第17話 涼しい都から来た女 


「私はジニィ。北の方の町でウェイトレスをしてる。ここへは車で来たけど山賊に追われた時、乗り捨ててきたわ」


 アジトのソファで目を覚ました女は気付け代わりのブランデーを口に含むと、餓鬼どもに襲われたいきさつを語り始めた。

 癖の強い連中に囲まれ最初は呆然としていたジニィも、知的な風貌の『頭』を乗せたクレアが優しく説明すると、すぐに落ち着きを取り戻した。


「目的を聞かせてもらえるかな。荒地の真ん中にオーディション会場はないはずだ」


「昔、ある人と荒地に埋めた物を取りに来たの」


「埋めた?……どんな物を」


 俺が眉を寄せるとジニィは一瞬押し黙り、それから意を決したように顔を上げた。


「特殊な装置よ。見た目は時計に似ていて、とても小さいの。でも装着すると着けた人間の脳に変化が起きる」


「変化……どんな?」


「岩山に埋まっている上質の『石』が発する周波数を色と形で感じられるようになる。脳が『石』の声を直接、聞けるようになるの」


 俺は絶句し、ジニィの目を覗きこんだ。どうやらただのお嬢さんではないようだ。


「なぜそんな物を埋めた?それに「ある人」とは何者だ?」


「埋めたのは、悪い人たちの手に装置を渡さないため。作ったのはヒューゴ・ゲインズという技術者よ。五年前、このあたりで道に迷った時に知り合ったの」


「なぜ君が技術者に協力する?」


「追われていた彼に水と食料を提供したら、追っ手に知り合いと勘違いされたの。このあたりでようやく追っ手を撒くことに成功したんだけど、逃げ回ることに疲れた彼が『あの十字架の形をした木の下に装置を埋めよう』って言い出したの」


 俺は目を見開いた。『磔刑の木』の下か。そいつを掘り出しに来たというわけだ。


「その技術者はどうなった?メキシコか南米にでも逃げたか?」


「別れた後は音信が途絶えてしまって、今はどこにいるかわからない。でも五年が経った今、あの装置がまだあるかだけでも知りたくなって、ここまで車を飛ばしてきたの」


 俺はふうんと相槌を打つと、ジニィの顔を眺めた。一応、筋は通っているが、そうやすやすと鵜呑みにするわけにはいかない。


「君の話にどこまで信憑性があるか、装置とやらをこの目で見るまでは判断しかねるな」


 俺が声を低めて詰め寄るとジニィは硬い表情のまま、頷いた。


「信じるかどうかは皆さんにお任せするとして、明日、装置を埋めた場所へ案内するわ。それでいいかしら?」


 俺は頷くと、周囲の顔ぶれを見回した。どうやら一同に異存はないようだった。


「よし、決まった。それじゃあ今夜はゆっくり休んでくれ。場所は、ええと……」


「俺がさっきまで休んでたソファを使ってもいいぜ。俺は床で寝るからさ」


 余裕のあるところを見せようとしたのか、ノランが急に身を乗り出して言った。


「だとさ。お言葉に甘えさせてもらいな、お嬢さん」


 俺が促すと、ジニィは「ありがとう、ええと……ノランさん」と表情をほころばせた。


                  ※


 壁越しに聞こえるブルの盛大ないびきを聞きながら、俺は以前、古本屋で手に入れた科学雑誌を広げていた。ヒューゴ・ゲインズという名に聞き覚えがあったのだ。


 ――あった、これだ。


 俺が見つけた記事には『最高品質の石を見分ける装置を開発』とあり、記事の脇に眼鏡をかけた男性の写真が添えられていた。どうやら架空の人物ではないらしい。……だが。


 ――わざわざ木の下に埋めたってあたりが、どうも引っかかるな。


 俺は雑誌を閉じると動力室の鍵を手に入れるため、リビングに向かった。『ティアドライブユニット』のパフォーマンスがどの程度回復したか、寝る前に確かめておこうと思ったのだ。


 リビングに起きている者の姿はなく、俺はバーカウンターの奥へと移動した。鍵束のを吊るしたフックに手を伸ばしかけ、俺は異変に気づいて目を瞠った。


 ――鍵が消えてる?


 何かに使って戻し忘れたのかとポケットを弄ろうとした、その時だった。突然、リビングの照明が落ち、あたりが闇に包まれた。


「なっ……なんだっ?」


 思わず叫ぶのと同時に、出入り口のロックが解除されたことを告げる警報が鳴り響いた。


 ――侵入者か?こんな時間に?


 手探りで照明のスイッチを探す俺に、離れた場所からクレアが呼びかける声が響いた。


「ゴルディ、アジトの全動力が停止したみたい。トラブルが発生してないか確かめて」


 クレアの切迫した口調に俺は「わかった」と応じ、ライトを手に闇の中を進んでいった。


 家主の勘で動力室の場所を探りあてた俺は、ドアの取っ手に手をかけた瞬間、絶句した。

 

 ――鍵がかかってない!


 相次いで起こる不可解な事態に混乱を覚えつつ、動力炉の操作パネルにライトの光を当てた俺は、稼働状況を示すモニターの表示に目を瞠った。


 ――なんてこった、『ティアドライブユニット』が抜き取られてる!


再び絶句し、その場に立ちつくした俺のポケットで端末の呼び出し音が鳴り響いた。


「聞こえるか、ゴルディ。女がいなくなった。どうやら勝手に出ていったらしい」


 端末のスピーカーから飛びだしてきたのは、ブルのさし迫った声だった。


「出ていっただと?一体どういうことだ」


「俺にもわからん、それともう一つ、厄介なことが起きた。ノランが「俺のせいだ」とか言って出てっちまった」


「なんだって?……あの馬鹿、どれだけ世話を焼かせれば気が済むんだ」


 俺は動力室を飛び出すと外への扉を目指し、闇に沈んだアジトの中を一目散に駆けた。


              〈第十八回に続く〉

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