第9話 7月28日

 肩に何かが何度もぶつかってくるのと、背中がぐらぐら揺れるのとで、宮本は目を覚ました。

 まだ夜は明けてないみたいだ。窓の外は暗かった。

「あ、ミヤちゃん」目の前に咲良と茉奈が立っていた。

「おはよう」宮本が目覚めた事に気付いて、咲良はにっこりと笑った。

 二人の女の子の横には男が立っていた。掛川ではない。掛川は宮本の横にいて、暴れている。宮本と掛川はソファーに寝かされていた。全裸だった。そして手足はロープで縛られていた。

「いいからロープ解けって言ってんだろ、お前ただじゃおかねえぞ」

 掛川は今にもロープを引きちぎらんばかりの勢いでソファーの上で身を反り返らせた。

「これ、どうだった?けっこう飛べるでしょ?」

 目の前の男は、そう言って薬のビンを振った。

 どこかで見覚えのある顔だったが、思い出せない。頭がボンヤリとして、働いてくれなかった。

「いったい何なんだよ!こんな事をして、くそ!おまえら仲間だったんだな」掛川は目の前の男をにらみつけた。

 男はあご髭をはやしていた。手には「済」と刻印された焼印を持っている。

「さてそろそろ始めようか」と男は言った。

 宮本はやっとその男を思い出した。男は柚木だった。



「これはまあ、俺の趣味というか、ちょっとしたゲームなんだ」

 柚木はさっぱりとした顔つきで語り始めた。まるでビジネスの話をしているかのような話しかただった。

「俺はこいつをおまえらに押して…」と手に持っている焼印を軽く振った。先端が熱せられて真っ赤になっている。

「それを写真に撮って、コレクションしている」

「ちょっと熱いけど、ガマンしてね」咲良がにこやかに言った。

 柚木は掛川に一歩近づいた。その顔からは何の表情も読み取れなかった。

「ちょ、ちょっと待て…やめろ!」

「そんなにビビるなよ、ゲームなんだからさ…あーあチ○コが縮み上がっているじゃないか」

 柚木は掛川の股間を見つめた。

「なあ茉奈、ちょっと元気にしてやれよ」

 柚木に言われると、茉奈はTシャツを脱ぎ、上半身裸になって、ソファーの掛川の横に座った。そして胸のふくらみを掛川の顔に押し付けた。

「ほら、元気出して」

「や、やめろ!」

「おおおぉ、勃ってきた勃ってきた」

「ああああっ!」掛川は悲しい声をあげた。

「あーあ、こんな人前で勃てちゃって…恥ずかしい奴だなあ、こりゃお仕置きだな」柚木は掛川の脇腹を蹴った。

「ぐふっ」うめき声をあげて掛川はソファーから落ち、床の上にうつ伏せに転がった。

 そしてそのお尻に、柚木は焼印を押し付けた。

 じゅうううぅぅぅ…

「あああああああああああああああああぁぁっ!!!!」

 絶叫と共に、肉の焼ける匂いが充満した。

「ああぁっ、おおああぁっ」掛川はハアハアと何度も息を吐いた。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。その様子を咲良がデジカメで撮影した。ピーッというシャッター音が、リビングに冷たく鳴り響く。

「こんな…こんな…」掛川は震えている。

 柚木は顔色ひとつ変えなかった。しばらく、何か考え事をしているかのように掛川を見つめていたが、ふいに首を一度ひねって、掛川を足で押さえつけ、もう一度お尻に焼印を押し付けた。

じゅううううぅぅぅぅ…

「おおああああああああああああああああああぁぁっ!!!!!」

 掛川はピクリとも動かなくなった。


「いいね、いい声だ」柚木ははじめて笑顔になった。

「最初のはいまいちだった…今のは良かった。いいね、俺はこの声を聞くために生きてるんだって感じがするよ」と宮本に向かって話しかけた。

「サイコ野郎が…」宮本は奥歯がガチガチ震えるのがわかった。

「お前はさあ、自分の価値観で人を判断している。人が眉をひそめるような事を好きになる事だってあるさ。自分に正直でいるって事はそういう事だろ」

 さて、と柚木は言い、宮本を蹴ってソファーから落とした。フローリングの床にぶつかって肩に激痛が走った。

「あんたらがこんな山奥で合宿するって情報を手に入れた時は、胸が高鳴ったよ…ここならどんなに叫んでも、周りにバレないからね」

 柚木は一瞬笑みを浮かべ、すぐにまた表情を消した。

「な、何のためにこんな事をするんだ?いったい俺らが何をしたって言うんだ」

 無駄だと思ったが宮本はしゃべり始めた。しゃべり終わった時に焼印が押される気がした。だからできるだけ長くしゃべり続けようと思った。

「そんなにカリカリするなよ、ただのシャレなんだからさ…」

「シャレでそんなの押されてたまるか!一生消えない火傷の痕が残るんだぞ」柚木は叫ぶ宮本をうつ伏せにし、足で押さえつけた。

「いい声を、頼むぜ」柚木は焼印をちかづけた。太腿のあたりに熱を感じる。

「このままですむと思うなよ、必ず探し出して、警察につきだしてやるからな」宮本は背中のほうまで首をまわして、柚木を睨みつけた。

 柚木は宮本を踏んでいた足を離し、やれやれといった表情をした後、しゃべり始めた。

「仮に俺がケーサツに捕まったとしよう、まあパクられるほどトロくはないけどな…そうすると俺は傷害罪で、初犯だ。執行猶予でムショには入らない。そしてお前は薬物乱交パーティーを開いていたミュージシャンとして世の中から抹殺されて、そのあげく、写真がネットに流れまくる、というわけだ。楽しい未来図だろ」


 宮本は言葉が出てこなかった。返す言葉が見つからない。

「俺だって普段は、世間のルールに従って真面目に生きてるんだぜ、こう見えてもさ」柚木は初めて人間らしい表情をした。

―何で、こんな事になったんだ?俺はただ真剣に良い音楽を作ろうと思っていたはずなのに…涙が溢れた。足の震えが止まらない。

「男はみんな、若い女の子に弱いからな。簡単だったろ」と柚木は咲良と茉奈に話しかけた。

「うん」

「超カンタンだったよ」

「お前はいったい何者なんだ?」宮本は咲良に向かって言った。柚木が答えた。

「こいつはちょっと前に街で見つけたんだ。ちなみに大学生じゃないよ」

「ごめんね、ミヤちゃん」と咲良は舌を出した。この期におよんで天使のように可愛い。

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