんな世界滅んじまえばいいのに……みんな死ね。



 感情の共感だけは止められない。


 憎しみの感情。

 苦痛の感情。

 怒りの感情。


 私にはそれらが全て、自分の事であるかのように共感できてしまう。



 もちろん、もう慣れた。

 だから、心を静かに鈍感にさせて、受け流すようにある程度はスルーできるようになった。

 そのための努力をした。



 せざるを得なかった。



 普段とは違う服。

 今風の可愛らしい服をみつくろってもらって、違和感の無いように街に溶け込む。


 本当は辛い。


 私は、いつも独特の変な服を着て歩くようにしている。


 特注の、ゴスロリ服と和服を足して割ったような奇抜な衣装だ。

 けれど、今日はちょっと特別な仕事だから――。



――何あの娘。めっちゃまぶくね?


――お、超かわいいじゃん。


――やりてぇ。



 ほらきた。



――足細ぇ~。


――顔小せぇ~。


――腰細ぇなぁ。


――犯してぇ。



 妄想が脳裏に浮かび上がる。直接焼き写されたかのように。

 強いイメージはそれだけ具体的に私の心にも見えてしまうから。



――●マ〇×舐めまわしてぇ~。



 卑猥な姿にされた私の姿が思い浮かばされる。


 都合よく全裸にされ、足を開かれた私の●×を男が嘗め回すおぞましい光景。



 非情に不快だ。

 気分が悪い。



 さすがにそんな綺麗なピンク色じゃないし。

 もうちょっと黒ずんだドドメ色ですから。残念でした。

 というか、綺麗なサーモンピンクなんて、夢見すぎ。


 心の中で毒づく。

 突っ込みもいれたくなるってものだ。


 ……そうしてないと、やってられない。


 妄想の中の私は、男にとっての都合の良い展開で何度も●しては男の〇×を求めている。



 酷く、とても酷く不快である。



 本当に騒がしい。


 強い思念は、その強さに比例して大きな音で脳内に響き渡る。

 強い想念は、その強さに比例してクリアな映像で脳内に焼き付けられる。



 自分の卑猥な姿を頭の中にねじ込まれるこっちの気持ちも考えて欲しい。



 だから嫌なのだ。可愛い服は。


 変な服装であれば、第一印象は“なんだあの服?”とか“変な格好”で済むから。


 その隙に逃げ出せば、こんな卑猥なゲロカス妄想を垂れ流されずに済むのだから。



「ねぇねぇ、君、今暇?」



 別の男が寄ってくる。

 面倒臭っ。

 考えてる事もさっきの男と一緒。


 やりたいだの抱きたいだの犯したいだの。

 うっとおしいにもほどがある。


 サングラスやマスクをするという手も考えた。

 逆に目立つし、スタイルだけで想像されて顔まで変な想像されるのは不快の極み、という理由で却下した。

 その時の自分を叱り付けたい気分だ。



 ……逃げよう。



「あ、ちょっと待ってよ~」


 早足で移動する。



――ち、お高くとまりやがってクソチビが。



 そのクソチビに欲情するロリコンに言われたくない。



 少し場所を変えて、再度周囲の心を拾う。

 事件に関わる、犯人しか知らない心の声を放つ存在。


 それが、ターゲットだ。



 時間を潰して待ち合わせをしているふりをする。

 そのためにスマートフォンでワンセグを適当に付ける。


 その事件が報道されていた。


 連続婦女暴行強盗殺人事件。


 この周辺で起きた事件である。


 先にも延べたとおり、ここは少し遠くに離れるだけで田舎だ。


 住宅街もあるが、街頭も少なくなるし、その全てに監視カメラを付ける余裕も無い。


 よって、悲劇が起きた。


 夜。帰宅中の女性が背後から襲われ死亡。


 頭部を何かで殴打されたらしい。何かを奪われた痕跡は無し。


 そして、事件の数日後。


 同じく、夜に帰宅中の女性が背後から襲われ……命に別状は無かったものの、意識不明。


 頭部を何かで殴打され、鞄の中からは財布が抜き取られていたという。

 被害者の女性は脳に損傷を負い、二度と目が覚めるかどうか。


 被害者は両名共に、犯人の特徴を語れない。


 監視カメラも無く、怪しい人物の情報も無かった。


 結果、警察でもお手上げ状態。

 完全な迷宮入り事件となってしまったのだ。



 けど、その被害者の御家族が――。


 死亡した女性には夫も子供もいた。両親だって悲しんでいた。

 彼らには、まだこれから何年も、幸せに暮らす時間があったはずなのだ。

 それなのに、その幸せは奪われてしまった。永久に。

 娘を殺された両親の気持ちはどんなものだろうか。

 長年、愛情を注いで育て、立派に成長し、結婚し、子供もできて、幸せに生きていけるはずだった。

 そんな、最愛の、目の中に入れても痛くないほどに愛していた娘を、突然失った両親の悲しみは?

 熱愛の末の結婚だった。

 世界を敵に回してもいい、それほどの覚悟で妻を愛していた。

 そんな最愛の奥さんを突然亡くした夫の悲しみはいかに?

 遊園地に遊びに行く予定をしていた。

 それなのに、その約束は永遠に叶わなくなってしまった。

 幸せだったはずの日々は、唐突に悲しみの日々に変わってしまった。

 この子の悲しみは誰が癒せるというの? いつ癒されるというの?


 意識不明の被害者には、幼いお子さんがいた。

 その子供は、どうして母親が目を覚まさないのかと泣いていた。

 夫に逃げられ、女手一つで育てていたシングルマザー。

 この子は、母親が作る料理だけが唯一の楽しみで、家で一緒に過ごせるだけで幸せだと思っていた。

 それ以外いらないと、健気に生きてきた……。

 けれど、この子の幸せは終わってしまった。

 この子はこれから、どれだけの悲しみと共に生きていかなければならないの?



 許せない。


 絶対に許せない!



 私は許せないのだ……!

 このような、卑劣な事件を起こした犯人を……!



 彼らの悲しみを知ってしまったら、誰もがそう思うだろう。



 だから、私は今、ここにいる。



 犯人は恐らく若者。

 もし違っていても、ここは大きな駅の前。

 この辺で暮らす者で使用しない訳が無い。


 普通の格好なんてしたくない。

 けれど、特定の場所に何度も張り込んで、おかしな格好をしていたら怪しまれてしまう。


 だから、不快を覚悟でこの場所に私は立っているのだ。



 御家族が、有志で活動を行っている。

 駅前でビラを配り、事件の時間に、怪しい人物を見なかったか、と。



 犯人ならば、その言葉で心の中に思い浮かべてしまうはずだ。

 あの声に反応して、凄惨な光景をより強く網膜の裏側に投射する存在。

 それが、犯人に違いないのだから。



「……いた」



 そして、私は犯人を見つけ出す。


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