イリス、初めてアイドルを視る。
さあっと風が吹いて、あたしの頰を撫でた。
運ばれてくるバラの香りと、すぐ近くに集まってくる精霊たち。物心ついた時からあたしの数少ない友達。
目が見えなくなってからもこの子たちはそばにいて、闇に閉ざされるはずだったあたしの世界を照らしてくれている。
うんと小さな頃に部屋からのぞいた記憶の中の庭園は、いつだって大輪の花が咲き誇り、精霊たちが笑い合っていた。
視界を閉ざした今も精霊たちの力を通して、その様子をあたしは視ることができる。
丁寧に管理する庭師のお兄さんと隣に座るヴェル兄さん。
そして。
芝生の上にたたずむ人影と、彼女を取り囲むように飛び交っている下位精霊・
この子たちが「ユイちゃん」と連呼する彼女が今から、アイドルというものをあたしに見せてくれると言ってくれた。
あたしは精霊の力をもってしても、記憶にないものをこの目で見ることはできない。
目が見えないことはちゃんと話したからユイちゃんも知っているはず。
だから、きっとすごいものを見せてくれるに違いないと、あたしはワクワクしていた。
どこからか聞こえてくる、テンポのいい音楽。
竪琴の音じゃない。何の楽器の音だろう、と不思議に思っていたその時。
正面に立つユイちゃんが高らかに宣言した。
「みんなの心に、火をつけます!」
続いて耳に入ってきたのは、ユイちゃんの声で紡がれる歌だった。
人影が動く。続けて
『ユーイチャン!』
『ユーイチャン!』
歌が進むごとに、
まるで熱に浮かされたように、精霊たちの動きが激しくなっていく。
勢いを増す曲調に乗せ、彼女がくるりとターンして大輪の笑顔を咲かせたとき、思わずあたしは目を開けて立ち上がってしまった。
視力の回復が絶望的なあたしの目では見えるはずがないのに、なぜか一瞬だけユイちゃんの姿が鮮明に映し出された。
どうして。再び、ありのままの誰かを見ることができるなんて、まるで夢みたい。
精霊たちも興奮しているみたいだった。
ユイちゃんコールの声が大きくなっていって、彼女の背後で炎がほとばしっていた。
「
あたしじゃない。思わず声をもらしたのは、庭師のお兄さんだった。
振り返ると、彼は仕事の手を止めてユイちゃんの動きに見入ってしまっていた。
静かに眺めていたヴェル兄さんまでも立ち上がって、叫び始めている。
いつもなら、実は女の子に弱くって無自覚タラシ王子のこの兄を、一蹴するところなんだけど……。
あたしも一緒にコールしたくなるほど、ユイちゃんに魅了されてしまっていた。
心を掴んでとらえない歌声。自然と身体が動くほどの衝動へと突き動かす情熱。
見えないはずなのに、見える。
一瞬でも見ることができたからか、ユイちゃんの手を振る姿はもちろんウインクまで見ることができた。
彼女の周りはキラキラと火の粉が舞っていて、とてもきれい。
これが、アイドル。
ああ。
この子のためなら、あたしは何だってできる気がする。だって、彼女の歌とダンスがあたしに奇跡を起こしたんだから。
視力を失って思う通りにならないこの身体でも、なんでもできる気がする——!
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