第4話 勇者の演説

「さて……、宿に戻る間に作戦の再確認をしましょ」

「そうダナ。念には念を入れておくノモ、悪くない提案だ」


 バーで一息ついた二人は、夕方の街を歩きながら《氷嵐の短杖》、別名緑青のワンドと呼ばれているステッキを手に入れるまでの算段を順を追って確認していた。

 ルシアの肩に乗ったラインは頭部を上下させつつ、遺跡の探索や敵の情報を頭の中に叩き込む。記憶領域は人間ほどではないが、それでも通常の魔物より遥かに広く、情報処理に長けていた。


「緑青のワンドも聖剣と同じで、噂のみが独り歩きする魔法武器。ただ聖剣と違うところは、在り処が示された明確な古代文章が残っていることにある」


 肩がけのポーチから一冊の古文書を取り出した彼女は、ページをペラペラと捲っていき、とある遺跡の内部構造を示しているページをラインに見せる。

 ライン自身、これを見るのは数回目だが、如何せん複雑すぎる構造であるため、まだ理解が追いついていなかった。加えて当時の測量技術が何処まで正確だったかも、ライン達には分からない。全てが不確定要素のままだった。


「まだ誰も見たことがない未踏破の第4階層、そこに忍び込むことさえ出来れば、ワンドを見つけられる可能性もグッとあがるわけダナ」

「そうね……。ただ、今まで誰も見たことがないということは、隠された場所か、もしくは相当危険な場所かの二択でしょうね」


 左肩に乗っていたラインは、ふと彼女の横顔を間近で見つめた。

 彼女から仄かに漂う甘い香り、鼻ではなく体表そのものでそれを感じ取りながらも、ルシアの表情を探ろうとする。しかし、眼帯をつけているせいか、口角の上がった口元からしか彼女の表情を感じ取れなかった。


 あの腕を覆っていた長袖も修繕魔法で綺麗に修復されていて、相変わらず左手には手袋がはめられている。

 わざわざ眼帯と手袋を黒に統一する必要があったのだろうかと、時にラインは考えるが、案外そう勘違いされていた方が都合が良いのかもしれない。人間でないラインにとっては、理解しがたい文化ではあったが……。



 そんなこんなで互いに話し合いながら街の広場を通りかかったその時、彼女の足取りは止まった。

 普段、冒険者同士が探索や迷宮攻略のために組むパーティーの勧誘をしていたり、民間依頼の斡旋組織であるギルドがちょっとした依頼リストを配っていたりする場所だが、その日に限って妙な人だかりが出来ていた。


「珍しいわね……、こんなに人がいるなんて」

「そうなのカ? 普段のことはよく知らないケド……まぁ、心当たりはなくもないナ」


 聞き込みの際に耳にしたとある噂、それは先日ルキドーラ帝国の皇帝によって任命された勇者が、仲間を探すためにこの街にやって来るというものだった。

 別に魔族と人族が猛然と対立している時代ではないが、何でも近い内に邪神が復活するという予言が出たらしく、勇者を立てるという決定が下されたそうだ。


「……何か珍しそうなイベントみたいだし、どうせだから寄ってく?」

「イイヨ。気は進まないケド、ちょっと気になるし」


 魔物故に勇者という概念をあまり良く思っていないラインだったが、興味がないわけでもない。ルシアの肩に引っ付き、出来るだけ目立たないようにしつつも、彼女と共にその人だかりの中へと入っていった。


「魔物が活発になり、被害は刻々と増えている! 眷属を名乗るものが現れ、いよいよ邪神の復活の時は近い。このまま、私たちは奴らの悪行を見逃し続けて良いのか!? いや、良くない!!」

『おおおおおおおおおおお!!!』

「かつて邪神によって世界は闇に包まれた。そしてそれを打ち破りし、伝説の勇者ランディス――彼の偉業は今でも神話として語り継がれている。私はその伝説を復活させたい、二度とこの世が暗黒に飲み込まれることがないよう……ッ!」

『おおおおおおおおおおお!!!』


 勇者の語りに合わせて、周りで演説を聞く冒険者達は「そうだ、そうだ!」と賛同の声をあげる。

 時折「勇者様、カッコいい!」などと黄色い声が声援に混ざっては、容赦なく鼓膜を突き刺してきた。


 小声で「うるせぇな」と悪態をついたラインだったが、その声も歓声の嵐に飲まれ、掻き消されてしまった。そんな彼の不満に気づく様子もなく、ルシアは人だかりの合間を縫って進み、何とか勇者の顔が見える位置まで中に入り込む。


「あれが勇者……」

「らしいナ。人間の感覚は分からないケド、中々にカッコ良さそうな人じゃないカ」


 広場の中央にある木造の台の上に立ち、身振り手振りで豪快に演説している青年。濁り一つない透き通った白い癖っ毛の下には、藍色の双眸が勇猛な輝きを讃えている。

 全身には煌びやかな金装飾が施された鎧を身に纏い、腰からは剣が収められた見た目厳かな鞘が取り付けられていた。


 強そうかと聞かれればそうでもないが、それでもその装備と小綺麗な容姿が、勇者たる風格をじわじわと醸し出していた。

 ただラインにとって、彼の風格などどうでも良かった。寧ろ彼の身につけている武具の数々に目を奪われ、よだれを垂らしていたのだった。


「まさか鎧を喰べようだなんて考えてないわよね……? そんな事したら、問答無用でぶっ飛ばすから」

「ち、違うヨ! ただ綺麗だなーって思ってたダケダヨ」

「本当にぃ……?」


 ジト目で肩に乗るラインを一瞥した彼女は、再び勇者の演説に耳を傾けるのだった。

 適当に煽り文句を並べて人々を奮い立たせようとする彼の話に心底感心しつつ、ラインはふと勇者が腰から外して、鞘をつけたまま高々と掲げた片手剣を眺めた。


 ――あの剣、最近どこかで見たことがあったような。そんな違和感を抱き、沸々と湧き上がってくる懸念に眉をひそめたのだった。


「ねぇ、ルシア……。あの剣って――」

「えっ? あぁ、神剣クロスゾーンの事ね。あれは、神に認められた者だけが扱える英雄の剣でね、古くから代々ルキドーラ帝国に受け継がれてきたのよ。そして神に認められ、神剣を扱えるその者こそが真の勇者として、世界を救うと言われているわ」

「へぇ……、神剣カァ。オレが喰べた聖剣とはまた違うのカ?」

「勿論よ。恐らく聖剣すらも、足元に及ばないと思うわ! そもそも神剣は選ばれた者以外は鞘を抜くことすら出来ないほど、強力な封印が施されているの。生半可な力でそれを持てば剣の力で自らが滅んでしまうからね……」


 ルシアは力説するかのように熱意を込めてラインに話しかけた。

 それほどまでに恐ろしい剣なのだろうか、それにしては少しばかりオーラが小さい気がする。それこそ、自分が喰べてしまった聖剣の方がまだ威圧感があったはずだ。

 しかし彼が見た聖剣は既に鞘が抜かれていた状態だった、対してあの神剣は鞘に収められた状態――オーラが小さいのも恐らくそのせいなのだろう……。


「諸悪の根源である邪神、奴を倒さなければ永遠にこの世界に平和は訪れない。よって、今から二十分後にギルドにて、邪神達と共に戦ってくれる腕に自信のある者を募集する! 以上だ、ご清聴感謝する」

『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 一際大きな歓声を経て、勇者の演説は幕を閉じた。しかし、足早に彼が去った後も広場の熱が冷める様子はなかった。仲間を募集する――その言葉に誰もが湧き、自身を奮い立たせていた。


「よっしゃあ、俺は名乗り出るぜ。そして、伝説に語り継がれる男になってやる!」

「噂によると、勇者の仲間には美人な賢者の末裔が加わっているって話だぜ? こりゃ、応募するしかねぇだろ!」


 演説を聞いていた冒険者の人々は口々にそんな事を叫び合っている。そんな中、ただルシアだけはどこか浮かない顔をして去っていた勇者の背中を眺めていた。そこでラインは肩の上で飛び跳ねて、ルシアの気を惹く。


「ナアナア、気になるんだったら行ってみたらどうダ?」

「行ってみたらって……、別に仲間になりたいわけでもないのに?」

「おうよ。何か引っかかる所があるんダロ? なら近くで様子を観察してみればいいじゃないカ」


 事実、ラインも勇者からはただならぬ気配を感じていた。

 それが正の方向なのか、負の方向なのかはまだ彼自身も分からない。しかし、いずれにせよもう少し彼の動きを様子見しなければ、結論は出せそうにもない。


「じゃ……、行ってみよっか」

「アァ。ついでに採用されたら、仲間になってもいいんじゃねぇカ?」

「確かに悪くないかもね……この腕がなければの話だけど」


 そう言って彼女は恨めしそうにその左腕を睨みつけたのだった。

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