上田俊の話

上田俊(うえだ しゅん)は雪が降りしきるその日、ある事情により学校を休んでいた。

その事情というのは、彼は人助けをしていたのだ。

しかし、それは単純なものではなく彼の能力によって引き起こされた事柄であった。

「こんなに探しているのに見つからないなんて」

上田俊は何度か目の溜息を吐き出しながら隣の人物に話かけた。

「こんなに雪が降っていたんじゃ、やっぱり難しいですね」

上田俊は路面に敷き詰められた無垢な雪に向かって困ったような苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。


 始まりは今朝の事、上田俊は雪が降り始めた曇天の空を眺め白い息を吐き出していた。約1年ぶりに降る雪に少しだけ心が高鳴っていた。

 そのせいか、目の前の人物の姿を見逃し、薄く積もった雪道の上から尻餅をついてしまった。

 咄嗟の事で受身も取れずに地面へと打ち付けられた臀部に手を当てさすりながら彼はぶつかった相手に自分の責を認め侘びを入れようと顔を上げた。

「私が分かるんですか?」

目の前の相手はそう呟き、上田俊は何かを悟るようにして顔を覗き込んだ。

しばらくの間、お互いに見つめ合うようにしていたが驚いていたのは事態に慣れていた彼よりも慣れていない彼女の方だった。


上田俊が自身の持つ人とは違う能力に気づいたのは幼子心がまだ残る5歳の頃だった。

他人とは違う物が見えている。見えている人に指差しても、いつもは人を指で指してはいけないと言う厳しい母が何も言わず。自分が語る生首に先生は首を横に振り青ざめた。

そんな経験をした彼は、徐々に自分の能力について自覚し始めた。

それと同時に自身の能力を秘密にしはじめた。

誰にも言わずに誰にもその素振りを見せることなく、普通の男子高校生として成長をしてきた。

 しかし、彼が隠そうと行動をしていても、幽霊は自身が見える彼を放ってはおかなかった。

 モノと呼ぶそれらは上田俊の目の前に現れると頼びことをして来た。その内容は初恋の人物をもう一度、拝みたいだとか、大好きだった釣りをもう一度したいだとか。

 そんなことを引き受けなければいいのに、元来から人のいい彼は頼みごとを断れずに彼らの手伝いをしていた。


 だから、上田俊がモノである彼女とぶつかった時に、驚いて固まる彼女を尻目に冷静に立ち上がって見せたのは何も不思議な事はないのだ。

「よそ見をしていて…ぶつかってしまいすみません。」

上田俊が謝ると目の前の彼女は困惑をして「えっと」と小さな声を呟きその勢いのまま大きく頭を下げた。

「こちらこそ、私も探し物探して、よそ見をしていて前を見ていなかった…ってあれ…?」

 彼女は言葉を言い切る前に顔を上げるやいなや、まるで幽霊を見るような表情を浮かべて上田俊の顔を見つめ疑問と動揺で不思議と挙動不審になっていた。

「私死んでなかったの?いやでも、ここ三日間、誰も私の姿に気づいていなかったのに…でも目の前の彼は見えているみたいだし…これって、つまりどういう事なの?」

落ち着かなく言葉を投げる目の前の彼女に上田俊は答えを口にする。

「僕は昔から人には見えないものが見えるんです。」

そう呟くと彼女は「あっ」と小さなため息のようなものをつくとしぼむ風船のように落ち着きを取り戻していった。

上田俊は見慣れたその光景に心の中に刺が刺さるような思いを感じた。

 他人に見える事で死んだというのは実は間違いなのではないかと淡い思いと希望を自分の言葉で消してしまうのは経験を重ねようともいつも心苦しかった。

 しかし、彼にしか見えないモノだから彼自身がその役目を担わなければいけない。

 上田俊は雪が降る中で暫く傘も刺さずにうつむき加減の彼女を静かに見つめていた。

 黒い髪は長く入院患者が着るピンクのパジャマを着込んだその体はどこか華奢に見え歳は二十歳前半と言ったところだろう。上田俊は予想しながらそのまま、ふと彼女の足元を見てみると薄く積もった雪道には似つかわしくない裸足だった。

 だが、その彼女の足元の周りには自分の物以外、足跡の形成は一つもなかった。上田俊はそれを見て、今一度、彼女はこの世に生けるモノでは無いことを再確認する。と同時に唾を飲み込み意を決するように口を開いた。

「僕の名前は上田俊といいます。あなたは?」

その言葉に驚いた彼女は俯いていた顔をゆっくりと上げ少し潤んだ瞳で唇を噛み締めるように呟いた。

「私は金谷美花(かねや みか)です。」

「金谷さんですね。それで金谷さん、先ほど探し物をしていたと言いましたよね?」

「あっ、そうです」

上田俊の言葉に三好美花は語尾を上げて大きく頷くと同時に目の前の少年を見つめて何か考えついたように瞳を大きくさせると再びお辞儀をした。

「探していたのは私の婚約指輪なんです。道を歩いているときにいつの間にか無くしてしまい、この3日間探し続けているんですが見つからなくて。どうか一緒に探してくれませんか?」

上田俊はその姿に少し微笑みながら、口を開いた。

「いいですよ。一人で探すより二人で探す方が早いですからね」

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