第9話 許されざる生鮮食料


「おいデコ親父。いったい、何往復させれば気が済むんだよ」


 両手に大きな樹脂製のタンクを携えたブルが、滝のような汗を拭いながら言った。


「まだだな。綺麗な水で存分にシャワーを楽しみたいなら、この倍の量は持って来てもらわんと」


「ちっ、かくまってくれた礼ならもう十分したはずだがな。ここから先は貸しだぜ、おっさん」


 ブルがぶつくさ言いながら川の方へ引き返した後、俺はデッキチェアの上で胡坐をかいているジムに歩み寄った。


「なあ爺さん、このユニット、どこで手にいれた?」


 トレーラーに組みこまれていた『ティアドロップドライブ』の一つをかざしながら尋ねると、ジムは眼鏡の奥から煩わし気な視線を寄越した。


「忘れちまったよ。なにせ、手にいれたのは随分と前のことだからな」


「そんなはずはないぜ。いいか、こいつの稼働効率から考えて、石はありふれた物だが反応に使う液体の純度がありきたりのユニットとは違う。その日暮らしの風来坊に、これほど純度の高い『涙』が手に入れられるはずはないんだ。違うか?」


「おまえさんこそ、どうしてそこまでユニットの構造に詳しい?」


「質問してるのは俺だぜ、ジム。この化け物みたいなキャンピングカーを長時間動かすには、それなりの技術が必要だ。どこかの金持ちからかっぱらってきたにしろ、ハンドルだけ握ってりゃ済むっていうブツじゃない」


「……ふん、さすがは百万クレジットの賞金首だな。確かにこの怪物を動かす程度の技術は持っとるよ。外見からはわからんじゃろうが、こいつには特殊装備がたんと詰め込んである。状況に応じて形を変えることも可能だ。……じゃが、ユニットに関してはある人物から譲り受けたとしか答えられん。もちろん、元の持ち主の氏素性も含めてな」


「まあ、そいつはいずれ明らかにさせてもらうさ。少なくとも『ティアドライブユニット』についちゃあ、知らないことはないんでね」


「ほう、そいつは面白い。……で、いつまでの滞在をご希望かね、お客さん」


「そうだな……このまま俺のアジトまで乗っけてってくれるなら、それ相応の礼はするが……どうだ?」


「そのアジトとやらには、こいつを頭から尻尾まで収められるガレージがあるんだろうな?」


「それなら心配は無用だ。俺のアジトは岩山を丸ごとくり抜いた豪邸なんだ。こいつくらい、余裕で隠せるぜ」


「面白い、ではお邪魔させて頂くことにしよう。大男が水汲みから帰ってきたら、出発だ」


 ジムがそう言って髭の下から輪にした煙を吐き出した、その時だった。


「おおい、いくら何でもこれだけあれば十分だろう」


 いくぶんやけ気味の口調と共に、両肩を大きく喘がせながらブルが姿を現した。


「ふむ、これだけあればお前さんのガタイでもたっぷりシャワーを浴びられるな」


 ジムが満足げに言うと、ブルはタンクを放りだしてその場にへたりこんだ。


「まったく人遣いの荒いじじいだぜ。……そう言えば、ノランの餓鬼はどうしたんだ」


 ブルが舌打ちしながらあたりを見回すと、近くの木立から顔を紅潮させたノランが姿を現した。


「小僧、今までどこへ行ってやがった。まったく餓鬼の癖にサボることだけは一人前だな」


「へへっ、ディナーの食材を探しに、得意の狩りに行ってたのさ。………ほら、獲物だぜ」


 ノランがそう言って差し出したのは、木の枝に巻き付いた蛇だった。


「やっ、やめろっ、何でよりによってそんな物を捕まえて来やがるんだ。早く捨てちまえ、馬鹿野郎」


 ブルは顔面蒼白になると、一目散にトレーラーの中に逃げ込んだ。どうやら蛇が苦手らしい。俺はにやつきながらブルを追いかけようとするノランを「やめときな」と窘めた。


「誰だって苦手な物はあるんだ、そのへんにしとけ。……それよりもうすぐ出発するぞ」


「出発って……どこへ?」


「俺のアジトさ。ユニットの調整が終わって走れるようになったら、すぐここを離れる」


「へえ、いよいよ盗賊ゴルディのアジトが拝めるってわけか。こいつは楽しみだぜ」


「言っとくが妙な期待はするな。ただの岩山だ。それよりブルを怯えさせた罰として、タンクを全部トレーラーに積んでおけ。いいな」


 俺が叱責すると、ノランは「ちぇっ、わかったよ」と口を尖らせ、文句を垂れながら山と積まれたタンクの方に移動を始めた。


              〈第十回に続く〉

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