これが最後の僕の嘘

PeDaLu

第1話 伊万里舘千景

彼女は何をとっても普通な存在だ。彼女の名前は伊万里舘千景いまりたちちかげ。唯一普通じゃないのはこの名字くらいか。


「おう。今日も元気に普通、やってるか千景」


「あ。吉原くん。おはよー」


「なぁ、昔から思ってるんだけどさ。なんで千景はそんなに普通なんだ?」


「えー。逆に私も昔から聞きたいと思っていたんだけどいいかな?」


「構わないぞ」


「普通ってなにかな?」


「普通は普通だろ。それ以上でもそれ以下でもない」


「じゃあ、普通の反対は?」


「変人、異色、変なやつ……あ、これは変人と一緒か。あ、分かった。特別、だ」


「ふぅ~ん」


「ほら。反応も特別っていうより普通だろ?」


「特別な返事がどんなのか分からないけどね」


僕の名前は吉原圭吾よしはらけいご。千景とは幼稚園からの長い付き合いになる。だから、千景の存在は僕にとって普通の存在。


「吉原~、お前らいつも一緒に学校に来てるけど、将来を誓いあった仲なのか?」


「吉原くん、そうなの?」


「久保くん?」


「なんだ?」


「なんでそんなにくっつけたがるんだ?」


「いやさ。おまえらあんまりにも普通に一緒にいるじゃん?だからくっついていない方が不自然というか」


「ねぇ、久保くん。私も聞きたいんだけど、いつも久保くんも吉原くんも私のこと"普通"っていうけど、普通の反対は"特別"なんだよね?」


「多分な?結原は特別になりたいのか?」


「うーん……特別になったら、なにか変わるの?」


「お。伊万里舘は特別になりたいのか?吉原の特別になりたいのか??って、言ってるけど吉原~」


久保元春くぼもとはる。僕のクラスメイト。入学してから同じクラスで、あいうえお順でもないのにずっと前後左右のどこかにいるので、必然的に仲良くなったやつだ。


「伊万里舘さん!?あなた!吉原様の特別になりたいなんて何事ですの!?」


「あー……面倒くさいのが来たぞ。俺は眠いから寝る。吉原、あとは任せた」


「あ、この!」


「無視しないで下さる!?この神名峰葵みなみねあおいは吉原様をこんなにお慕い申し上げてますのに!それを差し置いて普通な貴女がなぜ吉原様の特別になりたいなんて仰っているのかしら!?」


「はぁ……神名峰、いいか?僕は神名峰に愛されているのは分かった。十分に分かった。でもな、その愛は重すぎて受け止める自信がないぞ」


「お。そうだ。一度聞いてみたいことがあったんだけどさ。神名峰はなんでそんな喋り方なんだ?別にお嬢様ってわけでもないのに」


寝たはずの元春が突っ伏したまま顔だけあげて神名峰に尋ねる。それは僕もも聞いたことがないので気になるところだ。


「前にもお伝えしたかと思いますが。私、神名峰家は由緒正しき家柄なのです。私はその家柄に恥じぬ振る舞いをしなければならないのです!」


「アパート住まいの神名峰家がか?」


「私の家はアパートじゃありませんわ!マンションですわ!!」


「まぁ、どっちでも構わないけど由緒正しき邸宅でもないだろ?」


「形ではなく、家柄の問題なのです!もう、あなたは黙らっしゃい!」


この神名峰葵はなんでだか知らないけど、高校に入学してからこの1年半、ずっとこんなことを言っている。正直、変なやつだとは思っているけど、悪いやつでもなさそうなので適当に付きあっている、という感じだ。千景が"普通"なら、神名峰は"変わり者"なのだろうか。変人、と言わないのはせめてもの情けだと思ってくれ。


「ええと……私、吉原くんの特別になりたい、っていうより、私自身が特別になったらどうなるのかなって思っただけなんだけど……」


「なんだ。そういうことかよ。つまらん。やっぱり俺は寝る」


久保め。かき回すだけかき回して撤退しやがった。


「はいはい。ホームルーム始めるわよ。そこの吉原くんと愉快な仲間たちも席について」


くっそ。その呼び方、定着したのかよ。なんで僕が中心人物なんだ。確かに周りの連中は愉快な仲間たちだけどさ。


「って。(なんだ久保)」


「ん。それ」


授業中に久保から紙を丸めたものを頭に投げつけられた。落ちたソレを拾い上げて開いてみると……。


『神名峰のこと、どう思ってるんだ』


どうもこうもない。面白いやつだな、とは思っているけども別に彼女の気持ちに応えてやろうとかそういうのはない。今のところは。将来はどうなるのか僕にも分からないからな。


『神名峰は神名峰だろ。それ以上でもそれ以下でもない』


僕はそう書いて久保に投げ返す。久保はつまんねぇの、という顔をして授業を受けるふりを再開した。


「だからなんで僕の席にみんな集まるんだ」


昼食はいつも僕の席に全員集まる。


「吉原くんと愉快な仲間たち、だからじゃないのか」


「そうですわ。愉快な、は余計ですが、私、吉原様のお仲間ですわ」


「なんだ神名峰、吉原様のお仲間、でいいのか。特別になりたいんじゃないのか?」


「そうですけど……。淑女たるもの、猛獣のように男性に迫るのはどうかと思いますの。ですからまずはお友達のところからお近づきになるのが筋かと思いますわ」


淑女……。いや、今までっていうか、今朝も神名峰は猛獣のそれだっただろうに。


「でさ。千景は今日も図書室に行くのか?」


「行くよ~。読みかけの本があるから」


「ですから!吉原様はなんで私のことをいつもスルーなさるのですか!?」


「神名峰、いい加減諦めろ。なんなら俺が神名峰の旦那様になってやろうか?」


「結構です!!」


とまぁ、こんな感じで愉快な仲間たちと愉快な昼食をほぼ毎日食べているわけだけど。正直、悪い気はしない。


「で。なんでお前らもついてくるのかね」


「私は伊万里舘さんが吉原様に良からぬことをなさらないのか心配なだけですわ」


「俺は、そんな君達を見てると飽きないからだな。それより、吉原はなんで千景と一緒に図書室に行くんだ?」


「図書委員だからだ!変な話に持っていくな」


と、図書室の入り口でいつもの調子で話していると、刺すような視線を感じた。


「ちょっと。静かにして。ここは図書室なの。吉原くんも図書委員なら自覚を持って行動して」


定峰千丸さだみねせんまる。同じ図書員の生真面目を絵に描いたようなやつだ。隣のクラスなんだがずっと図書員で一緒なので名前で呼び合う仲になっていた。名前で呼んでいるのは僕だけだけど。


「すまんな千丸」


「だから、その呼び方はやめてっていってるでしょ。嫌いなのよ。その名前。前から言ってるでしょ」


まぁ、女の子の名前に"千丸"はどうかと思うのは事実だけど、定峰の反応が毎回楽しいのでそう呼んでしまう。


「あれ?千景はどこに行った?」


そんな嵐のようなやり取りを普通に回避して既に千景は席について本を読んでいた。すごいスルー性能だ。これが"普通"の能力なのか。


「で、千丸、今日の仕事は裏の書架整理だっけ?」


「だから。はぁ。もういいわ。諦めた。そう。裏の書架整理。私、埃っぽいのが嫌いだからお願い。カウンターの仕事はきっちりこなすから」


まぁ、千丸がそういうのならきっちりこなしてくれるんだろうな。生真面目に本を読みふけってなければ。


「裏の書架整理。なんでいつもここは本がバラバラになるんだ。裏なのに」


図書室の本は定期的に入れ替える。新書は入ってきたら人気のない本などは裏の書架に入れるのだ。まぁ、犯人は分かっているのだが、千丸の面目のために黙っておこう。


「定峰。ちょっと来てくれるか」


「また、頼み事ですか」


僕は頼み事をするときは"千丸"ではなく"定峰"と呼んでいる。そう言うといつも本を閉じて話を聞いてくれるのだ。


「今回はなんですか。私、忙しいのだけれど」


カウンターには誰も居ないし、本を読んでいただけなのに。


「ああ、ちょっと高いところの箱を取ろうと思って。はしごを押さえててくれないか」


「なんでそんなこと……」


「じゃあ、定峰が書架整理やるか?」


そう言うと千丸は渋々付いて来てくれた。


「これでいいですか。早くしてください」


これ、僕がはしごを押さえて、千丸が上に登ったらパンツが見えるんだろうな。昔、それで顔を蹴られたことがある。


「っとと。この箱だ。何が入ってるんだよ。くっそ重たい」


僕は梯子の最上段から一つ下をまたぐように立って、千丸はその前からはしごを押さえている。なんでそんな狭い方から押さえるのか。


「あの!」


「なんだ。重たいんだ。もう少し我慢してくれ」


「そうじゃなくて!その……(開いてます……)」


「ん?」


「開いてます!」


「何がだ?」


「言わせないでください。この変態」


「なんだよ」


突然の変態呼ばわりで納得がいかないが、いつまでもはしごを女の子に押さえてもらうのも悪いしな。さっさと下ろしてしまおう。


「助かったよ。千丸。で、さっきのはなんなんだ?」


先丸は目をそらして僕の足の付根辺りを指さしている。なにかと思って目線をやると、開いていた。全開だった。今日のラッキカラー、赤いボクサーパンツが紺色の制服と相まって非常に強い主張をしていた。


「おっと。先丸には刺激が強かったか。すまんすまん」


「このっ……」


殴られると思って身構えたのに、千丸は何もしないでカウンターに戻っていった。


「あの……」


書架整理を終えてカウンターに戻ると千景が本を借りようとカウンターに来ているところだった。千丸は背筋を伸ばして足を組んで本を読んでいた。前言撤回。生真面目なのは上半身だけだ。


「千丸、カウンターの仕事はきっちりこなすんじゃなかったのか?」


「書架整理、手伝ったでしょ」


なるほど。書架整理を手伝ったからカウンターの仕事をきっちり行うという契約は破棄されたということか。


「悪いな千景。図書委員長様の機嫌を損ねてしまったようだ。今日はなんの本を借りていくんだ?」


カウンターに差し出された本はいわゆるライトノベル、略してラノベだ。こんな普通じゃない登場人物がたくさん出てくるものをいつも読んでいるのに、千景の普通度は増すばかりでいつまで経っても平らなままである。ちなみに胸も平らである。一度、まな板の話題を振ってみたのだが、通用しなくてこちらが恥ずかしい目にあってからは、その話題を振るのは止めておくことにしている。

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