お姫さまとのキス

「おっそーい!」

「はぁ…」

「アタシが呼んだらすぐ来てよ! じゃなきゃ、アンタにお給料払っている意味ないじゃない!」

 別にアナタから貰っているワケじゃないんですけどね。

「すみません。以後気を付けます」

「そうしてちょーだい。…お茶」

「はい」

 私は言われた通り、彼女の好きな緑茶を淹れる。

 美しく賢い彼女は、ウチの高校の『お姫さま』。

 有名私立校と名高いウチの学校の理事長の血縁者で、自身もすでに会社を経営している。

 そんな彼女に仕えるのが私の仕事。

 1年生の私が、2年生の彼女に仕えるのは中々難しい。

 何せ教室が遠い。

 彼女は特別教室がある棟の一室を占領していて、私の教室はその棟の真向かいにある。

 ケータイで呼び出されても、どんなに急いでも5分はかかってしまうのだが…もう、慣れた。

「どうぞ」

「ありがと」

 長く細い足を組み変え、彼女は緑茶を飲む。

「…うん、相変わらず良い味」

「ありがとうございます」

 彼女に雇われている理由は、実は良く分かっていない。

 元々奨学金を受けて入学してきた私は一般民。

 美しい彼女を見ながら、はじめて出会った時のことを思い出す。

 確か入学式が終わって帰ろうと、校庭を歩いていたら彼女に声をかけられた。

 一般民が入学してきたのが珍しいらしく、見に来たと言っていたな。

 そこで10秒ほどじっと顔を見つめられて、仕える仕事をしないかと誘われた。

 破格の給料の良さに、すぐさまOKした。

 仕事内容は、彼女が呼び出したらすぐに駆けつけること。

 まあ…結構タイヘンだ。

 いきなり休日とか家に帰った後に呼び出されることもあるから。

 でもそういう時は車で(高級車で)迎えに来てくれるしな(送ってもくれる)。

「ちょっと! 何ジロジロ見てんの? アタシの美しさに見惚れた?」

 自信ありげに微笑む彼女は、本当にキレイ。

「はい、お美しいです」

「なっ…!」

 すると彼女は顔を真っ赤にした。

「アンタって子は…。何でそう真顔で言えるのよ?」

「本当のことですから」

「だからぁ」

 彼女はオタオタする。

 その可愛い仕種に、思わず笑みが浮かぶ。

「今度は何笑ってるのよ!」

「あんまり可愛らしいので、つい」

「なーっ!」

 周りの評判では、彼女は『キレイ』で『賢く』て『傲慢』。

 でも可愛い一面もあるのだが、それは私だけの秘密。

「~~~もうっ! アンタってヘンな子ね。アタシがどんだけワガママ言ってもヒかないし」

「はあ…。まあ別に今に始まったことではありませんし」

 実は今、授業中。

 言わば二人とも、サボりだ。

「…どんなワガママもきけるってぇの?」

「はい、ご命令とあらば」

 不思議と彼女に命令されるのはキライじゃない。

 それにワガママそうに見えて、ムリなことは決してさせない。

「じゃあ…命令よ」

「はい」

「アタシにキスしなさい」

 そう言って艶やかに輝く唇を、指でさす。

「…はい?」

「アタシの命令なら利けるんでしょ? キスしてよ。もちろん唇にね」

「はあ…」

 …まあこんな具合に、気まぐれなこともやる。

 でもまあ…イヤ、ではないな。

「じゃあ失礼します」

「へっ?」

 彼女の驚いた顔が間近に見えた。

 顔を寄せれば当たり前、か。

 そのままキスをする。

 甘く柔らかい感触。

 彼女の可愛さが、唇の感触に表れているようだ。

 一瞬だけで、すぐに離れた。

「…これでよろしいですか?」

「~~~っ!」

 彼女は耳まで真っ赤になって、口を手で覆った。

 私は唇に付いたグロスを指で擦った。

「グロス、落ちちゃいましたね。今、拭くものを…」

「ちょっ…待ちなさい!」

 ぐいっと腕を引かれ、私は顔だけ振り返った。

「はい?」

「何でっ、キスしたの?」

「…命令でしたし」

「命令なら何だってきくの?」

「アナタならば、何だってききます」

「ならっ…!」

 彼女はそこで言葉を止めた。

 彼女には珍しく、言うことを躊躇っているようだった。

「…どんなお願いだってきいてくれるのよね?」

「ええ」

「それなら、アタシを愛しなさい」

 顔を真っ赤にしながらも、真剣な表情で命令をしてきた。

 ああ…美しい。

 大輪の赤いバラのような彼女の命令ならば。

 私は彼女の手を取り、膝をついた。

「はい、姫さま。永久に愛を誓います」


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