第2話 恋に落ちる瞬間はハンマーで叩かれる音がした。

 

 一目惚れって都市伝説だと思っていた。

 アニメでよくある曲がり角でぶつかって恋が芽生えるなんてお決まりのシチュエーション。まあ最近はコメディとして描かれているけど。

 でも当たり前、実際にそんな事あるわけ無い。

 二次元嫁だって、一目で好きになる事なんて無い、物語が進んで行くに連れ段々と好きになっていく。キャラがどんなに可愛くてもやはり性格があっての事だ。


 二次元でそうなんだから、三次元ともなるとなおの事だ。


 綺麗な薔薇には刺があるって言うように、僕は可愛い娘、綺麗な娘には身構えてしまい、なかなか好きになったりしない。


 まあ、そもそも僕がそんな人達を好きになった所で、その恋が実るとは到底思えない。


 ただ……僕だって一応男子だ! オタクだって彼女が欲しいんだ。高校生なったら、恋の一つでもしてみたいって思ったりもするんだ。二次元じゃなく、現実世界で三次元の女の子と恋愛なんてしてみたいって淡い希望も少しは抱いているんだ。良いじゃないか期待するくらい……どうせ期待だけで終わるんだから……。


 そもそも前向きな考えでこの学校に入ったわけでは無い。

 いじめが少ない、そんな後ろ向きな理由がその一つだ。

 進学校ともなるとレベルの高い大学に入る為に皆いじめをする暇がないと聞いたから……。


 勉強出来る奴は合理的な考えをしている人間が多い、足の引っ張りあいはするが、いじめなんて将来マイナスな事をする人間は少ない。


 それに加えて僕の通っていた中学はそれほど学力が高いわけではない。この学校に入れる実力のある奴はごく少数だ。それがこの学校に来た一番の理由だった。


 比良坂 主真ひらさか かずま、という中学までの僕を、僕は殺したかった。僕の事を知らない人達の中で一からやり直したかった。


 誰も知らないという意味では遠くの学校に通うのも手だったが、長い通学時間や、独り暮らしなんて気概は僕には無い。なので残された方法はこれだけだった。

 幸いな事に勉強は嫌いでは無かった。中二の夏から準備を始めてギリギリだったけど間に合った。


 そして入学式、有名進学校に入れたと両親はそれなりに喜んでくれた。

 しかし今この会場に僕の両親は居ない。別に嫌われているとかネグレクトなわけでは無い。僕は両親の出席を断った。


 入学式早々周囲の人間と誰も喋らない。友達と喜んだりしない。一人寂しくなんて物を見せたくなかったから……。


 高校生にもなって恥ずかしいから等、色々断る理由を考えていたが、偶然にも妹の中学の入学式と重なった為にそっちに行くように両親に進言、僕なんかよりも可愛い出来の良い娘の方に参加したかった両親は一も二もなく妹の方に出席する事になった。あっさりそうされると、それはそれでなんだかなぁって思うけど……


 ちなみに言っておくが、妹とは特に何も無い。特別仲が良いとかでも無いし子供の頃から結婚を誓い合うとかって事もない。いくら僕がモテないからってそう言うの無いから……当たり前だけど妹になんてという、ラノベ的展開も考えた事もない。僕はシスコンじゃないから。むしろ最近は僕がオタクとあって妹は僕を疎ましく思っているみたいだ。


 いや、なぜかそんな説明をしたくなった……うーーん何故だろう。


 兄妹でそんな展開なんて無い。そうなると妹は別として僕にとってその現実はやはり厳しいと言わざるを得ない。妹以外では僕の周りに親しい女子は居ない。アニメじゃお決まりの仲の良い幼なじみなんてのも存在しない


 女子との関わりは今現在僕の周りに居る同級生だけ……コミュ障の僕にとってその敷居はとてつもなく高い。


 かなりレベル高い女子が多い、そして皆一様に勉強が出来る。つまり僕に何もアドバンテージは無い……ギリギリで入れた僕が勉強教えてあげるよなんて事も出来ない……。


 やはり可愛い娘を見ると――僕なんてって思いが頭を過る。僕には恋愛は無理だ、好きな人なんて出来ない……ってどうしても思ってしまう。


 そんな事を思い始めた直後だが、しかし僕はハンマーで頭を思い切り殴られた様な衝撃をこの入学式で、この直後に受けた……受けてしまった。



 理事長、校長、来賓等のお偉方の挨拶が終わり、一人の女子生徒が壇上に上がると周りの空気が一変した。


 その女子生徒は美しい所作でお辞儀をすると壇上から僕達新入生を見渡す。 するとその美しさから溜め息が会場の所々から聞こえ始める。


「新入生の皆様御入学おめでとうございます、生徒会長の遠矢です」

 身震いする程の美しい声、美人という言葉では物足りない程の美貌、僕の中での常識が全て吹っ飛んだ。


 僕はここまで美しい人を完璧な人を今まで見た事が無い。

 現実感の無い、まるでアニメやおとぎ話の世界から出てきた様なその人物に僕は興奮した。


 学園のアイドル遠矢 陽向とおや ひなたの事は知っていた。この学校を受験しようかと思い調べた際に、まず出てきたのは進学の話より彼女の存在だった。

 奇跡の人物、完璧超人、勉強は全国模試で常に上位、運動も中学の時に走り高跳びで全国優勝、全国の学校から誘いがあったにも関わらず、その経歴を全て捨てるかの如くどこの部活にも入らず1年で生徒会入りし、その半年後学園史上初の1年生生徒会長に就任。


 そしてそこから数々の改革を行ったそうだ。


 そんな彼女の話がまず出てきた……が! そんな人物が居るとは思えない。漫画やアニメの世界でもあり得ない。恐らく尾ひれがついたのだろうと僕は話半分に思っていた。


 しかし、今、目の前で僕達に語りかけている彼女は眩しい位に光っていた。いや、本当にそう思える存在だった。尾ひれどころじゃなかった。話半分なのは噂の方とさえ思えた。


 僕は一瞬で恋に落ちた。彼女に惚れてしまった。一目惚れだった。いや、彼女の事を好きにならない人達なんていないだろう、美しい人には刺がある。そんな僕の常識は見事に吹っ飛んだ。彼女にそんな事はあてはまらない、それくらい神々しい存在に思えた。


 僕は生徒会長の祝辞に聞き惚れていると、ふと会長と目が合った気がした。

 そしてその後何度か目が合う……その度にほんの僅かだが美しい口調、テンポが乱れる。


 気のせいか? いや、気のせいじゃない、目の合う度合いが高まって行く度に会長の話すテンポがどんどん乱れていく。


 そして遂には何も言わずに立ち尽くしてしまった。僕の方を見つめながら……


 ざわつく入学式の会場、呆然と立ち尽くす生徒会長、一体何があったのか僕には全くわからない。視線はずっと僕をいや僕達の方を見つめている……僕の周囲はキョロキョロと皆お互いを見回していた。一体この辺りに何があるのか? 皆目検討も付かない。


 そしてその直後、何人かの先生が登壇し生徒会長の周りに集まり出す。

 暫くなにやら話しをすると、会長はコクコクと頷き、壇上で一礼をして保健の先生らしき白衣を着た女性に支えられる様に壇上から降りて行った。


 そして体調不良の為に生徒会長の挨拶は以上終了しますとアナウンスされ、何かよくわからないまま、入学式は終了した。






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