第26話

「ヒプノシス…着いたぞ。それで…奴はいつ頃、ここを通りかける?」

『そうね…予定では後10分程度かしら。それまではそこで待機していてちょうだい。』

「分かった。それで風花の様子は?」

『あの子はまだ目覚めてないわ。それよりもさっきジョウちゃんから伝言預かったけど聞く?』

「いや、いい。めんどくさそうだからな。それじゃ、通信を終わらせる。」

『ええ、分かったわ。気をつけてね。』

心との通信を終わらせた俺は奴を待つ間、ライターに火をつけたり消したりしながら、タバコを吸うのを我慢していた。

「代償…か。」

あのシルバートゥースの言っていたことは本当だった。

超人薬を体に取り入れてから体の痛みを感じることがない。

俺の力の代償としてもってかれたものは痛覚。

それがもっていかれたものだった。

逆にこれは好都合なのかもしれない。

戦う上で痛覚は邪魔だ。

今のところはなんの支障もないことから問題はない。

そんなことを考えていると声が聞こえてきた。

「それで………。いや、………はない。」

声の主は俺の標的の男で間違いない。

俺はすぐに地面に寝そべり、スコープを覗く。

「奴が現れた。」

『了解。それならとっとと終わらせましょう。』

息を止め、標的の胸へと標準を合わせる。

そして、周りに人がいなくなるのを確認すると俺は引き金を引き絞った。

パスッと静かな音を立てた銃は銃弾を発射する。

銃弾は一直線に飛んでいき、標的は胸を押さえてうずくまっていた。

俺はすかさず二発目を放ったが弾は当たらずに標的は地面を這いながら素早く物陰に隠れる。

「ヒプノシス、奴の姿が見えなくなった。居場所が分かるか?」

『えぇ、ちゃんと見えてるわ。彼は路地に入って東へ、その後、屋上へと上がり、移動してるようね。多分、そこからでも奴の姿が見えるはずよ。』

スコープから目を離し、東を見る。

すると屋根から屋根へと飛びながら移動している標的を見つけた。

「いた…これから追跡する。」

『分かったわ。出来るだけ、バレないように奴を誘導して。』

「了解。」

俺は腰からぶら下げていた機械を取り出すとスイッチを入れる。

その瞬間、仕掛けていた銃から標的へと目掛けて弾が発射された。

標的は銃弾を軽く避けながら誘導されていく。

どうやら仲間に通信を取ろうとしているようだが、残念ながら奴の無線には細工を施してある。

俺は身を隠し、奴の後ろをついていきながら、仕掛けていた罠をさらに発動させていく。

「そろそろ、奴が目的地へと到着する。そっちの準備は?」

『ばっちこい。』

ジョウの方では準備ができているようだ。

ならば、後は俺の出番だな。

「待てっ!!!」

奴に聞こえるほど大きな声で叫ぶと、奴はこちらを振り返り、立ち止まった。

「さっきからこの僕に攻撃していたのは君かい?」

「ああ、俺だよ。久しぶりだな…ボルト。」

「…残念だけど…誰だか分からないな。僕は美しい女性の顔しか覚えられなくてね。」

随分と余裕の態度だ。

あの態度がすぐに変わることになるとはまだこいつは気づいていないのだろう。

「そうかい、まぁ、お前のような奴に覚えられていてもいい気分がしなかったからちょうどいい。」

「ふっ…そんな減らず口でいられるのも今のうちだけだ。」

ボルトは俺に向かって手を挙げると雷弾を放つ。

だが、俺は片手でそれを受け止めると地面を踏み込み、奴の目の前に移動した。

「なっ!?」

奴が驚き、目を見開いている隙に奴の体を掴むとビルの屋上から飛び降りた。

奴は俺から離れようと必死に暴れるが俺の手からは逃れることはできなかった。

「何故っ、電子化することができないっ!!!」

「さぁな、俺も詳しいことは知らん。だが、これでお前は逃げることができない。」

暴れるボルトを必死に掴み、ビルとビルの間から真っ直ぐに落下していく。

下ではジョウが奴を捕らえるために作り出したボルト専用の箱が置かれているのが見える。

そして俺は何とかボルトを下に置かれた箱へと閉じ込めると急いで蓋を閉じた。

「ここから出せっ!!!」

ドンッドンッと箱の中を叩く音が聞こえる。

あまり信用してはいなかったがどうやらジョウの作ったこの箱から逃げ出すことができないらしい。

「中で大人しくしてろよ。」

そう言いながら俺は箱の中に準備していた催眠ガスを噴出する。

「何をっ…いれ……。」

中で暴れていたボルトの声は次第に聞こえなくなり、俺は箱を持ち上げるとごみ収集車の中へと投げ入れた。

そして辺りに人がいないことを確認し、車に乗り込むと扉を叩いて合図を送る。

サイドミラーから変装をしたジョウの姿が見え、俺に親指を立てると車を発進させた。

そして、しばらく道を走り、心のアジトへと到着すると俺はボルトの入っている箱を持ち上げ、ジョウと中へ入っていく。

俺達はあらかじめ準備をしておいた牢屋へと箱を投げ入れると心の元へと向かった。

「お疲れ様。案外、簡単だったわね。」

「ああ、思ったよりもスムーズに進んだよ。後はあいつが目覚めるまで待つのか?」

「そうね、私は私でボルトの中を覗いてみるわ。貴方は少しの間、休んでいたら?」

「ああ、そうさせてもらうよ。」

心は箱の中で眠っているボルトから何か情報を得ようとしていた。

俺はそんな心の邪魔をしないように部屋から出ると廊下を歩いていく。

「おい…止まれ。」

後ろから声が聞こえた。

そして俺の頭の後ろでカチッと音が聞こえる。

「ジョウ、くだらんことはやめろ。」

「凄いな…よく私だって気いたな。」

「こんなくだらんことするのはお前ぐらいだろ。」

後ろを振り返るとジョウが笑いながら立っていた。

元気そうな顔を見れて何よりだ。

だが首元からはあの時の痛々しい傷跡がまだ残っている。

「具合は?」

「絶好調だよ。まるで死から蘇ったスーパーヒーローみたいだ。」

彼女はそう言うと力こぶを作り出す。

だが、そんなものは出来ておらず貧弱な体しか目に入らない。

「そりゃ、よかった。そんで何か用でもあるのか?」

「んっ…用ってものは無いんだが…。その…あの時のこと…まだちゃんとお礼を言っていなかったからな。その……助けてくれてありがとう…。」

ジョウはそう言うと顔を紅くしていた。

こいつも俺に似て不器用なところがある。

人にお礼を言ったこと自体があまり無いのだろう。

「ああ、次はちゃんと逃げ切れよ。」

「…分かってる。そうだ、一緒に名無しの元へと行かないか。少し心配でな。」

ちょうど俺も風花の様子を見に行こうとしていたところだった。

俺達は廊下から少し歩き風花の元まで移動した。

部屋に入ると風花はまだ目を覚ましてはおらず、寝むったままだ。

「お前はこの子の素顔を見たのはあの時が初めてか?」

「ああ、そうだな。だけど、その時はスピードのことでいっぱいいっぱいだったからな、あんまり見ていなかったが…。これは…昔からの傷か?」

ジョウは何も言わずに頷いていた。

風花の顔は目元が焼かれ下瞼と上瞼とくっつき、頭皮には髪の毛と呼ばれるものは生えていなかった。

「彼女は誰にも見られたくなかったのだろう。だから、あのマスクをはめた。」

「お前は風花の過去をどれだけ知っているんだ?」

「……お前以上だよ。私は随分と前から…彼女と出会っているからな。彼女のこの傷の理由も…分かっている。」

それは初耳だ。

ジョウと風花は最近、知り合った仲だと思っていたが。

「…さっきからうるさいですよ。陰口なら…私のいないところで言ってください。」

風花から声が聞こえ、俺とジョウは同時に彼女の名前を呼ぶ。

「風花っ!!!」

「…そんなに叫ばなくても…聞こえてます。」

俺達が近づくと彼女はとても鬱陶しそうにするが口元はにやけていた。

「怪我はっ、体の具合はっ、腹は空いてないかっ?」

ジョウがそう言いながら風花の頬をペタペタと触ると。

「あーっもうっ、大丈夫ですから。離れてくださいっ。」

と言い、風花はジョウを引き剥がした。

「まったく……私のことなら大丈夫ですよ。それよりも………彼は…。」

彼とは恐らくスピードのことだろう。

さてと…あいつのことをどう説明するか。

「あいつは……その…。」

「…やっぱり…答えなくても大丈夫です…。なんとなく…分かりましたから。」

それ以上、彼女は口を開くことはなかった。

俺達はすぐに医者を呼び、風花の容体について調べてもらう。

その間に心からボルトが目を覚ましたとの通信が入り、俺はジョウと別れ、心の元へと向かった。

風花はこれで二回も目の前で人を亡くしたんだ。

今はそっとしておく方がいいのかもしれない。

それにジョウならあいつを慰めることができるかもしれない。

風花のことを考えながら歩いていると気がつけばいつのまにか目的の部屋まで着いていた。

ここからは気持ちを切り替えなければ、あいつから少しでも情報を得るために。

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