第59話 救いの翼と、顔のない女神


 意識を取り戻した俺が最初に気づいたのは、両手が後ろに回した状態で拘束されているということだった。


 顔を上げると、最初に足を踏みいれたホールの風景が目に飛び込んできた。俺はデイジーを探して顔を動かした。すると、すぐ隣にやはり両手を戒められた状態でデイジーがいることがわかった。


「気がついたかゴルディ。どうやら俺たちは敵の罠にまんまと嵌っちまったみたいだぜ」


 背後でブルが忌々しそうに舌打ちをくれるのが聞こえた。どうやら全員、俺と同じ格好で床の上に転がされているらしかった。


「勇敢な盗賊諸君。私の城へようこそ」


 ふいに上の方から声が聞こえ、顔を向けると大階段の上の踊り場に、仮面をつけた人物が立っているのが見えた。人物の隣には椅子が置かれており、そこにぐったりと身体を預けているクレアの姿があった。


「――クレア!」


 俺が呼びかけると一瞬、クレアの瞼が動いた。どうやら意識はあるようだ。


「私は『天界の王』。これからこの砦で世界を動かしてゆく支配者だ。幸いなことに、『ヘル・マドンナ』のバックアップシステムは使用可能な状態にある。そこで見ているがいい」


「勝手なことを言うな!」


 俺が拘束されたまま身をよじると、周囲で複数の人影が身構える気配があった。よく見ると、俺たちをぐるりと囲むように五~六人の人物が立っていた。どうやら『王』に忠誠を誓うサイボーグたちらしかった。


「いまから『滅びの歌』の演奏を開始する。……やれ、ジェイムスン」


 俺ははっとして『王』が顔を向けた方に目をやった。いつの間にかフロアの一角に、オルガンに似た奇妙な形の装置が据えられ、鍵盤に似た操作パネルの前には不敵な笑みを浮かべたジェイムスンが立っていた。


 それにしても、と俺は思った。あの『王』の声には聞き覚えがある。いつ、どこで聞いた声だったろうか。


 そんなことをぼんやりと思っていると、ふいに耳元でデイジーが「今からおじさんの手にはまってる輪を外すから、気が付かないふりをしててね」と言った。


「なんだって?そんなことができるのか?」


「うん。おじさんが終わったら、他の人たちのも外すわ。みんなであいつをやっつけて」


 思いもよらない展開に唖然としていると、突然、フロア全体にあの不吉な旋律が鳴り響き始めた。小型とはいえ、それなりに世界を破滅へと導く力があるようだ。


「外れたよ、おじさん」


 デイジーが耳元で囁き、両手が自由になったのを感じた、その時だった。


「――ゴルディ、今よ。私を撃って!」


 それまで椅子の上でぐったりしていたクレアが突然、立ちあがると俺の方を見て叫んだ。


「クレア!」


 俺は立ちあがるとクレアに渡された銃を抜き、踊り場の上にいるクレアのロザリオに狙いをつけた。


「――何をするつもりだ!」


 仮面の『王』が色をなして叫ぶのと同時に、俺はロザリオに向けて銃の引鉄を引いた。


 次の瞬間、ぱん、という音がしてロザリオに嵌まっていた宝石が弾け飛び、クレアの顔が爆発的な光を放って砕け散った。


「今だ!」


 俺は叫ぶと近い場所にいるサイボーグの『しもべ』に鞭を放った。手ごたえと共に相手が崩れる気配があり、同時に銃声と人の倒れる音が聞こえた。


「ゴルディ、こっちは片付けたぞ」


 シェリフの声が聞こえ、俺が「よし、後は装置を止めるだけだ」と返したその時だった。


「……なんだと?」


 狼狽えたような『王』の声が響き、俺たちは再び見え始めたフロアの風景に目を瞠った。


「――クレア?」


 俺の目に映ったのは首から上を失い、背中に輝く羽根を生やした女が宙を舞う姿だった。


「あれが……クレアの隠された能力か」


 クレアはジェイムスンの背後にふわりと降り立つと、首筋にそっと両手を当てがった。


 次の瞬間、ジェイムスンはびくんと身体をそらせたかと思うと、そのまま床に頽れた。


「やめろ……装置を止めるな!」


 『王』はジェイムスンの後を引き継ぐように鍵盤を操作し始めたクレアに言い放つと、踊り場を飛びだし、一階の装置のところへ駆けていった。


「何をする!」


 俺が駆け出すより早く、『王』はクレアの首筋に素早く注射器のような銃を押し当てた。


「……そこを動いてはいけない。動けばこの女性は死ぬ。たとえサイボーグでもね」


 『王』は銃を取りだして俺たちを牽制すると、クレアの首筋に銃口を押し当てたまま、再び踊り場へと引き返していった。


「こうなったらいったん地上を離れ、神の国で世界を統治するほかはない。すべてはお前たちが招いた結果だ。せいぜい悔やむがいい」


 『王』がそう言い放った瞬間、不気味な振動と共に、フロアの四方を支えている柱がゆっくりと床から浮き始めた。同時に大階段が畳まれ、建物の二階から上が一階部分と切り離されるのが見えた。


「……まさか、重力制御装置か?」


 間に合わない、そう直感した俺は踊り場の『王』に向けてブラックスネークを放った。


 ブラックスネークは上昇する踊り場に向かって一直線に飛ぶと、『王』の首筋を捉えた。


「……ぐあっ」


『王』は銃を首に巻きついたブラックスネークに向けると、引鉄を引いた。一部が破損したブラックスネークを『王』が無理やり引きちぎった瞬間、仮面の下半分がめくれ、『王』の顔の一部が露わになった。


「……さらばだ、盗賊諸君。見捨てられた地上で、愚かな者たちと共に息絶えるがいい」


 頭上の空に向かって遠ざかる『王』とクレアを目で追いながら、俺は歯ぎしりした。


 ――くそっ、もうこれで終わりなのか。


 俺がそう吐き捨てると、突然、轟音とともに何かがフロアの外に姿を現した。全員の目線が驚きと共に捉えたのは、空中に浮かぶ一台のトレーラーハウスの姿だった。


「はっはあ、待たせたの、諸君。さすがトーマスのこしらえたエンジンは違うわい」


「ジム!……まさか『レインドロップス号』にも重力制御装置が?」


「わしもまさか本当に飛べるとは思わなかったがのう。……さあ、乗った乗った。あの飛んでいったおかしな家を追いかけるんじゃろう?」


 俺はジムの言葉に頷くと、デイジーの元に駆け戻った。


「デイジー、俺たちはこれからあの『空飛ぶ車』で、逃げた二人を追いかける。いいな?」


 俺が囁くと、デイジーは少しだけ緊張した面持ちで「うん、わかった」と頷いた。その表情を見た瞬間、俺はデイジーもやはりあの時、仮面の下の『王』の素顔を見たのに違いないと直感した。

 

 ――そう、記憶すらおぼつかないほどの昔、別れたきりの『父親』の顔を。


             〈第六十回に続く〉

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