睦月雪の話②

 睦月雪はその日の学業を終えるとすぐさま靴を履き替え校門を出て携帯電話を取り出し地図機能を使って日暮駅までの近道を探し当てるとその道順に沿って歩き始めた。

 道路一面に降り積もる雪は学校が終わる頃には止み、日差しも雲の間からのぞき始めていた。残されたのは冷たさと積もった雪だった。睦月雪はその真っ白の道路に足跡をつけながら歩いていく。子供っぽいが、だけれどそれが面白く、振り返り真っ白なキャンパスに自分の足跡がくっきりと残っていく様を見た。

 そんな事をしていたからか、いつの間にか見知らぬ住宅街へと入り込んでしまい三叉路で文字通り岐路に迷ってしまった。いつもとは違う道ばかりか、雪に覆いかぶさる光景が相まって今いる場所が分からなくなってしまった。

 とりあえず、ここがどこなのか、睦月雪は携帯電話に映る地図を見ながらキョロキョロと見渡して何か当てになりそうな物はないだろうかと探してみたが目ぼしい物は見つからず、代わりに自分の後方にいた一人の男の人が不思議な表情と格好でこちらを見ていた。

 見られていた事に対する恥ずかしさを人並みに持ち合わせていた睦月雪は、最初はその場から逃げ出そうとしたが、今ある自分の姿を客観的に捉えたとき、その行動は避けるべきであろう事は容易に考えつけた。

 が、それと同時に17歳の女子校生にもなって行先がわからず路頭に迷っているなどとは自らの口から言葉に出すことは避けるべきだと思った。

 では、どうすればいいか。睦月雪はその男性に困ったような怒ったような表情を浮かべたまま暫く見つめて見た。そうすれば見かねた相手がこちらから話しかけずに話を振ってくれるだろうとそう予想し、そして見事それは的中した。

「何かお困りですか?」

人が良さそうに笑みを浮かべながら、さながら好青年と呼ばれる男は睦月雪に問いかけてきた。

「道に迷ってしまって」

「日暮駅まで行きたいんだね?」

そうか、と男は小さく呟くと目を閉じて何か考えた。

睦月雪は自分がどこに行くつもりなのか言ったかなと不思議な気持ちになった。

「それじゃあ、ここを右に行って突き当たりを左に曲がるとコンビニがあるからそこを右に曲がって真っ直ぐ行けば着くよ」

「ありがとう…ございます」

疑念は残るが睦月雪は的確なアドバイスをくれた男に素直に頭を下げた。それと同時に几帳面な性格である彼女にはこのままでは収まりが悪いという気持ちが働いたので咄嗟に顔を上げると口を開いた。

「何かお礼します」

その申し出に明らかに驚きを見せたのは男の方だった。睦月雪はもっといい言葉はなかっただろうかと思ったが、もうすでに口に出てしまったからには遅かった。

男は最初は断ったが、相手が相手に押し問答を続くこと予期したのか、少し黙ると唐突に睦月雪に問いかけた。

「それじゃあ参考に、プロポーズの言葉って女の子はどんなのがいいのかな?」

その質問に一瞬だけ驚いたが暫く考えるとその質問の答えをほぼ無意識的に口に出していた。

「気取らずに、焦らずに、自分の本心を言えばいいんじゃないでしょうか」

睦月雪のその言葉に男は何か妙に納得したような表情を浮かべると、「それじゃあ、気をつけて」と手を振って積もる雪の上を器用に駆け出していった。

その後ろ姿を見つめた睦月雪は暫く、自分から出てきた言葉を口の中で反芻した。

男に言った言葉、それは自らに言っているように感じられた。

三ヶ月前に別れた上田俊に対して自分は心の一片でさえも彼に見せようとはしなかった。それは、彼も同じだった。言葉をかわそうとも、そこに本心がなければ互いの心は雪のように溶けない。多分お互いに昔から何かを隠そうとして来たから、癖みたいになっていてそのことに気付かなかったのだろう。

そうやって思っていると気づけば彼が他人の中の一員になっていってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る