第37話

ポツポツと雨が降り出す。

目の前には大きな建物が建っている。

ヒーローを象徴するエンブレムが建物の中心に刻まれ、とても格好のいい建物だった。

だが、その建物には人の気配がしなかった。

なんだか様子がおかしい。

いつもなら建物の周りには警備が何人も徘徊していたはずなのだが、今は誰もいない。

まるで、俺に好きに侵入しろといっているようなものだ。

これは罠かもしれない。

だが、もう後戻りはできない。

俺は息を大きく吸い、気合いを入れる。

そして車から持ってきた武器を取り出し、背中へと担ぐ。

ジョウから託されたアタッシュケースを開いた。

中へ入っていたのはゴーグルのようなものと上半身だけのアーマーだった。

そして、もう一つ手紙のようなものが置かれている。

『これを見ているってことは私にはお前を止められなかったようだな。まぁ止められないことなんて分かってはいたが…。はっきり言ってお前はバカだよ。それもこの世界でただ一人のバカだ。相手の力量を知っておきながらそれでも挑むお前は最高のバカだ。そんなバカにお似合いの武器と防具を準備した。アーマーの使い方だが、体に装着させ、胸元のエンブレムに触れてくれ。そうすると後は勝手に起動してくれる。後、もう一つのゴーグルはマスクの軽量化に成功したものだ。もちろん、凛がお前のことをサポートしてくれる。これが私に準備できた最高のバカにお似合いの武器だ。………絶対に死ぬんじゃないぞ…お前なら…彼奴に勝てる。帰ってこいよ。』

手紙にはそう書かれていた。

何がバカにも分かるようにだ…。

だが、有り難く使わせてもらうことにする。

ケースの中からゴーグルを手にすると頭へと装着する。

するとすぐにゴーグルの機能が起動し始め、耳元から声が聞こえた。

「お久しぶりです。」

凛の声だ。

こいつの声を聴くと何だか少し安心する。

こいつにも一応は何度も命を救われているからかもしれない。

そして防具の方は凛に説明してもらいながらきどうをしてみた。

上半身だけに見えたがエンブレムに触れてみると体全体をアーマーが包み込む。

これで全ての準備が整った。

いよいよ奴との戦いだ。

ここから先は後戻りなんかできない。

まぁする気なんてさらさらないが。

「凛、この建物の中の警備は。」

「この建物にいる生命体の反応はたったの一つしかありません。それもこの建物の最上階であなたを待っているようです。罠の可能性があります。それでも乗り込みますか。」

「生命体の反応が一つ…か。…無論、乗り込む。凛、案内を頼む。」

指示を出すとすぐにルートが表示され、俺はそのルートに沿って先へと進んでいく。

中の様子は怖いくらいに静かだ。

本当に凛の言う通り、一人しかいないのだろう。

おそらくこの先で俺を待っている男はインビンシブルで間違いない。

だが、だとすると彼奴の他の仲間は…。

嫌な予感が胸をよぎる。

もし…俺の考えてることが当たれば…引き返すべきかもしれない。

「夏樹様、ジョウ様からの伝言を受け取りました。迷わず進め…だそうです。」

…彼奴…このゴーグルから俺のことを見てるのか。

「だったら、俺からも伝言を頼む。気をつけろと言っといてくれ。」

「分かりました。」

彼奴は彼奴で自分の身を守るための方法が何かあるのだろう。

それならば俺は彼奴に言われた通り、前へ進むだけだ。

入り口から少し先へと進んでいくと目の前にはガラス張りのエレベーターが設置されている。

起動はしているようだが、罠の可能性もある。

凛のルートだとこのエレベーターに乗れば早く着くのだが…大丈夫なのか。

「凛…こいつは安全なのか。」

「はい、罠も何も仕掛けられてはいません。乗ってしまっても大丈夫でしょう。ですが、これに乗ってしまえば後には戻れない可能性があります。夏樹様、やり残したことなどはありませんか?」

そんなもの答えは決まっている。

「ああ、行こう。」

俺はそう言うとエレベーターへと乗り込み、最上階へのボタンを押す。

するとエレベーターは扉が閉まり、上へと上がっていった。

階層が奴の元へと近づいていく度に心臓がトクンットクンッと鼓動を鳴らす。

覚悟は決めたはずだった。

それなのに手が体が震え出す。

これは武者震いなのか、それとも奴への恐怖心か、俺には分からなかった。

だが、エレベーターは途中で止まってくれることなく、先へと進む。

額から汗が流れる。

もう少し…あと少しで奴の元へとたどり着く。

深く息を吸うと俺はゆっくりと息を吐いた。

あと2階…後1階…。

そして、エレベーターは最上階へと辿り着き、ドアを開く。

目の前には長い廊下が奥まで伸びているのがみえる。

俺は弱気な心を捨て去るように力強く一歩を踏み出した。

一歩、また一歩と足を運ぶ。

その度に頭の中では今までの記憶が蘇る。

全ての始まりはあの忌まわしき戦いから始まった。

街全体を巻き込んだヴィランとヒーローの戦い。

ヒーローとヴィランとの戦いは壮絶なものだった。

奴らの戦いに巻き込まれた人々は皆、パニックを起こし、逃げ惑う。

その中には逃げ遅れ、死んでいった者が大勢いた。

未来もその中の一人だ。

奴は未来の夫でありながら彼女を助けようともせずに見放した。

そしてそのことを心の奥から後悔し、今回のような出来事を起こしたのだ。

そんな男をこの国は平和の象徴として慕われている。

本当にくそったれな世の中だ。

この国は知らない、奴が何をしてこれから何をするのかを。

奴こそがこの世界にとっての最悪なヴィランだと。

この世界の平和になんかは興味がない。

俺が今まで戦って来た理由はこの世界の平和を守るためなんかじゃない。

奴等ヒーローの悪事をこの世界へ知らせるためなんかじゃない。

俺が戦う理由それはただの復讐だ。

奴さえ殺せればそれでいい。

この世界の平和なんかにはこれっぽっちも興味なんかない。

俺はあの時に奴らへ復讐を誓ったんだ。

インビンシブルを筆頭にストーン、ボルト、スピード…数多くのヒーローを俺は恨んで来た。

そして今、俺のこの先には奴がいる。

俺が最も憎むべきの男がいる。

「目的の部屋の近くへと着きました。」

凛の言葉が聞こえたと同時に目の前のドアが開かれる。

目の前には真っ白な空間が現れた。

窓一つなく、どこか息苦しさを感じる。

奥を見るとそこには大きな扉が見える。

あの扉の向こうで奴が俺のことを待っている。

「凛、準備は。」

「私はいつでもオッケーです。夏樹様の方は。」

「もちろん…出来てるさ。」

俺達は目の前の扉へと向かって歩いて行った。

固く閉ざされた扉の前に立つ。

扉はゆっくりと自動で開いていく。

そして俺の目の前にはある男の背中が見えた。

その男はこちらを見向きもせずに俺へと語りかける。

「私以外、誰もいないはずなのに随分と遅かったな。」

男の声からは余裕を感じられる。

俺のことなんて眼中にないような舐め腐った声だ。

「………。」

男の見つめている先にある機械を見た俺は何も言わなかった。

いや、何も言えなかったの方が正しいのかもしれない。

目の前には心のアジトで見た光景が目の前には広がっている。

大きな複雑な機械に囲まれ、液体の入ったカプレルの中に彼女がいた。

「もうすぐだよ、もうすぐ君は全てを取り戻せるからね。」

男は立ち上がると彼女の入ったカプセルに手を合わせ、そう呟く。

この男からは狂気を感じる。

とてもじゃないが正気の沙汰ではない。

「さて、少し話をしようか。」

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