第15話 二人の物語が始まる。


「ぶうううう」


「ダメったら駄目!」

 18禁は文字通り禁止です!


「でもおお、今更です、昔はそれはそれは毎日の様に」


「聞かない聞かない」

 僕は童貞だ、昔とか知らないし、聞かない。


「ああ、もう命令だ、契りを結ぶって話は禁止!」


「ええええええ、酷いです主真さまあああ」

 彼女は僕の僕(しもべ)、つまり命令は絶対なのだ。

 

 僕達は勿論円山町とは真逆の方向に歩く。NHKの建物の横を通り、そのまま正面に見える代々木公園に入った。


 渋谷、原宿から近い大きな公園、隣には明治神宮があり初詣には多くの人が詰めかける。

 公園内ではジョギングや散策をしている人が結構いるが、渋谷の繁華街と比べたら居ないも同然、どこかで弾いているバイオリンの音色が遠くから聞こえて来る……確かこの曲は『亡き王女の為のパヴァーヌ』あるアニメのオープニングで流れていたなあ、なんて思いながら僕達は公園の芝生にあったベンチに腰かけた。


 

「ぶうううう」


 座るなりまたもや膨れっ面になる陽向ちゃん、いや、それやるとかえって可愛いので全然効果ないですけど。

 可愛いく膨らむ頬っぺをつつきたくなる衝動に駆られる。でもそれを押さえながら僕は彼女に反論した。


「僕には陽向ちゃんの言う記憶がないんだよおお」


「でもでもおおお」


「だったらまず僕が何者なのか教えてよ」


「いやです! そうしたら主真様はあの女と契りを結ぶかも、もしかしたらご主人様の近くにお妃様の生まれ変わりがいるかもしれません! そうなったらまた……また私は第二夫人に、いいえ……この世界、この日本だと愛人って事に、そうなったら過去よりも悪い状態になってしまいます」


「――――じゃあ……今の話をしようよ、これからの話を」


「これから?」


「うん……昔が、過去どんなだったか僕は知らない、陽向ちゃんも言わない……なら今の話を、これからの話をしたいんだ」


「それは? どういう事ですか?」


「つまり、僕達は生まれ変わりなんだよね? そしてこれからもこの生まれ変わった姿で生活するんだよね?」


「……ええ、まあその通りです。私としては本来の姿に戻っても構いませんが」


「駄目、世界滅ぶ可能性が出ちゃう……だからこのまま、つまりは世を忍ぶ仮の姿で一生生きていくんだよね?」


「そうですね、私達の魂は永遠です……この身体は今の時を渡る器に過ぎませんが」


「でも仮とはいえ、このまま何十年と生きて行くんでしょ? だったら器の事も詳しく聞きたいし」


「そうですね、では何から話しましょう? なんでも聞いてください」

 陽向ちゃんは僕の方に身体を向け、僕に笑顔でそう言った。

 さあ、始まる。僕達の恋愛が今から、やっと現実恋愛に…………。


「…………」


「?」


「くっ……」


「主真様?」


「うううう、な、何を聞けばいいか……わからない……そもそも女の子と二人きりで話す事自体初めて」

 き、緊張してきた……な、なんで? さっきまであんなに会話が弾んだのに……。


「ふふふふ、相変わらずですね、本当に女の子の扱いが苦手で」

 僕が緊張で泣きそうになっているのを見て彼女が笑う、懐かしむ様に、慈しむ様に……女神の様に微笑む。


 何を聞いていいかわからない……こういう時何を話していいかわからない……暫く無言が続く……陽向ちゃんは何も言わずにただ僕を黙って見つめてくれている。微笑みながら黙って僕が喋るのを待ってくれている。

 彼女の優しさが、愛情が伝わって来る。

 でもその愛情は僕に向けての物じゃない、僕の過去……彼女の作り出している想像の僕に対して向けられている。


 だから僕は……話そうって思った。今の自分の事を……今の自分の思いを……それで彼女の、陽向ちゃんの幻想が崩れるかも知れない……そうなったら僕はもう相手にして貰えなくなるかも知れない……でも……それでも僕は言いたい、そして好きになって貰いたい、今の自分を……この世界の自分を……


「僕ね……初めて……一目見て人を好きに、女の子を好きになったんだ……でも、それって相手の容姿だけしか見てないんじゃないかって……そもそも人を好きになるってどういう事なのかもわからなかった……アニメでキャラを嫁とか言ってたけど、でもそれが好きって気持ちなのかさえよくわかってなかった。でも今は少しだけ分かってきた……こうして一緒にいる、そして今後もずっと一緒にいられるかも知れない、陽向ちゃんと一緒にいられるかも知れないって、凄く嬉しくて凄く幸せで……」


「主真様……」


「見た目って容姿だけだと思ってたけど、でも違った……陽向ちゃん初めて見た時、凄く綺麗で、凄く可愛いって思った。でもそれよりも感じたのが優しさだった。この人の近くに居られたら僕はきっと幸せになれるって思ったんだ」

 

 付き合いたいなんて思わなかった。近くにいられれば、いや、遠くからでも見られればって、そうしたら僕はそれだけで幸せになれるって……


「だから……ありがとう……今こうして一緒にいてくれて、ありがとう僕を見つけてくれて、僕はこんなだから……陽向ちゃんといつまで一緒にいられるかわからないけど、でも、今僕は凄く幸せなんだ……」


 陽向ちゃんは何か言いたそうな顔に変わるがそれでも敢えて黙って聞いてくれている。


「だから……改めて言います…………遠矢陽向さん、好きです、大好きです……僕と……付き合って下さい、ずっと一緒にいて下さい……貴女がずっと一緒にいてくれたら僕はきっと言うと思います…………最後にきっと……幸せでしたって」


 その最後が明日なのか死ぬ時なのか……それとも彼女が言っている永遠なのかわからない、でも、もしそうだとしても……僕はきっと何度でも言うだろう……だって今僕は幸せなんだから。


「…………はい」

 陽向ちゃんはそう言って満面の笑みになった。今までにないくらい……

 昔の事はわからない、だから僕は思った。今、これから始めよう、昔以上に彼女が思っている以上に楽しく暮らしたいって。そしてもし彼女の夢が覚めた時でも僕の事を好きでいてくれたならって、僕はそう思った。



 僕たちの新しい物語を今から始めよう、一緒に……大好きな君と一緒に。

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