第5話 鉄砂漠②

 アルシノエは自分の考えるところのちゃんとした行動をとった。具体的には、真面目くさった声を作って前を行くガルバに問い質したのだ。

「ねえちょっとガルバ、どこまで行く気?!」

 ガルバがちらっとアルシノエに視線を投げてよこした。

 アルシノエよりもちょっとだけ背が高くて、アルシノエよりもちょっとだけ力が強くて、アルシノエと同じくらい気の強そうな顔をしたガルバは、よく言えば行動力に溢れたやつだ。今回の探索を言い出したのもそうだし、探索服のあちこちの物入れがパンパンに膨れるほど望遠鏡や薬やナイフなどの小道具、予備の弾薬に閃光音響手投げ弾なんかまでちゃっかりと持ち出してきているのも実に彼らしい。アルシノエでさえサボットスラグ銃だけにしたのに。しかし同時に、その自信満々な行動には往々にして根拠がなかったりするのもまた、ガルバなのだった。

 今も、ふいっと視線を前に戻し、知ったふうな口調で、

「どこまでってお前、後ろ見てみろよ! まだ「鉄柱」余裕で見えるじゃんか! 少なくとも、あれが見えなくなるところまでは行かなきゃな!」

 ガルバに言われてアルシノエが背後を振り返ると、果てしない瓦礫と鉄屑の丘の連なりのはるか向こうに細長い構造体がちょこんと頭を覗かせていた。結構な距離がある、とアルシノエなんかは思う。

 ガルバに向き直り、

「もう十分離れてると思うんだけど! 見えなくなっちゃったら道標の意味なくない?! みんなのとこに戻れなくなるし!」

 変化の乏しい鉄砂漠においてはあの「鉄柱」のような構造物の名残や「島」、街などの特徴的なものを道標にしていかないと数キロも行かないうちに迷ってしまう。

 ガルバがアルシノエを見て、ふふんと鼻で笑った。

「なにお前?! もしかしてビビってんの?!」

 その言い方にアルシノエはちょっとカチンときた。

「なに言ってんのこんくらいでビビるとかないしまだ余裕だしでももう二十分くらい走ってんのよ大人だって近くにいないしこのへんだって探してないかもだし見えなくなるまでってどこまでよなにか当てはあるわけ?!」

 一気に言われてガルバはあっさり面倒くさくなって、放り投げた。

「あーうるさいうるさい、スラあとよろしく!」

 アルシノエはギロリとスラを振り返る。スラが、こっちに飛び火した?! という顔をしていた。

「あー、えっと、アルシノエの言うことはもっともで、大人たちもそう考えてると思うんだよね、」

「ほらねほらね!」

 アルシノエは勝ち誇った顔でガルバを振り返るが、スラが続けて、

「あ、だからさ、このへんも誰かが探索に来るか、もうされてるかもしれないわけで、っていうことは、「鉄柱」からもっと離れたところはまだ誰も探索してない可能性が高いんじゃないかと……」

 なんだかもっともらしい意見を言われて、アルシノエは咄嗟に反論もできない。

 スラの後ろに乗っていた最年少のナシカが、ぱっと表情を輝かせて甲高い声を上げた。

「あ、そしたらさ! なにかいいもの見つけたらさ! ぼくら一人前のシーカーにしてもらえないかな!?」

「お、それはもしかしたらあり得るかもだな!」

 ガルバが無責任に賛同する。

「ほんと?!」

「どれくらいのもの見つけたらいけそうかな」

「動くエンジンとか? 武器でもいいな。機関銃とか大砲とか強力なの」

 アムポとレウコが乗る単車も近付いてきて、一緒になって盛り上がる。

 そうなったらうれしいな、と心の中では望みながら、それはない、とアルシノエは頭の中でわかっていた。

「そんな簡単に一人前のシーカーになれるわけないじゃない! それに、あんたたちわかってんの?! うちら勝手に出てきて、しかも勝手に単車四台も持ち出してきてんのよ?! ほかにもいろいろ持ってきてんでしょどうせガルバのことだから! 怒られるに決まってるじゃない!」

「だからさ!」

 ガルバがニヤリといたずらっぽく笑う。

「なんとしてでも、まずは「島」を見つけなきゃ、かっこわるいじゃん!」

「カッコいいとか悪いとか、そんなことはどーでもいいのよ」

 アルシノエは呆れたように呟いた。

 確かにガルバの言うことにも一理はある。どちらにしろ怒られるのは避けられないにしても、最低でも「島」、出来るならなにかいい遺物を貢ぎ物として差し出せば少しは説教の時間を相殺してくれはしないだろうか。

 とはいえ、ガルバの意見には素直に頷けないアルシノエであった。

 六人を乗せた四台の単車はいくつもの鉄屑の丘を越えた。はじめのうちは単車を運転できることに浮かれていた彼らも、進めども進めども変わらぬ景色と尽きることのない瓦礫と鉄屑の丘に次第に飽きが見え始め、斜面を下るより早い勢いで口数が減っていった。

 振り返ればまだ「鉄柱」が十分に見える距離ではあった。

「――そろそろいいんじゃね?」

 ただ走らせるのにも飽きた、という雰囲気を隠そうともせずにそう切り出したのは、やっぱりガルバだった。

 今回はアルシノエも食って掛かったりしない。いい加減探索を始めたいと思っていたのは彼女も一緒だった。スラが、まだ「鉄柱」見える距離なのに、という顔をしていた以外他の三人に異論はなく、探索を開始することが平和的に決定した。スラの意見は和やかに黙殺された。

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