第28話 うっかりOKした決闘


「どうした、クレア」


 俺はカウンターの上に突っ伏している相方に声をかけた。珍しくけだるげにしているなと思ったら、どうも様子がおかしい。


「どうしてかしら、身体がいやにだるいの」


「珍しいこともあるもんだな。どれどれ……おい、熱があるじゃないか。早く寝室に行って横になるんだ。今日はもう休んだ方がいい」


 サイボーグであるクレアの身体は、普通の疾病のほかに人工装置と生来の組織との適合不全によっておこる不具合とがある。もし後者なら生体工学に明るい人間を手配する必要があった。



 ――サイボーグだから頑丈、そんなクレアの言葉を鵜呑みにしていた俺が馬鹿だった。


俺が解熱剤を取りに行こうとバーフロアから出ようとした、その時だった。ふいに壁の戸棚から人間の声のような音が聞こえ始めた。


 「盗賊よ、君のパートナーの身体は毒に冒されている。遅効性だが放っておけば今からきっかり十二時間後に死ぬ。不幸を避けたければこれから私が述べる要求を受け入れよ」


「なんだって?」


 俺は戸棚に飛びつくと、中をあらためた。驚いたことに「声」は、クレアが使っている『顔』の一つから発せられていた。


「本当はこんな形であなたを強引に呼びだすのは本意ではないのですが、納得いく決着がついていない以上、やむを得ません。許してください」


「シェリフだな?……くそっ、クレアの身体に何かを撃ちこんだんだな。卑怯者め」


「私との一騎打ちに勝てば、解毒剤をお渡しします。今から七時間後に『フォーチュン・ブレスタウン』に来てください。あなたのアジトから十キロほどの場所にあるゴーストタウンです」


「卑怯な手を使っておいて果たし合いもないもんだぜ、ガンマン」


 相手の感情を抑えた口調に、俺は苛立ちを爆発させた。


「どんな武器を持って来ても構いません。かならずお一人でいらして下さい。繰り返しますが、パートナーの命を救えるのはあなただけなのです、盗賊さん」


「必ず行く。行って貴様の額をぶち抜き、解毒剤を持ち帰ってやる」


 俺の死刑宣告にも動じることなくシェリフは「了解です。お待ちしています」と応じた。


 ――俺の大事な相方を、死神に連れて行かせるわけにはいかない。覚悟しろ、ガンマン。


 俺は沈黙した相方の『よそ行き顔』を見つめ、どんな手を使ってでも勝つことを誓った。



                  ※


 フォーチュンブレスタウンは荒野に屍のように残された、人々の営みの残骸だった。


 近くに小さな鉱山があったようだが掘りつくされ、いびつなチーズを思わせる山が残されているだけだった。


 ゲートをくぐると、わずか二百メートルほどのメインストリートが俺を出迎えた。


 しけたバーにテーラー、酒屋、売春宿とお決まりの商売が軒を連ね、蹄鉄屋を模したバイク屋まであった。俺は壊れかけた食堂を覗きこんだ後、ゲートの方に引き返した。


 しばらく歩いたところで、俺の目は町の入り口に立ちはだかっている人影を捉えた。


「お望み通り一人で来てやったぜ。ガンマン」


 俺が声をかけると人影はハットの鍔を上げ、涼しい瞳で俺を見た。


「わざわざ来ていただいて光栄です、盗賊さん」


「お招きに預かり恐縮……と言いたいところだが、大切な相方を使って俺を誘き出したのは気に入らないな。きっちり片を付けさせてもらうぜ」


「いいでしょう。ルールを説明します。これから十分間、私はここを動きません。この町のどこへでもお好きな場所に隠れてください。十分経ったらあなたを探しに行きます。そこからさらに十分の間、私から逃げ続けることができたらあなたの勝ちを認めましょう」


「いいだろう。十分後に俺が勝ったら解毒剤を頂き、あんたを銃でぶん殴らせてもらう」


「言っておきますが、この町のどこに何があるか、私は熟知しています。あなたがどこに隠れようと、その気になれば一発で仕留めることができます」


「御託は結構だ。さっそく勝負と行こうぜ、優男さん」


「了解しました。では十分後に」


 シェリフが立ったまま目を閉じると、俺は後先を一切考えぬまま、通りを駆け出した。


              〈第二十九回に続く〉

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