第44話 あるヘマと四人の盗賊


俺たちは一匹の蛇になって広い中庭を蛇行を繰り返しながら横切っていった。特殊迷彩を施した蛇の動きは、暗視カメラに映っているにもかかわらず自然な影と区別が付かないのだ。


 母屋の脇をすり抜けて裏手に出ると、ほどなく蛇の動きが止まった。俺たちはおそるおそる、蛇の皮を脱ぎ棄てて外に出た。母屋の裏手に広がっていたのは、向こう側が見えないほどに密生した不気味な竹藪だった。


「なんだこれは……」


「おそらくこの竹林の中も『隠し蔵』があるはずだ。ただし、竹の間にもセンサーはあるだろう。正しいルートで進まなければセキュリティが働いて一巻の終わりだ。


 俺たちは用意したスコープで張り巡らされているセンサーの位置を確認すると、縦一列になって竹林の中を進んでいった。


「おい、勘弁してくれよ、いつまでこんなジグザグ行進を続けりゃいいんだ?」


「あと少しの辛抱だ。……それより幅のある奴は曲がる時に気をつけてくれ」


 不平を漏らすブルを牽制しながら進んでいくと、やがて唐突に緑の藪が途切れ、目の前に開けた空間と巨大な白い土壁の建物が現れた。


「これが『隠し蔵』か……」


 家紋らしき丸い意匠が彫られた黒い金属の扉には、頑丈そうな南京錠がぶら下がっていた。


「ゴルディ、到着したはいいが、こいつは鍵がなけりゃどうにもならないぜ」


「そう思うだろう。……ところがこの鍵はフェイクで、本当の開け方は違うのさ」


 俺は雑嚢袋からレーザーポインタを取り出すと、扉に彫りこまれた家紋の中心に向けて照射した。


「ここからが問題だ。正確なパターンで紋をなぞらないとセキュリティが発動する」


 俺は手頸に力を込めると、植物をかたどったと思われる模様を慎重になぞっていった。


 やがて、がちんという堅い音が闇の中に響いたかと思うと、扉の左右の壁が前にせり出した。壁は一メートルほど前に出て止まり、側面に穿たれた縦長の穴が露わになった。


「この穴に人が入ると、自動的に中に連れて行ってくれる仕組みだ。穴は左右に一つづつあるから、一度に二人が中に入れる。まずはスリムなシェリフとジニィから入ってくれ」


 俺が促すと二人はおそるおそる、棺を思わせる穴の中に身体を収めた。二人が両側の壁に潜りこむと同時に、再び重い音が響いて壁が建物の内部へと戻り始めた。


「えらく手間が多いな。こんな仕掛けを作るってことは、目の眩むようなお宝があるに違いないぜ」


 ブルがそう言ってほくそ笑むと、再び内部が空になった壁が前にせりだしてきた。


「よし、うまく入りこめたようだ。今度は俺たちの番だぞ、ブル」


「ああ、わかってる。わかってるんだが……くそっ、どうにも窮屈でいけねえぜ」


 ブルが身体を穴に押しこもうと四苦八苦していると、突然、壁が動く気配があった。


「まずい、壁が建物に戻っていくぞ。いったん、穴から出るんだ」


 俺とブルが穴から飛びだすと、建物に引き込まれた壁は再び元の位置にはまり込んだ。


「どうする?もう一度、最初からやり直すか?」


「危険だが、それしかないな」


 俺は端末を取り出すと、先に侵入した二人に事情を告げて再びレーザーポインタの光を家紋に当てた。だが光を動かそうとした次の瞬間、背後から警報のような音が聞こえ、俺とブルは顔を見あわせた。


「くそっ、ここにいたら警備員がやって来る。俺たちは一旦、蔵から離れた方がいい」


 俺たちは蔵の前から飛びだすと、竹藪の中を駆け抜けた。もはやセンサーなど構ってはいられない。闇雲に走っているうちに竹藪が途切れ、俺たちは敷地の一角に躍り出た。


「うっ……ここは?」


 前方に目を遣ると、無数の黒い影が行く手を阻むように待ち構えているのが見えた。


「あれが『ニンジャ』か!」


 思わず叫んだ瞬間、『ニンジャ』たちの間からブルとさして変わらぬ巨漢がのそりと姿を現すのが見えた。


「久しぶりだな、ブル。そんなへまをやらかしてたんじゃ、運よく生き延びて盗賊になった甲斐がないな」


 髷を結い、目の周りに不気味な隈取をした男はブルにそう言うと、含み笑いをした。


「雷電か。こんなところで会うとはな。いつの間に『ニンジャ』たちのボスになった?」


 ブルが珍しく感情を露わにして問うと、雷電と呼ばれた巨漢はふんと鼻を鳴らした。


「お前さんを討ち損じた後、すぐにだ。盗賊と用心棒、流れ物同士が再会というわけだ」


 ブルと雷電が睨み合う傍らで、俺はどうやってこの窮地を脱するかを思案し始めた。


              〈第四十五回に続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る