床に浮かぶ人影(6)

「大泉さんには、人の形をした黒い染みが見えているんですね?」


「はい……。黒巣さんには何も見えませんか?」


「いえ、見えてはいるのですが。有希は何が見える?」


 問われた私には、仰向けに倒れている若い男が見えていたので、そのまま路美に伝えると、彼女も黙って頷いた。


 大泉さんは私たちを一瞥し、小さく声を出したあと、床に目を据えたまま黙ってしまった。


 路美も口を開かないので、仕方なく、私が話を進めることにした。


「逆に言うと、この若者は、大泉さんには見えていないわけですね」


「……はい」


 私は試しに、倒れている男を蹴ってみた。


 ゴムのような感触はしたが、反応はなかった。


 「普通、蹴る?」という路美の声を背中に受けつつ、次に私は腰を下ろし、男を観察した。


 服装はよく見るファストファッション。


 肌の色は路美のお父さんと同じで、異様に白い。


 気になったのは首で、濃い紫のあざがある。


 だれかに首を絞められた跡だろうか。


「やっぱり、幽霊ね。スマホのカメラに映らないわ」


 立ち上がり、路美のスマートフォンの画面を見せてもらうと、確かに、床には黒い染みしか映っていない。


 しかし、画面から目を離し、裸眼で床を確認すると、男が横たわっている。


 なかなか不思議な光景であった。


 私はひとつ首をひねってから、依頼主を問いただした。


「大泉さん。私たちは、床に浮かぶ人影の話ぐらいしか、経田さんから聞いていません。いったい何があったのですか?」


 癖なのか、大泉さんがまた深々と頭を下げた。


「すみません。仕事が忙しくて、経田には細かい話をしていませんでした……」

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