第49話 裏切りほど素敵なショウはない
「なあ、昼間君が観たのは本当にジニィたちだったのかな」
ニューワールド劇場の桟敷席で、手すりの影に身を隠した俺は、傍らのクレアに質した。
「間違いないわ。これからよ、お芝居の「第二幕」が始まるのは」
クレアは緞帳の降りたステージに顔を向けると、そう囁いた。昼間の興業が終わり客が掃けた劇場は、少し前まで歌や台詞で溢れていたとは思えないほど静まり返っていた。
「……見てゴルディ。幕が上がりだしたわ」
クレアの声にステージの方を見ると、確かに一度降りたはずの緞帳が上がり始めていた。
「うっ……あれは?」
幕が上がり切ると突然、照明が点いて舞台上で向き合っている二人の人間を照らし出した。一人はドレスに身を包んだジニィ、もう一人は客船の上で会った男性――ヒューゴ・ゲインズだった。
「シェリフの姿がない……一緒に来たんじゃないのか?」
「たぶん、私たちと同じようにどこかでこっそり見ているのよ、最初からボディガードとして来たんだわ」
俺たちが息を殺して事の成り行きを見つめていると、ジニィがおもむろに口を開いた。
「久しぶりね、ヒューゴ。これが何かわかる?あなたが私と一緒に木の根元に埋めた物よ」
ジニィがバッグから取り出して掲げ持ったのは、予想通り『精霊の骨』だった。
「ほほう、これは懐かしいな。……しかし君がわざわざ私に連絡してきたということは、それなりの覚悟をして取引しに来たということだ。そいつを私に渡す条件はなんだい?」
「あの時……あなたは二手に分かれて後で合流しようと言った。……でもあなたが私に示した道は山賊の縄張りを横切る道で、私は合流する前に山賊たちに捕えられてしまった」
「そう、あれはとても不運な出来事だった」
「私が知りたいのは、あなたが最初からそうするつもりでいたのかっていうことと、そして……あの時あなたが言った「研究がうまくいったら君と暮らすのもいい」という言葉が本当だったのかどうか。どんな答えでもいいわ。私は真実をあなたの口から聞きたいの」
「真実ね……合流しようと言ったのは本当だよ。できるかどうかまでは吟味しなかったけどね。それから君と暮らしたいと言ったのも本音だ。君は頭のいい女性だし、きっと楽しい研究生活が送れると思ったんだ。だが……」
ヒューゴがそこまで言った時だった。ふいにジニィの背後から複数の影が現れたかと思うと、後ろから羽交い締めにした。
「……やっぱりこういうことだったのね、卑怯者!」
「頭のいい女性は、時に詐欺師にもなる。警戒して当然じゃないかな?」
ヒューゴがそう言うと、現れた人物の一人がジニィの手から『精霊の骨』を毟り取った。
「よし、彼女も一緒に連れて行け。くれぐれもけがはさせるなよ」
ヒューゴが部下と思しき人物たちに命じた、その時だった。数発の銃声と共にジニィの背後にいた人影が相次いで舞台の上に崩れた。
「誰だっ」
ヒューゴが叫ぶと、俺たちのいる席の反対側の桟敷席から銃を携えた人影が立ち上がるのが見えた。シェリフだった。
「私はこれから彼女を家まで送らなくてはいけない。連れて行ってもらっては困る」
シェリフはそう言うと、ヒューゴに狙いを定めた。
「……くっ、どうやら『精霊の骨』を手にいれ損ねたようだな。だが、見ているがいい。これから世界がどんな風に変わるかをね」
ヒューゴは捨て台詞を残すと、まるで芝居の悪役のように舞台の袖へと姿を消した。
「ありがとう、シェリフ……」
ジニィは立ちあがると、『精霊の骨』を拾ってうやうやしく客席にお辞儀をしてみせた。
「どういたしまして。一人の観客もいないカーテンコールにならなくて、よかったよ」
俺は桟敷席から立ちあがると、クレアと共に舞台上の『女優』に拍手を送った。予想外の『観客』に最初はぽかんとしていたジニィも、苦笑しながら再度お辞儀をして見せた。
「……さて、そろそろ帰ろうか。我々もこれから芝居どころじゃなくなりそうだからな」
俺は恐れ知らずの役者たちに大きな声でそう告げると、クレアの手を取って席を離れた。
〈第五十回に続く〉
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