11. アカイクツ

「あの子は、異人さんに連れて行かれた」

 頭がその言葉を飲みこんだ時にはもう、足は波止場へとけ出していた。


 霧につつまれた波止場はとばは、荷運びや雑用にやとわれた人と、異人さんしか立ち入れない場所だ。僕たちの国にある、僕たちの土地をけずってできた場所なのに。

 異人さんのかいな街をそのままもってきたような建物。怪獣のガイコツみたいな不気味なクレーン。何が入っているやら見当もつかないつみの山。気の遠くなるようなはるかな海を越えてくる、黒い船。

 荷物を運んだり、簡単な作業機械をあやつっているのは、僕らの土地の人。でも、むちみたいなものをふるってそれを追い立てているのは異人さんだ。

 節分の鬼の面のような赤らんだ肌、おとぎ話のテングみたいに長い鼻。そして、何もかもかすような冷たい、青い目。

 やはりみんなが言っているとおり、異人さんたちは鬼やテング、いや、それよりもおっかないバケモノなんだろうか。膝がふるえているのは、走り通して疲れたせいだけじゃなかった。


 みつかることなく黒い船の奥にまで忍びこめたのは、神様が助けてくれたとしか思えない。

 僕たちの国から運び出すたくさんのつみのなかでも、大事なものをしまっておく倉庫のどんづまりに、あの子はいた。


 細くて白い足にはもう、赤い靴がはかされていた。


 うわさの通りだ。靴は血みたいに真っ赤だった。

 あの子の血を吸っているんだから当たり前だ。あの子の血を吸い取って、異人さんのつくった薬と混ぜて、体をすこしずつ作り変えてゆく。船が異人さんの星についたら、すぐにでも異人さんのお家にはこばれて――。


 気配を感じてふりむくと、異人さんが立っていた。


 もう何も考えられないまま異人さんに飛びかかった。右手に握った刃物が、異人さんの目のひとつを刺しつらぬく。僕たちとちがう、涙をながすことも、ぬくもりを宿すこともない目。そんな目があざ笑っているように見えた。

 異人さんの目は、ぱっと数えられるだけでもあと十個はあるし、もし無くなってもいくらでも作れるというのに。

 両手両足と胴体に巻きついたのは、異人さんの長い鼻。


 全身を引きちぎられる前に見たあの子の顔、その眼窩がんかのなかでは、異人さんの青い目がもうはち切れそうに実っていた。

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