黒き戦士血風の荒野を往く

ラルフドングラン

第1話 少年と少女、死神に出逢う

−−−−勇者ギルバートの手によって魔王ラバウルが滅びた


人類にとってかつてない朗報がゴラム大陸中を駆け巡ったのは6年前のことだった。

しかし200年以上にも渡り続いた人魔大戦は人心を荒廃させ国土を荒らし、いくつもの国々の没落や消滅を招いた。しかも魔王が滅びたとはいえ未だに魔族の脅威は去ってはいない。明日の生活すら儘ならぬ人類の夜明けは未だ遠い−−−−



△ ▲ △ ▲ △ ▲



「おっさん、イリース鶏炒めてくんな。あと水も買えるだけくれや」


縮れ毛の少年が酒場の椅子にどっかと座り込み髭を生やした男に銀貨を一枚放り投げる。皮のジャンパーにカーキ色のシャツを着た彼はこの店の常連だ。今日は死体漁りで得た久々の金で腹を満たそうという算段だ。

マスターと思しき浅黒い肌の男がカウンターの奥からジロリ、と少年を睨みつける。


「ニセ銀貨じゃねえだろな?ドブ鼠が一丁前の口を聞くんじゃないよ」


受け取った銀貨を秤にかけ、真銀だと判断してから首を斬られ頭のない茶色い羽の鶏をむんずと掴み上げた。


「金を出しゃ文句ないだろ?おっさんこそ俺で大分稼いでるだろうが。そんな口聞いてっとヤハーウ様の罰が当たっちまうぜ」


「ふん聖書の一文も吟じたこともないガキが」


男の持つ刃物が羽を毟り肉を裂いていく。

実際にこの強面のマスターは少年の持ってきた盗品を横流しして利益を得ていた。年端の行かぬ子どもでもかっぱらい、追剝ぎをして生計を立てる。この世界では珍しいことではなかった。

やがて料理ができるとすぐさま少年はかき込む。肉質を摂取するのは5日ぶりだ。それでもこの少年の栄養状態は同年代の子供たちと比べればマシな方、と言えた。


「おい聞いたことあっか、セオ」


「なんだよ?」


食ってる真っ最中にマスターが話し掛けて来るのにセオと呼ばれた少年は迷惑そうな顔を向ける。


「この周辺によお、死神が来てるんだとよお。ハハッ笑えるぜ!死なんてその辺に転がってるってのによお」


なんでも数ヶ月前から死神とか言われる何者かが立ち寄る町を襲って軒並み壊滅させている、という噂があった。だが世は魔族が闊歩し親兄弟でさえ食料や物資を奪い合い殺しあう時代。そんなものは御伽噺の一節として彼らにとって洒落にもならなかった。


「はっ!そんなもん信じてんのかよおっさん。しゃらくせえったらねえぜ」


がつがつと皿をかっこみながらセオ少年は如何にもくだらない、といった様子で答える。実際にこの手の噂話は乱世の常であり、セオは聞き飽きていた。


「結局なあ1番タチわりいのは流行りの狂信者どもだよおっさん。人間が1番タチが悪いってこった」


「ハッハ‼︎違いねえ‼︎」


浅黒の中年男は少年の軽口に豪快に笑う。

ここドゥーアンでは最近デミウス教という新興宗教が幅を利かせ、何かといえば武装した僧兵が物資を略奪していった。その信徒の数は1000にものぼるともいわれている。この辺を歩くなら1番注意をしなければならない脅威と化していた。



 ◇◇◇◇◇◇



食事を終えセオは町を歩く。廃墟のような建物が立ち並び、質素な服を着た人々がぽつりぽつりと行き交う灰色のこの町は大陸全般という視点で見ればごく一般的な町だった。道端には物乞い達が腰を下ろす。


「さてあいつにも何か食わせてやっか」


懐を軽く叩きながら少年は呟く。中には油紙に包まれた鶏肉がしまってある。

あいつとは最近知り合った左腕を失った少女のこと。今現在洞穴のセオのテントで留守番をしている、はずであった。


「ほっとくとその辺勝手に歩き回っからなあ、全く困ったもんだぜ」


ガシガシと軽く頭をかき家路を急ぐ。この町に治安なんて言葉はない。少女1人の留守番は危険だ。しかしやはりセオは今日の死体漁りに連れていくことには抵抗があった。急がないと−−−−


「アイラ!おいアイラ!どこだ?」


人の気配がしない。

洞穴の粗末なテントを覗き込みセオの身体が強張る。中は荒らされ、件の少女、アイラがいない。散歩ではなさそうだ。


「くっそ!なんてこった!」


少年は駈け出す。

それは内心の動揺とともにセオ自身もよく分からない感情だった。今までセオはこの廃墟のような町で生まれ1人で生きてきた。主に盗みやかっぱらいで生計を立ててきた少年は少女と出会うまで冷徹に生きてきたつもりだった。しかしこの内心の動揺はなんだ−−−−

第六感が呼び掛けるままに走り続け、この町で比較的大きな通りに出てみる。いた−−−−


「くそ!なんだあいつらは!」


白い服を着た片腕の少女、アイラはいた。しかし甲冑を着た兵士数名がその後を追っている。


「人攫いどもが!やってやるぜ!」


セオは懐から短剣を取り出し、鞘から引き抜く。そして更に駆ける速度を上げる。

近づいてみると状況がよく見えてきた。アイラが袋小路に追い詰められたようだ。


「クソどもがよ。見てろよカスが」


手にした短剣を鞘へとしまう。諦めた訳ではない。こいつでなんとかなる相手ではなさそうだからだ。

セオは物陰からこっそりと近づく。チャンスは一度きりだ。


「さあ少女よ。怯えることはない。我が教主様の元に来るのです。なに、取って食おうというんじゃない。お腹いっぱい食べさせてあげますからね」


何やら信徒の1人かアイラに話し掛けている。胡散臭い内容だ。

ひいふうみい……全部で8人。まちまちの甲冑や鎧を着込んだ兵士たちはどうやらデミウス教の信者や僧兵のようだった。少女1人に物々しい。


「なんだってんだ。いったい」


なぜ貧民街の少女1人に狂信者どもが群がっているのか。セオは戸惑うがアイラを助ける方針に変わりはない。


「さあ来なさい。逃げても無駄ですよ」


兵士の手が少女の頭へと伸びる。息を切らせ怯える少女はビクッとその身を震わせた。


「伏せろぉっ!アイラッ!伏せろ!」


少年の声に素早く反応した少女はスッとその身を地面へと倒れ込ませる。

僧兵たちは思わぬ乱入者の声に辺りを見回すがアイラは少年が何をするのか分かっていた。

白い玉のようなものが次々と兵士たちの頭へとぶつけられていく。


「何者か?出てこい!グアァァァ⁉︎」


「目がっ!めがぁぁぁぁ!」


「グキャァァァ‼︎」


刺激の強い香辛料やら薬草やらを混ぜ、動物の卵の殻に包み込み製作したセオお手製の投擲武器である。この戦術は長年彼が使用してきた実践の結果、セオの必勝戦術へと昇華されていた。

視界を奪われ痛みにより自らの顔を押さえる兵士たちの間をすり抜けセオは地面に伏せるアイラを助け起こす。


「さあ来いアイラ!逃げるぞ!」


「セオ!」


白銀色の長い髪の少女はセオに笑みを見せる。−−やはり助けに来てくれた

セオとアイラは兵士を横目に通りを駆け抜ける。人口の少ないこんな町とはいえどこの騒ぎにあばら家や廃屋から少しずつ野次馬が集まり始めていた。


「チッ!急ぐぞアイラ!」


「うんありがとうセオ−−−−」


アイラがお礼を言い終わらない内だった。セオの体が横倒しに吹っ飛ぶ。手を繋いでいたアイラもよろめき前へと倒れた。


「セオ?セオ!」


「まったく。面倒かけさせてくれますねえ」


少女が顔を上げた先には棍棒を持ち、まるで爬虫類のような目をした男が立っていた。



 ◇◇◇◇◇◇



ガタゴトと揺れる馬車の中では僧兵2名と先ほどセオを棍棒で殴り飛ばした蛇のような男。そして手足を鎖で拘束された少年と足に枷を付けられ黙りこくった少女が乗り合わせていた。


「そんなに睨みなさるな。あなた達が悪いのですよ。無駄な抵抗を試みるから痛い目をみるのです」


随分と身勝手な言い分にアイラは更に表情を険しくする。


「教主様はあなただけを必要としているのです。そちらの少年は棄て置いてもよかったのですよ?これは好意と受け取ってほしいですね。申し遅れました。私はパウムと申します。以後お見知りおきを」


−−−−何が好意なものか。こいつらはセオを人質にして私の「能力」を利用するつもりだ。

少女はこの僧兵たちの思惑を見透かしていた。実際に彼女は倒れたセオを見捨てて逃走を続けることは出来なかった。

揺れる馬車は一旦止まり、馭者と何者かが話し込んでいる。察するにここは町の外へと出る門の前なのだろう。


「何も心配をすることはないのですよ。我らが教主様は寛大なお方です。あなたも我らの集落に来ればデミウス教と我らの教義をさぞ気にいることでしょう」


蛇のような男はニヤニヤと微笑む。不気味だ。アイラはゾクッとする。なんとか隙を見て逃げ出さないと。

再び馬車が動き出す。町を抜け街道へと向かっているということだ。

こちらに位置情報を与えないつもりだろうか。馬車の窓は完全に閉ざされていて外の景色は見えない。しかし体性感覚や住み慣れ始めていた町の造りから推理すると北の街道に向かっているようだった。


「しかしひどい道ですねえ。神なき町にはお似合いの道です」


自身の黒い髪を撫でつけパウムは愚痴を零す。この中で甲冑を着ていないのはこの男だけだ。戦闘要員ではないのだろうか?しかし先ほどセオに追い付き殴りつけたのはこいつだった。

アイラは男の青白い顔から目を逸らす。この男の風貌は見ていると何か人間離れしたもののようだ。

町から続く荒れた道を抜け街道へと差し掛かったところだった。辺りには草叢が広がっている。

−−−−その丈は人1人身を潜めるには十分なほどの

突然馬車を動かしていた馬が嘶きコントロールを失う。滑るように道を外れそのまま馬車は草叢の中の木々に突っ込んだ。

アイラとセオは馬車の座席から滑り落ちる。


「何事です⁉︎何をやってるのですか?あなた達見て来なさい」


パウムは横の僧兵2名に外の様子を見に行くよう命じる。

僧兵2名が出て行き暫くすると呻き声が辺りに響き、静寂が後へと続く。


「ちっ、悪手だったようですね。あなた達おとなしく待ってなさいよ」


少年と少女に釘を刺しパウムが馬車の外へと出る。

見ると馭者の胸はボウガンの矢で貫かれており事切れていた。出て行った僧兵も同様に急所を矢で貫かれ草叢に倒れていた。


「出てこい!コソ泥か?我々を誰だと思っている?神に弓引く愚か者め!」


パウムが辺りに響くような声で犯人に憤りをぶつける。しかし返ってくるのは静寂のみ。


「ふん何者か知らんが運の悪い奴輩よ。私と行き合ったことが貴様の運の尽きだ!」


パウムは目をカッと見開き瞳孔が縦に長く広がる。舌が伸びチロチロと顔の前で蠢く。その様子はまるで人間離れしていた。

シュッと風切り音がする。パウムの顔が前を向いたまま腕だけが後ろ向きに伸び何かを掴み取った。これは人間の関節や骨格を無視した動きだった。


「くだらない玩具だな、出てこい!」


手にはボウガンの矢が一本。馭者と僧兵を殺ったのもこの矢だろう。怒声に対しての返答はない。

パウムは蛇のような目で周囲を観察する。よく見ると自分達の乗ってきた馬車の他にも転倒した馬車の残骸がもう1つ。先行させていた残りのパウムの部下の僧兵を詰め込んでいた馬車に間違いなかった。1人残らず急所に矢を受けて絶命している。


「どうやら罠を張っていたようですねえ。コソ泥くん。随分と上手くやったようですが不意打ちしか出来ない弱卒とみえる」


謎の襲撃者はパウムの挑発に答える気はないようだ。草叢が動く気配もない。

パウムの伸びた赤い舌がチロチロと動く。


「そうか、ならばこちらから出向いてやろう。臆病者め。そこだ!バカめ!」


パウムは地面を這うように駆け出す。地面の凹凸すら感じさせない滑らかなその動きはまるで蛇のようだった。やがてパウムの顔にビシビシと鱗が生えたかと思うと口が尖りそこからは大きな牙が生えていた。

蛇男はそのまま草叢へと飛び込む。

ガキィィィン!と金属音がした。

見るとパウムの鋭い牙の一撃を盾で受け止める何者かがいた。

何者かはそのまま盾を振り下ろし攻撃に転じるがパウムは地を這う動きでそれをかわした。


「今のを受け止めましたか。褒めてやろう」


パウムが見つめる先には黒い兜と甲冑を着込んだ男が1人。手にはボウガンと盾を携えていた。装備が全身を覆っているので容貌は不明だった。


「貴様は何者です?名乗りなさい!我々をデミウス教徒と知っての狼藉か?」


黒い鎧の男は何も答えず、代わりにボウガンを撃ち込んできた。

パウムは事もなげにそれをかわすと男へと再び襲い掛かる。そして突進と同時に男に向けて牙から毒液を噴射した。

男は盾を掲げて毒液を受け止めるが、その隙にパウムは男の死角へと回り込んだ。

(終わりです)

パウムが飛び掛った瞬間だった。

鎧の男が背にした剣の柄に手を掛け振り向きざまに抜き放ったと同時に蛇男の肩にその白い刃が食い込んだ。

パウムの肩から斜めにかけてバサリと赤い飛沫が飛び散る。


「ギャアアアアアァァァァァァァァ‼︎」


パウムの体が真っ二つになり地面へと転がりのたうちまわる。

男は蛇男を見下ろすと思い切りその顔面を踏みつけた。


「ウギャアァァァァァァ‼︎」


パウムの絶叫が響き渡る。しかしそんなことはお構いなしに鎧の男は蛇男に掛けた足の圧を更に強める。


「お前には聞きたいことがある」


ゴリゴリ、と蛇男の骨が軋む音がした。


「な、なんなんだあれは一体……」


少し離れた馬車の残骸の近く。

セオの懐から鑢を取り出したアイラが鎖を断ち切り、脱出に成功した2人は途中からこの奇妙な戦いを見ていた。

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