第3話 やりがいのない仕事の話

男の前に、転職エージェントを名乗る人物が現れた。

紺のスーツをビシッと着込んでいるものの

その顔は、スーツを同じ紺色の覆面で隠されている。

見るからに怪しいが、聞けば給料が30万の仕事と50万の仕事を紹介したいという。


「手取りで、か?」

「はい。手取りで、でございます」

「正直に言うと、俺は金が必要でな」

「左様でございますか」

「博打で借金があるんだが、今の給料じゃ首が回らない」

「それは大変でございますね」

「だから、あんたみたいな怪しい奴の話も聞いてやる」

「それはありがとうございます」


男はパチンコ屋から肩を落として出てきた所だった。

転職エージェントは、そこに狙いすましたように声をかけて

上のような会話をしたあと、近くの雑居ビルに誘導した。


「で、俺に何をさせたいんだ?」

「まず、30万の仕事ですが、こちらは販売員でございます」

「営業か?」

「いえ、顧客は登録済みの方だけでございます。

 ですので、配達と不慣れなお客様への商品説明が主となっております」

「それで30万?場所がやたらと遠いとか、ヤバい客が多いとか?」

「いえ。エリアごとに割り振られますし、移動にかかる費用は別会計。

 お客様は皆さま、大人しい方ばかりです。

 ただ、壊れやすいモノでして手持ちでの搬送になります。

 その点だけご注意いただきたく存じます」


男は”大人しい方ばかり”という妙な言い回しが気にかかったが、

そんなことより金が欲しいので、50万の仕事の内容を聞いた。


「50万の仕事は製造業でございます。販売員が扱う商品の製造を行います」

「俺は何か作る技術なんてねぇぞ?」

「ご安心ください。貴方様あなたさまは天賦の才をお持ちでございます」

「は?才能だって?」

「説明が遅くなりましたが、弊社が扱う商品は”やりがい”でして、それを……」

「おい、おい!なんだって?」

「弊社は”やりがい”を売っております。貴方様は、人生にやりがいをお持ちでない。

 ですので、”やりがい”を作り、それを売り渡す才能をお持ちなのです」

「意味がわからねぇよ」

「やりがいを売っております」

「売れるのか?」

「どちらの意味でも。”売り買いは可能”ですし、”よく売れて”もおります」

「……金が入るなら、なんでもいいわ」

「ありがとうございます。つまるところ、

 ① やりがいを手持ちで運搬する30万の仕事

 ② やりがいを作っては売り渡す50万の仕事

 の二つの仕事がございます。どちらがお好みでしょうか」


エージェントの言う通り、男は人生にやりがいを持っていない。

しかし、これから先もずっと、死ぬまで、その生涯に渡って

やりがいを得られないとは考えていなかった。


「②じゃ、せっかく手に入れたやりがいを売り物にしちまうんだろ?」

「はい。商品でございますので」

「それじゃあんまりだ。①にしてくれ」

「かしこまりました」


しばらくして、男は後悔した。

やりがいを運搬する仕事とは、やりがいを作る者からやりがいを引き離し、

やりがいを感じられていない者に渡す仕事だ。


作る者は死んだような目で奪われていくやりがいを眺める。

渡される者は一時的に目に光が宿るものの

他人から与えられたやりがいはすぐに消え失せるらしく、

数日と待たずにリピーターになる。


男はその間を往復する。

毎日、毎日。

やりがいは、確かに売り買いできたしよく売れているのだが、さすがに気が滅入る。


「ああ、ちくしょう。なんてやりがいのない仕事だ」



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