第2話 俺たちに屋根はない


「どうした?腰が抜けたか?」


 静まり返った車内で、通路に尻餅をついて呆けたような表情をしているブルに、俺は座席から声をかけた。


「ああ、隣の車両に行こうとしたらこのざまだ。驚かすなら前もって言ってくれないとな」


 ブルが立ちあがるのを見届けた俺は、車窓の外に目を移した。荒涼とした大地が遥か遠くまで続き、駅や店はおろか水たまりひとつない。バッファローの群れにでも遭遇したのだろうか。そんな埒もない想像を巡らせていると、突然、戸の開く音がしてどたどたと忙しない足音が飛び込んできた。


「おい、人の股座を通るなら挨拶くらいするのが礼儀だろう」


 ブルの声が響き渡るのと前後して、俺の視界に枯草色の生き物が飛び込んできた。ビーバーより大きく、コヨーテよりも小さい。ガキだ、と思った途端、枯草色の生き物は俺の膝に片足を乗せ、体重をかけて窓を開け始めた。


「痛っ、この野郎」


 ガキは身体の向きを変えて上半身を外に出すと、木枠に尻を乗せてするりと外に出た。


「本当に礼儀を知らねえガキだな……おい、チップぐらい置いてきな」


 俺が声をかけると、両脚を曲げ伸ばししていたガキが窓越しにこちらを見た。あどけない顔だちの中で、すみれ色の頑固そうな瞳が俺を見据えていた。


「悪いけど急いでるんだ、用なら後にしてくれよ、おじさん」


 枯草色のガキはそう言い残すとひょいと下半身を持ち上げ、猿のようにするすると上って窓枠の外に姿を消した。面白い、そう思った途端「逃がすな、追え」という声が響いた。

 

 ――なるほど、あのガキが列車を止めた小さな賊というわけか。


 俺は窓から顔を出し、首をねじ曲げて屋根の方を見た。視線の先に這いあがろうと足をばたつかせているガキの姿が見え、俺はほくそ笑むと思い切って窓の外に身体を出した。


 ガキに倣って木枠に座り、わずかな突起に指をかけて全身を外に出すと強い風が俺の上着をはためかせた。


「おい、キッド。なにをやってるんだ」


 窓越しにブルの怪訝そうな問いかけが聞こえたが、俺はそのまま外装の継ぎ目に指先をねじ込んで車両の屋根へとよじ登った。


 どうにか屋根の上に這い上った俺が最初に見たのは、容赦なく吹きつける風をものともせず前の車両に移動したガキの背中だった。ガキを追うべく立ちあがった俺は少し先に待ち構えるカーブに気づき、追うのをやめて再び屋根の上に這いつくばった。


 ――まあいい、どのみち車外に飛び降りることはないだろう。


 俺はそう独りごちると、振り落とされないよう列車の屋根にしがみついた。どうにかカーブをやり過ごした俺と列車を待ち受けていたのは、なんとトンネルの入り口だった。


 俺は屋根にしがみつく手に力を込めると、列車ともども頭から暗いトンネルの中へと突っ込んでいった。反響する列車の音が俺を包みこみ、俺は目を閉じてひたすら列車がトンネルを抜けるのを待った。


 やがて音が消え、ふたたび強い風が俺の髪をなぶった。目を開け、屋根の上で四つん這いになった俺が目にしたのは、予想だにしない光景だった。


「手を上げてこっちに来い、ギャングども」


 ガキがしがみついている車両の屋根から武装した男たちが姿を覗かせ、こちらに向かって銃を構えていた。俺は片手を上着の内側に突っ込むと、ガキに向かって大声で叫んだ。


「伏せろ、坊主!」


 驚いたガキがその場に這いつくばったのを確かめると、俺は片手で屋根の突起を掴んだまま立て続けに発砲した。


「ぎゃあっ」


 被弾した男たちが落下して姿を消すと、俺は立ちあがってガキのいる車両に飛び移った。


「……あんた、銃を持ちこんでたのか」


 丸い目を見開いてこちらを見ているガキに、俺は「当たり前だろう」と笑みを浮かべた。


「目的地に着くまでは、強盗とわかるような行動はとらないことだ。少なくともまともな乗客なら屋根に上ったりはしない」


 俺はそう言うと、ガキの脇をすり抜けて屋根に開いたハッチから中を覗きこんだ。


「警備の連中は全員、昼寝の最中だ。車内に戻るぜ、坊主」


 俺が肩越しに振り返って呼びかけると、ガキの表情が一瞬、険しくなった。


「ガキじゃない。ノラン・アシュレイって名前がちゃんとあるよ、おじさん」


「そりゃあ失礼した、ノラン。俺の名はゴルディだ。よろしくな」


「ゴルディだって?まさかあんた、賞金首の盗賊ゴルディかい?なんてこった」


 信じられないという表情のノランに頷くと、俺は人差し指を立ててみせた。


「ただしここで乗り合わせた鉱夫のおっさんには『キッド』で通してる。いいな、相棒」


 俺は目を瞬かせている小さな列車強盗にウィンクすると、ハッチの中に身を躍らせた。


              〈第三回に続く〉

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