第4話 夜陰 4

 やがて一人ぶんの足音、それも体の重そうな男のが聞こえる。どうやらボスが獲物の配分を独断で決めるらしい。思惑が外れたが、出来ることをするしかない。

 標的に集中すべき時なのに、今更考えても詮無いことが浮かぶ。

(彼女の話は本当だったのか?)


 彼女が僕の傷を治そうとしなかったのは何故? そのこと自体は好都合だ。回復魔法は亡者に有害だから。でも彼女は、僕が亡者だと知らないはず。

 また、彼女がこのごろ魔法を上手く使えないというのが本当なら、それでも魔人狩りの対象になるのだろうか?

(くだらぬ迷いは捨てろ)


 僕は知っていた。魔人狩りはそのじつ、魔力を持たぬ者すら殺す。あいつらに理念はない。回復魔法の使い手に恩があろうと、用が済めば殺すだろう。また、魔法を使うには気力も体力もいる。需要があればあるだけ使える訳ではない。だから彼女の言動に、とくに疑わしいところはないのだ。僕はこれから現れる敵をおそれるあまり、これ以上彼女に手を貸さない理由を探していたと気づいた。

(しかし僕は何故、魔人狩りの悪辣さを知っていたのだろう?)


 いまはそれを考えている場合ではない。

 つぎの相手は強い。戦うすべを身につける機会にさえ恵まれなかったような、さっきの女みたいにはいくまい。

 だが、それが何だというのだ。僕はローラの剣だ! これくらいの荒事を切り抜けられなくてどうする。

 扉が、開く!


 その瞬間、敵の手元の灯りに、借りた上着を被せた。案の定、来たのはあの大男だった。闇の中、その目元にあたりをつけて強かに殴りつけた。やつは目を押さえてうずくまる。その首を狙った。振り払われたが、なんのそのだ。飛び散る鮮血は、やつの首の皮からだ。

 互いにめちゃくちゃに暴れたが、始めの僕の不意打ちが効いたのか、ぐったりとした大男に馬乗りになってナイフを突きつけることが出来た。


 しかし……これだけ暴れたら当然だが、とどめを刺す前に、物音を聞いた手下が駆けつけてきた。多勢に無勢、こうなったらやぶれかぶれだ。

 親分の惨状におどろく男たちの、ひょろ長い年上のほうに僕は言った。

「喜びなよ。あんた、いまボスになったぜ」

 茫然とする男に続けた。

「何だよ、あんたが言ってたんじゃないか。デカブツさえいなければ、って。いくら眠り薬が良く効くからって、独り言には気をつけな」

 丁度そこに耳族の女も姿を現した。僕は小柄な、クソガキと呼びたいような若造を指して言った。

「あれ、聞き違いだったかな。そっちの若いののほうが、そこの姐さんと仲よさそうだったしなぁ」

 ノッポに睨まれ、身長差のあまりない男女が首を横に振っている。

 ぜんぶ出鱈目だ。とにかく、こいつらの団結を防がなくては、僕に勝ち目どころか逃げ道もない。

「こんな奴に騙されないで!」

 女は叫んだ。

 僕は彼女というより全員に向けて

「どの口が言うんだよ! 騙したのはあんた達じゃないか!」

 いよいよ大男の呼吸がかすかになってきた。


「本当は憎み合っているんだろ! あんた達も始めはここを頼って、騙されたクチだったんだろ! それからは脅されながら旅人を騙して、殺したり一味に引きずり込んだりしてきたんだろ! 僕にしたみたいに」


 誰も僕に言い返さない。一触即発の緊張状態。誰かが喧嘩を始めたらドサクサに紛れて為すべきことを為そう。

 チャキ……

 誰かが鞘から刃を抜く音。

 次の瞬間、それは深々と、僕の脇腹に刺さった。下手人はもう3人か2人の悪党に向かって、泣きそうな声をあげた。

「これで……文句はないだろ……」


 痛いじゃないか、クソガキめ。

 不死身のくせに、僕は意識を保ちつづけられない。ごめん、ローラ……。



(続く)

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