第23話 ある場所からの脱出
俺たちは支配人を先頭に、隔壁の向こう側へと足を踏み入れていった。やがて俺たちの行く手を塞ぐように、正面に巨大な金属の扉が現れた。
「これが大金庫です」
「ご苦労、開けて見せてくれ」
金庫は太い二本の金属棒が水平に渡され、ロックを解除すると左右に引っ込む仕組みのようだった。支配人が金属のハンドルを両手で掴むと扉全体が鈍く輝き、ぶうんという鈍い作動音が響き渡った。
旧世紀の錠前とは異なり、最新の金庫は触れただけでその人物の記憶や遺伝情報までスキャンすることができる。支配人はハンドルを握ったまましばらく動きを止めていたが、やがて「う」と短く呻くと身体をのけぞらせた。同時に金属の連結部が外れるような音が響き、二本のバーが左右の壁に吸い込まれていった。
支配人の脳をスキャンした金庫が、記憶の奥深く封じ込められたまま、本人も覚えていない何万桁という暗証番号を読み取ったのだ。
支配人がハンドルを回し、扉を手前に引くと金庫の内部が俺たちの前にさらけ出された。
荒い息を吐き、両肩を大きく喘がせている支配人を尻目に俺たちは内部の棚に積まれている大量の布袋に手を伸ばした。
「どうだ、クレア?」
布袋の一つを掴み出し、中の金貨を丹念にあらためていたクレアは「うふふ」と忍び笑いを漏らすと「残念ながら『普通』の金貨ね。私たちが求める『お宝』じゃないわ」と言った。
俺は驚愕の表情を浮かべている支店長の方を向き「……だそうだ。おかしな小細工はするなと言ったはずだがな」と詰め寄った。
「あ……あ」
「さあ、観念して『本物の』金庫を見せてもらおうか」
俺が凄んで見せると支店長は青ざめたままがくりと項垂れ、再び端末を操作し始めた。
しばらくすると開け放たれている金庫の左側の、何もない通路の壁が二つに割れるのが見えた。壁の向こうから姿を現したのは、ダイヤル式のクラシックな金庫だった。
「これが……本物です」
「そのようだな。開けてくれ」
俺が顎をしゃくって見せると支配人は再び扉の前に立ち、巨大なダイヤルに手をかけた。
数秒後、支配人の肩がびくんと小さく動き、両手が掴んだダイヤルを人間離れした速さで回し始めた。金庫が支配人の脳を操って『自分自身』を解錠しようとしているのだ。
やがてカチン、と小気味よい音がして黒い扉が重々しく左右に開いた。クレアは先ほどと同様に中の布袋から金貨を取り出し、表裏をつぶさに眺めた。
「……今度は『本物』よ、ゴルディ」
「ようし、手分けして積めるだけ台車に積みこむんだ」
俺たちは金庫の布袋を手際よく用意した台車に積みこんでいった。二つ目の金庫に収められていた『金貨』は、最高品質のレアメタル――『鉱夫の涙』を純金でメッキした特製金貨だった。一つ目の金庫に入っていた金貨のゆうに百倍以上の価値がある代物だ。
「ようし、これだけ積めば十分だ。急いで戻ろうぜ。あまりお得意様を待たせちゃ銀行の信用に関わるからな」
俺たちは台車を押す支店長と頭取、そして銃を突きつける俺たちの順に進んでいった。
エレベーターを降り、一階のロビーに戻るとクレアを見たブルが目を丸くした。
「どうしたんだい、姐さん。ちょっと見ない間にえらくべっぴんさんになったじゃないか」
「バンダナのこと?エレガントは諦めてワイルドに行く事にしたの。…お気に召さない?」
「とんでもない。決死の覚悟って感じで最高にチャーミングだぜ」
「ようし、外に出るぞ。言っておくが外に出たとたん、蜂の巣ってのは無しだぜ。こっちは頭取と行動を共にしてるってことを忘れるなよ」
俺は支店長と行員たちに釘を刺すと、正面玄関の方に足を向けた。
「あの……盗賊のみなさん」
ふいに背後からか細い声が聞こえ、俺は立ち止まって肩越しに振り返った。
「レンジャーの中に『シェリフ』がいるかもしれません。気をつけてください」
「シェリフだって?」
俺が聞き返すと人質の輪の中にいた若い男が頷いた。
「なんであんた、そんなことを知ってるんだ」
俺は身体の向きを変えると、男に歩み寄った。色白でやけに整った顔立ちをした男は、俺の訝るようなまなざしを正面から受け止めた。
「仕事の関係で、レンジャー間で交わされている噂話をよく耳にするんです。それによると最近、増加する凶悪犯罪に対抗するためにレンジャーと『シェリフ』が一時的に手を組んだとのことです」
「ふん、確かにありそうな話ではあるな」
俺は長い髪を後ろで束ねた優男を睨めつけると、鼻を鳴らした。『シェリフ』というのはどこにも属さない一匹狼のガンマンで、見えない場所からでも敵を一発でしとめられる腕の持ち主だともっぱらの噂だった。
「どうでもいいがあんた、どうしてそんな情報をこれから逃亡する悪人に提供するんだ?」
「お金を盗まれるのは悔しいですが、だからといってあなた方が不利になる情報をだまっているのはフェアじゃないと思うからです」
「なるほど。ありがたく承っとくぜ。……せいぜい長生きしなよ、あんちゃん」
「どうぞご無事で」
俺は若者に指を立てて見せると、再び出口の方を向いた。あの坊やは俺たちが地下でお宝と格闘していた間に、急に強盗に肩入れしたくなったのだろうか。
人質からの思いがけない情報提供に拍子抜けしながらも、こいつはいささか出来過ぎだと俺は警戒を強めた。
〈第二十四回に続く〉
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