ザッハトルテの愛

サービスエリア内のレストランで夕飯を済ませると、家に帰った。


私と社長が一緒に暮らしている我が家だ。


社長がカードキーで解除したのを確認すると、ドアを開けた。


「ただいま」


そう言って中に入った私に、

「おかえり」


後ろの方で社長が言ったので、彼の方に顔を向けた。


社長は微笑むと、

「ただいま」

と、言った。


「おかえりなさい」


私がそう返事をした後で、2人で一緒にクスクスと笑いあった。


「いいね」


社長がそう言ったので、

「いいですね」


私は言った。


「ベッドに行く前に一緒にお風呂に入る?」


スニーカーを脱いでいたら、隣で靴を脱いでいた社長が聞いてきた。


「お風呂ですか?」


聞き返した私に、

「ダメ?」


社長はそう言って首を傾げてきた。


…わかって聞いてるその時点で質が悪いです。


「ダメじゃないです」


そう返事をした私に、

「かわいい」


社長は頭のうえに手を置くと、ポンポンとなでてきたのだった。


バスタブにお湯が溜まるのを待っている間にお互いの服を脱がせあった。


「心愛」


「――ッ…」


社長に名前を呼ばれたので視線を向けると、唇を重ねられた。


唇が離れると、私を見つめる彼と視線がぶつかった。


何だか照れくさくなって目をそらそうとしたら、

「僕を見て」


社長がそう言ったかと思ったら、また唇を重ねられた。


バスタブに一緒に入ると、向かい側にいる社長に視線を向けた。


「どうかした?」


私と目があったとたん、社長が微笑みかけてきた。


濡れた髪とピンク色に火照った躰がとても色っぽくて、彼の色気を引き立たせているように思えた。


その色気に飲み込まれて、いつかの時みたいにのぼせてしまいそうだ。


目をそらそうとしたら、

「おいで、心愛」


社長が自分のところへくるようにと手招きをしてきた。


すすっと彼の方に移動すると、

「かわいいなあ」


社長はそう言って私を抱きしめてきた。


パシャッと音がして、水面が揺れた。


「ことあるごとに私のことを“かわいい”って言ってますけど、私のどこが“かわいい”って言うんですか?」


社長に抱きしめられながら、私は彼に質問した。


「えーっ、そう聞かれると困るな。


君のかわいいところをあげると、たくさんあり過ぎてキリがないから」


「例えば?」


「例えば…そうだな、名前を呼ぶと返事をしてくれるところとか」


「はあ…」


つまり、私は犬みたいだと言うことですか?


「髪とか声とか肌とか料理が美味しいところとか」


「え、ええ…」


何だかよくわからなくなってきた…。


と言うか、髪とか声とか肌って何ですか?


「僕を見ている時の目とか」


そう言った社長の端正な顔が近づいてきて、

「――んっ…」


チュッ…と、まぶたに唇が落とされた。


「唇の温度とか質感とか」


「――ッ…」


まぶたに触れていた唇が、今度は唇の方に落ちてきた。


「華奢で小柄なのに、巨乳とか」


「も、もうわかりましたわかりました」


それ以上言われたら、気がおかしくなってしまいそうだ。


「聞いてきたのは君の方じゃない」


「もう充分伝わりました」


「もう少しだけあげたかったのにな」


社長はフフッと笑うと、

「心愛は何もかも全てがかわいいよ」


そう言って、また唇を重ねてきた。


一緒にお風呂から出ると、お互いの躰や髪をバスタオルで拭きあうとおそろいのバスローブを身につけた。


「脱がせるのに着るんですか?」


そう聞いた私に、

「脱がせた方が俄然とやる気が出るから」


社長はクスクスと笑いながら答えた。


「変態ですね…」


やる気って何ですか、やる気って。


「心愛」


社長が私の名前を呼んだので、

「詩文さん」


私は彼の名前を呼び返した。


「愛してる」


そう言った社長に、

「私も、愛してます」


私が言い返したのを待っていたと言うように、彼の端正な顔が近づいてきた。


「――ッ…」


唇が重なったのと同時に、彼の背中に自分の両手を回した。


「――んっ、ふっ…」


チュッチュッと何度も音を立てながら、キスが繰り返される。


「――んっ、くっ…」


口の中に舌が入ってきて、確かめるように味わうようにかき回される。


その舌を感じながら、初めて彼とキスをした時のことを思い出した。


――こっちは、もっと甘いのかな?


そう言って彼は私の唇に自分の唇を重ねてきた。


最初は突然キスしてきたことに驚いたけれど、すぐにそれを受け入れた自分がいた。


「――ッ、はっ…」


その時のことを振り返っていたら、唇が離れた。


お互いの唇の間を引いている銀色の糸を社長は親指で取ると、

「僕とキスをしている時に考え事?」


彼はそう言って、親指で私の唇をなぞった。


「――は、初めてキスをした時のことを思い出したんです…」


私はそう返事をすると、

「詩文さんに“甘いのかな?”って言われて、キスをされたことを…」


続けて呟くように答えた。


「懐かしいな」


社長はそう言うと、

「初めての時はもちろんのことだけど、今の君ももっと甘いよ」


また唇を重ねてきた。


「――ッ、んっ…」


寝室に行ってベッドのうえで横になっても、何度もキスを繰り返していた。


「――んんっ、あっ…」


キスをしているだけなのに、躰は熱を持って彼に感じてしまう。


早く彼が欲しい、彼と気持ちよくなりたい、彼を感じたい…。


そう思っていたら、

「――ッ…」


それまで触れあっていた唇が離れた。


彼を見つめている私の瞳は、熱でもあるのかと聞きたくなるくらいに潤んでいることだろう。


そんな私に彼は目を細めると、

「かわいい」


そう言って耳に顔を寄せてきた。


「――あっ…」


チュッ…と耳にキスをされて、輪郭をなぞるように舌で舐められる。


「――やっ、ああっ…」


時には唇の間に挟むように食まれて、フッ…と耳の中に息を吹きかけられた。


「――大好きだよ、心愛…。


愛してるよ、心愛…」


そうささやいてくるその声にも躰は感じて、熱は高められる一方だ。


耳に触れていた唇が首筋へと移動した瞬間、

「――し、詩文さん…」


私は彼の名前を呼んだ。


「何かあった?」


私を見つめて聞いてきた彼に、

「――し、詩文さんが早く欲しいです…」


私は呟くように答えた。


「へえ、珍しいね」


彼はフフッと笑った。


「――だ、だって…」


「んっ?」


「いつもと違うから…」


呟くように言った私に、

「今日は一晩かけて愛してあげるって言ったでしょ?


夜は長いから、じっくりと愛してじっくりと食べようかと思ってたんだけど…」


彼は妖しく笑いながら言い返した。


「そんなことを言われてしまったら、もう無理だね。


君は僕の理性を崩すのが上手だよ」


シュルリとバスローブのヒモが外されて、それまで隠していた躰が露わにされた。


「――あっ、ああっ…!」


露わになったその胸に社長が顔を埋めたかと思ったら、胸の先に唇が触れた。


音を立てて吸われて、軽く歯を立てられて、舌のザラザラした部分で舐められる。


「――んっ、ひゃっ…!」


もう片方の胸の先は強弱をつけてつままれて、引っ張られて、爪を立てられて、弾かれたりと弄ばれる。


対照的過ぎる胸の先への刺激に、躰が震える。


社長らしいと思っていたら、

「――ひゃああっ…!」


彼の手が脚の間に触れたかと思ったら、中に華奢な指が入ってきた。


「――ずいぶんと、我慢をさせたみたいだね」


「――あっ…」


クイッと脚を大きく開かされて、彼がそこを覗き込んできた。


中に入っていた指が出て行ったかと思ったら、

「――んっ、んんっ…」


上から下へ、下から上へと彼の指が割れ目をなぞってきた。


「指か口か、今日はどんな風に愛されたい?」


「――あっ…」


意地悪だ。


早く彼が欲しいのに、彼はこうやって意地悪をしかけてくる。


恥ずかしがる私に彼は意地悪をする。


「ああ、でも君は見られた方が興奮するんだよね?」


答えない私に対し、彼はさらに意地悪をしかけてきた。


私は唇を開くと、

「――も…」

と、呟くように答えを言った。


「えっ、何?」


「――ど…どっちも、じゃダメですか…?」


「へえ、指と口で愛されたいんだ?」


「――んあっ…!」


妖しく笑った彼の指が中に入ってきたかと思ったら、かき回してきた。


「――し、詩文さんが愛してくれるならば、どっちでも…」


彼の指に感じながら言った私に、

「わがままだね、でも好きだから許してあげる。


君のわがままは、今に始まったことじゃないから」


彼は妖しく笑いかけると、すでに敏感になっている蕾に口づけをした。


「――やっ、ひゃああっ…!」


そこを口づけられたせいで、ビクンと腰が揺れてしまった。


「――あああっ…!」


別の意地悪をしかけてくる彼のせいで、頭の中が真っ白になりそうだ。


もう何も考えられない…。


「――ひゃっ、ううっ…!」


熱い舌がぬるりと中に入ってくる。


「――やっ、もう無理…ッ!


詩文、さ…ああっ…!」


中に入っていた舌が出て行ったかと思ったら、

「――もう我慢できない…」


彼の灼熱が一気に中に入ってきた。


「――ああああああっ…!」


その瞬間、私は悲鳴のような大きな声を出して頭の中が真っ白になった。


「――ッ、ああっ…」


荒い呼吸が唇からこぼれ落ちた。


「――ッ、はあっ…」


彼は苦しそうに息を吐くと、

「思った以上に、我慢をさせちゃったみたいだね」

と、呟いた。


「――詩文、さん…」


呟くように名前を呼んだ私に答えるように、彼は額に唇を落とした。


それから私を見つめると、

「――愛してる、心愛」

と、ささやいた。


「――私も、愛してます…」


そう返事をした私に彼は笑うと、

「――あっ、ああっ…!」


腰を動かして、灼熱を突きあげてきた。


「――んっ、ひゃっ…!」


「――ッ…!」


彼の背中に自分の両手を回して、彼を受け止めた。


「――詩文、さ…ああっ!」


「――んっ、心愛…!」


好き、愛してる――ただ、それだけのことしか考えることができない。


「――心愛…!」


社長が私の名前を呼んだかと思ったら、

「――ッ…!」


唇を重ねてきた。


触れていた唇が離れると、社長は私を見つめた。


「――詩文、さん…!」


名前を呼んで彼の耳に、自分の唇を寄せた。


「――詩文さんが好き、です…」


その耳に向かって、自分の気持ちを伝えた。


そして、

「――もう詩文さん以外、愛せないです…」

と、言った。


もう私は、飛永詩文以外の男の人を愛することができない。


彼は私を見つめると、

「――僕も、もう君しか愛せないよ…」


ささやくように言って、また唇を重ねた。


火照った躰を冷たいシーツで癒していた。


「――心愛…」


隣で横になっていた社長が私を抱き寄せてきた。


「――んっ…」


チュッ…と額に彼の唇が触れたので、それを感じた。


「幸せだね…」


社長が言ったので、

「幸せですね」


私は言い返した。


目の前には愛しい人がいて、その愛しい人の腕の中に私はいる。


それがこんなにも幸せなんだと言うことを私は知らなかった。


「もうすぐで夫婦になるんだね」


「そうですね、もうすぐですね」


私が返事をしたら、

「子供」


社長が言った。


「えっ?」


その言葉の意味がわからなくて彼に視線を向けると、

「できたら、子供が欲しいな…なんて」


私と目があった彼はそう言って笑った。


「子供、ですか…」


「欲しいと思わない?」


そう聞いてきた彼に、

「もちろん、欲しいに決まってますよ」


私は言い返した。


「1人で抱え込まないで、って約束したでしょ?


困ったことや悩んだことがあったら、必ず僕に頼って欲しいって」


「そうでしたね」


――もし何かあったら僕を頼ることを約束して欲しい


社長と交わしたその約束を思い出した。


「そう言う危ういところも含めて、僕は君が好きなんだけどね」


彼はそう言うと、今度は額に唇を落とした。


彼の唇を感じながら、

「それで、詩文さんは子供は何人欲しいんですか?」


私は聞いた。


「心愛はお兄さんがいるんだよね?」


「5歳年上ですけどね」


「なるほど」


彼は返事をすると、考え込んだ。


「2人欲しいんですか?」


私がそう聞いたら、

「縁に任せようかな、なんて」


彼は笑いながら答えた。


「…ああ、なるほど」


「2人でも3人でも、何なら5人でも嬉しいよ。


君と僕の子供なんだから」


「ご、5人はちょっと多いんじゃないかと思います…」


「えーっ、そうかなー?」


私たちは顔を見あわせると、クスクスと笑いあった。


「子供は、心愛によく似たかわいい女の子がいいな」


そう言った社長に、

「私に似ているんだったら、チョコレートが好きなところも遺伝すると思いますよ」


私は笑いながら言い返した。


「あっ、そうか。


君のチョコレートへの情熱も子供の方に受け継がれると言う訳か」


「嫌ですか?」


「嫌じゃないよ、むしろ歓迎する。


僕の中ではチョコレートと言えば心愛、心愛と言えばチョコレートなんだから」


「何ですか、それ」


私たちは声を出して笑いあった。


一緒に笑いあった後で、

「心愛」


社長が私の名前を呼んで、私と唇を重ねてきた。


「――ッ…」


彼の手が腰に回ったかと思ったら、ツッ…と腰をなぞってきた。


「――し、詩文さん…」


唇を離して彼を見つめると、

「今夜は寝かせないって言ったでしょ?


一晩中、君を愛してあげるって」

と、言った。


「い、言いましたけど…」


「夜はまだ長いんだから」


「――んあっ…」


そう言った彼の唇が首筋に触れてきた。


「かわいい…」


ささやくその声だけじゃなく、チュッ…と言うその音にも躰は反応してしまう。


「正直なその躰もかわいいよ…」


「――あっ…」


社長と目があったとたん、彼は私に微笑みかけてきた。


「――んっ…」


その微笑みに見とれそうになっていたら、また彼と唇が重なった。


チョコレートの王様と言えば、ザッハトルテと言う名前のチョコレートケーキだ。


チョコレート味のバターケーキにアンズジャムを塗って、表面にチョコレート入りのフォンダン(糖衣)でコーディングをするオーストリアのお菓子だ。


飛永詩文と言う男をチョコレートに例えるとするならば、ザッハトルテだ。


私はそんな王様の彼を愛していて、王様の彼に愛されている。


その関係がいつまでも続きますようにと願いながら、私は彼を感じた。

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