甘いキス

ずっと可愛いと思っていた。


品のある上品な女の子。


お嬢様ってカンジの親友に、ずっとあたしは心惹かれていた。


でも恋愛感情じゃないと思っていた。


別のものだと思っていたのに…。


屋上でのお昼休み。


あのコの手作りのお菓子がデザートだった。


毎日、いろいろと作ってきてくれる。


お菓子作りが趣味なんて、ホントに別世界の女の子。


「今日はね、プリンを作ってきたの。好きでしょ?」


「アンタの作るお菓子は、全部あたしの好物よ」


そう言って頭を撫でると、嬉しそうに可愛く微笑む。


プリンは素材の味が活かされていて、とても美味しかった。


あたし好みに甘さ控えめなのも嬉しい。


「明日は何が良い?」


「そうだねぇ。ゼリーが良いな」


「分かった。何味が良いかな? 季節的に桃とかが良い?」


楽しそうに話す彼女。


この瞬間が一番幸せだった。


誰にも邪魔されず、二人きりでいられるこの時間が。


なのに…。


一足先に食べ終えたあたしは、ハンカチで口元を拭いた。


そして彼女もあたしより後に食べ終え、一息ついた。


「うん、中々美味しく出来たね」


「そうだね。あっ、ちょっと動かないで。口元拭くから」


「うん」


彼女は大人しく眼を閉じ、顔をこちらに向けてきた。


あたしはハンカチを持って、彼女の口元を…。


拭こうとして、改めて彼女の顔を見てしまった。


整った可愛い顔。


男共が黙っていられないほどの美少女。


そんな彼女が、無防備にもあたしに顔を向けている。


だから―。


思わず、キスしてしまった。


プリンの甘さが、濃くなった気がした。


「えっ…?」


驚いた顔で眼を開ける彼女。


そしてその眼に映る、同じように驚いた顔のあたし。


「ええっと…」


…ヤバイ。顔が歪んでいる。おかしな風に。


彼女の顔が、見る見る真っ赤に染まっていく。


―そして。


「っ!」


バチンッ!


「あいた…」


「…バカッ!」


彼女は自分のお弁当を掴んで、屋上から駆け下りて行った。


…当然か。


「ふぅ…」


ぶたれた頬を撫でた。


かなり熱い。


そりゃ当然の反応だよな。


でも不思議と、後悔はしていなかった。


何となく…抑え切れないだろうと、思っていたから。


いつかは爆発していただろう感情。


今、こんな風に終わってしまうってのも…アリかな?


ぼんやり思いながら、唇の甘さを感じた。


その後―。


物の見事にムシされる日々。


あたしもあえて声をかけようとはしなかった。


これ以上の接触は、お互いに傷付け合うだけだと分かっていたから。


でも…数年後、数十年後には笑い話しになっているだろう。


この気持ちが消えるまでの辛抱だ。


それまで、甘いものはやめておこう。


…どうしても、彼女の唇を思い出してしまうから。


それでもお昼は、一人で屋上に来ていた。


ここは元から人気が少ない。


一人でいても、青空があるからあまり寂しくない。


「今日も良い天気だなぁ」


欠伸をし、伸びをして寝転がった。


いつもなら、彼女の膝枕があるんだけど…。


…いかんいかん。


吹っ切らなければ。


しばらく眼を閉じていると、ふと、甘い匂いがした。


眼を開けると、彼女が側に立っていた。


「…どうしたの?」


出来るだけ素っ気無く声をかけた。


関係は終わっているんだ―そう思っていたのに。


「…ゼリー、作ってきたから」


ああ、そう言えばそんな約束、していたっけ。


「ありがと」


あたしはのっそり起き上がり、彼女の差し出してきた紙袋を受け取った。


「…食べよ」


そう言って彼女はあたしの隣に座った。


あたしは中身を取り出し、ゼリーカップとプラスチックのスプーンを彼女に渡した。


二人で黙々と食べる。


桃のすりおろしゼリーは甘過ぎず、さっぱりしていた。


「美味しい?」


「うん、美味しいよ」


けれど彼女は俯いて、あまり美味しそうには食べていない。


…こんな顔するぐらいなら、教室でみんなと食べればいいのに。


ああ、でもある意味、手切れ金みたいなもんか。


「…ご馳走様」


いつもなら心が満たされるはずの彼女の手作りのお菓子。


今日は何だか逆に虚しくなる。


「あっ…次は、何…食べたい?」


「次?」


次は…無い方がいい。


「…いいよ。もうあたしに作ってこなくて」


「どうして…」


「アンタにまた、キスしそうになるから」


カッと彼女の顔が赤くなった。


「今度は暴走しそうだから。傷付けたくないから。もうこれ以上。だから、付き合いは終わりにしよう」


「そんなっ…!」


彼女はボロボロ泣き出した。


…ああ、こういう顔を見たくないから、距離を置いていたのに。


「泣かないでよ。悪かったってば。もう二度と、あんなことしない。誓うわ」


ハンカチを取り出し、彼女の涙を拭こうとして…。


「…っ!」


「んっ…」


いきなり、彼女の方からキスしてきた。


「えっ…」


「キス…しても良いから」


涙で潤んだ眼で、見つめられた。


「暴走しても、良いから…。一緒にいてよ」


そう言って抱き着かれた。


「…まいったな」


今まで必死に抑えてきたのに…。


でも…彼女がいいと言うなら。


「カクゴしてよね。あたし、遠慮しないから」


腕の中で、彼女は頷いた。


そしてまた、キスをした。


甘い甘いキスを―。


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