第6話 私を空に連れてって


「どうしたんだ、血相変えて」


 車内に飛び込むなり、制御盤に齧りついた俺を見てブルが問いを発した。


「上から狙われてる。『空中騎士団』だ。知ってるか?」


「ああ、空とぶ賞金稼ぎだな。銀行やレンジャーの手先となって盗賊狩りにいそしんでるえげつない連中だ」


「そいつが俺たちを狙ってる。悪いが出世コースを外れるぞ」


「この箱に乗ったまま逃げようってのか?降りた方がよくはねえか?」


「こいつはデュアルモード・ビークルと言って鉄路と地面の両方を走れるようにできてるのさ。見てな」


 俺は頓狂な顔をこちらに向けているブルを尻目に、操作を開始した。グリップにタイヤの絵が刻まれたレバーを動かすと、ごおんという音がして車体が浮きあがり、そのまま線路上で九十度回転するのがわかった。


「うわっ、な、なんだあ?」


 警備員との戦闘では顔色一つ変えなかったノランが、悲鳴に似た叫び声を上げた。


「今まで鉄路用に使っていた金属車輪をしまって、代わりにゴムタイヤを出したのさ」


 俺は簡潔に答えると、レバーを戻してアクセルを踏みこんだ。目の前の壁が開いて窓が出現し、着地した車体が跨いでいた線路を乗り越える形で加速した。


「すげえ、本当に荒地の上を走ってるぜ」


「難儀なのはこれからだ。上からしつこく狙い撃ちされたら、いくら金属に囲まれていても無事じゃすまないだろう」


 俺は壁の一角からつき出しているハンドルを回した。頭が出るか出ないかの覗き窓が現れ、強い外光が車両内に溢れた。


「ノラン、上の様子を見てくれ」


「ちぇっ、厄介な仕事は人任せかよ」


 ノランはぶつぶつ悪態をつくと、小さな丸窓から顔を出した。


「うわっ、黒い鳥みたいな不細工な奴が追いかけてきたぜ、ゴルディ」


「そいつが『空中騎兵団 ヴァルチャーズ』だ。……まくるぞ。頭をぶつけるなよ」


 俺は車両を手動操縦に切り替えると、制御盤の内側に収納されていたハンドルを出した。


「ゴルディ、奴ら高度を下げてきたっ。うわぁ、近くで見るとさらに不細工だ」


 俺はノランの報告を待たずにアクセルを踏みこむと、片手でモニターのスイッチを言えた。手元に現れたモニターに表示されているのはワイヤーフレームで描画された車両の立体像で、床下に当たる部分に半球状の物体が赤く光っているのが見えた。


「やっぱりあった。これだ」


 俺が思わず叫ぶのと同時に、車外で機銃掃射の音が響き渡った。


「奴ら、撃ってきた!」


「ノラン、顔を引っ込めろ。威嚇射撃だ。中にいれば問題ない」


「どうすんだよ、外に出たら蜂の巣だぜ」


「奴らの目的は俺たちを生きて捕らえることだ。爆撃はぎりぎりまでして来ないだろう」


「でも行く手に爆撃を受けたらこんな箱、一発でひっくり返っちまうぜ」


「だから反撃するのさ。逃げていても埒が開かないからな」


「……旦那、今、なにか面白いことを言わなかったか?反撃するとか何とか。この箱で戦闘機と空中戦でもしようってのかい」


 ブルがこめかみの横で人差し指をくるくると回しながら、呆れたように言った。


「ああ、言ったよ。反撃するとな。モニターを見ろ。この車両には奴らの機体と同様に、重力制御ユニットが付いてるんだ。地上を逃げ回ってても連中の標的になるだけだ。空中戦でボスの機体を片付けた方が早い」


「重力制御ユニットだと?」


 怪訝そうな表情を浮かべたままのブルに向かって、俺は頷いた。敵の機体、ヴァルチャーブルーンは両翼の先端と尾翼に推進用のローターがついているが、揚力というか浮力の元は腹のようにぽっこり突き出た重力制御ユニットによるものだ。これのお蔭で奴らは空中で静止したり、加速中にあり得ないカーブを描いて飛行することが可能なのだった。


「いいか、飛ぶぞ。しっかり掴まってろ!」


 俺は短く言い放つと、飛行形態に変わるレバーを引いた。ごおんという音が車内に響き渡り、次の瞬間、車体がエレベ―ターのようにふわりと空中に浮きあがるのがわかった。


「うわあ、本当に飛んじまった」


 二人の悲鳴と共に、車外でがしゃがしゃと畳まれていた翼が開く音がした。翼などなくても飛べるのだが、開発者が見てくれだけでも飛行機っぽくしたいと考えたのだろう。


「行くぜ、ハゲワシ野郎」


 車体前部から機銃がゆっくりとせり出し、俺は車体の向きを変えると慌てたように隊列を組み直す敵に照準いを定めた。


              〈第七回に続く〉

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