第7話

「うぉっ…なんだ?」

…初っ端から…パシッとは決まらないものだな…。

散乱したゴミの山を掻き分けて俺はストーンの前へと姿を現した。

「お前は…誰だ。そんなコスチュームなんか着やがって…ヒーローかなんかのつもりかよ。」

「いいや、只の通りすがりだ。そんなことよりも彼女を渡してくれ。」

「はぁ?何、寝ぼけたこと言ってやがんだ…。そこを退け。」

ストーンは呆れた様子で俺の体を押しのけて歩いて行く。

突然、現れた俺のことをストーンはただの間抜けだと思っているらしい。

「待て、お前は何故、そのような人攫いをしている。」

「何を勘違いしてるかしらねぇが、こいつは悪党なんだよ。だから、今、警察へ引き渡そうとしてる所だ。分かったんならうちに帰んな、生ゴミ臭いんだよ。」

さてと、どうしたものか。

彼奴の言っていることは恐らく嘘だろう。

だが、このまま、行かせるわけにももちろん行かない。

武器を置いてきてしまった俺には力づくで奪うことが出来るわけでもない。

いや、待てよ…そういえば腰にボールのようなものが付いているな。

「ジョウ…聞こえるか?この腰に付いている球は?」

「腰?ああ、それは…煙玉だな。目くらましに使えるかと思ってな。」

煙玉か…使えるかもな。

だがまずは彼奴から美樹を引き剝がさないといけない。

「おいっ、ちょっと待ってくれっ。」

「まだ、何かあんのか…。いい加減にしねぇとぶっ飛ばすぞっ。」

こんな奴にこんなことを言いたくはないのだが…やるしかないか…。

「いや、そんなことを言わないでくれよ。お前さん、よく見たらあのストーンじゃないか。俺、あんたに憧れてヒーローになろうと思ったんだよっ。」

「あっ…?俺に憧れてだと……お前…意外と見る目があんじゃねぇか。それによく見たらお前のコスチュームもイカしてるしな。ちょっと生ゴミの匂いがするが…。んで、お前の能力は?」

「俺の能力は……空を高く飛ぶことが出来るんだ。」

「空を高く飛ぶ…か、いい能力じゃねぇか。ちょっと見せてくれよ。」

くっ…なんて屈辱的なんだ…。

何でこんなクソみたいな相手に下手にでなければいけないのだ。

だが、どうやら警戒心は解けたみたいだな。

「ああ、分かったっ。見ていてくれっ。」

よし、後は美樹を…。

俺は地面に深く腰を落とすと奴の頭上の上へと飛び上がる。

飛び上がる瞬間に奴の足元へと転がしていたスモークが作動し、大きな音を立て、爆発をした。

「なんだこれはっ…ゴホッ…ゴホッ。」

奴が煙に気を取られているうちに俺は美樹を奴から引き剥がすと急いで奴から離れていく。

どうやら作戦は成功したようだ。

「くそがっ!!!テメェ騙しやがったなっ。」

奴は煙の中から姿を現わすがその時には俺はもうビルの屋上へと逃げていた。

奴に捕まる前にささっとここから逃げ出さないと。

「何処へ行く気?」

頭上から声が聞こえ、空を見上げるとそこには背中に翼を生やした女性が空を飛んでいた。

彼女もストーンと同じチームに入っているヒーローだ。

名前は確か、フェザーと呼ばれていたはずだ。

下にはストーン、上にはフェザー…か。

これはさらに面倒なことになってしまった。

奥にはもう一人誰かが隠れているのが見える。

あれが誰かは分からないが今のこの状況はとてもよろしくない。

奥のやつが何なのかは分からないがもしヒーローの一員だとしたら、三人から逃げ出さなきゃ行けないことになる。

いくらなんでも分が悪すぎる。

「ジョウ、聞こえるか?まずい状況になった。」

「分かっている。だが、安心しろ。こんな時のために助っ人を呼んである。」

助っ人だと?

一体、誰のことだ。

彼奴はぼっちではなかったのか?

「ねぇ、聞いてるの、貴方に聞いているのよ。彼女を攫って何処へ行くつもりなのかしら?」

「攫ったのはお前達の方だろう。」

「いいえ、私達は彼女を安全な場所へと連れて保護しようとしただけよ。」

「そうか、あのデカブツは悪党を捕まえたから警察へ引き渡すと言っていたが?」

フェザーは舌打ちをすると俺の前へと舞い降りた。

「出来れば、こんなことはしたくないのよ。だから、大人しくその子を渡してちょうだい?」

「お前達はこの子を攫って何をしようとしているんだ。お前達の仕事は悪党から世界を救うことなんだろう?」

「ええ、その通りよ。世界を救う、そのためにはその子が必要なのよ。」

世界を救うために美樹のことが必要…。

この女が何を言っているのか俺にはさっぱり理解できない。

「何故、この子が必要なんだ、そのわけを教えろっ。」

「残念だけど、部外者の貴方には話すことは出来ないわ。」

「だったら俺もこいつを渡すことはできない。」

話したところで美樹を渡すつもりはさらさらない。

「貴方に渡す気がなくてもその子は貰っていくわ。その子には貴方が知らない力を秘めているの。その力さえあれば、世界は平和に近づくことが出来る。だから、大人しく、その子を渡してはもらえないかしら?その子のことは悪く扱わない、約束するから。」

美樹は世界を救うほどの力を持っているだと、このクソ女は何を言っているんだ。

「お前の話を聞いて、こいつを渡すことはできなくなった。だから、さっさと俺の前から消えろ、クソ女が。」

「つまり貴方は私達と戦う道を選ぶってわけかしら?…そう、それならおめでとう、これで私達と戦う理由ができたわけね。これで心置きなく、貴方はヴィランとして生きていけるわ。」

「ふんっ、それでも構わん。それに今のでわかった、お前達が正義の名を勝手に名乗っている異常者だってことがな。」

俺はすぐに腰につけていたスモークをその場に落とし、辺りを見えなくさせる。

「私をあの馬鹿と同じだと思わないことね。」

フェザーはその場で飛び上がり、翼を羽ばたかせると煙を払う。

だが、その間に俺は奴の真下を通り過ぎ、ビルからビルへと飛び移る。

「それで逃げ切ったつもり?」

だが、奴はすぐに俺の目の前まで舞い戻る。

考えていたよりも動きが速い…鬱陶しい女だ。

ストーンほど打たれ強くはなさそうだが、攻撃をしかけてもかわされてしまうだろう。

思っている以上に面倒な相手に目をつけられてしまった。

「ジョウ、まだその助っ人やらは現れないのか?」

「いや、さっき到着したと連絡が来たが…。」

ならば何故、姿を現さない。

本当に信用していい助っ人なのか…。

「さっきから誰と連絡を取っているのかしら?貴方の相手は目の前にいる私でしょ?そんな余裕あるの?」

もしかしたら奴らにはまだジョウのことを知られていないのかもしれない。

だが、このままだとすぐに奴の居場所も知られてしまうだろう。

必死に逃げ道のことを考えながらビルとビルの間を飛び越えてフェザーから逃げていると奴が俺の目の前にブーメランのような武器を投げつけてくる。

「しまっ。」

だが、武器が当たる直前で何者かが武器にめがけて何かを投げつける。

そのおかげで武器は遠くへと弾かれていくのが見えた。

どうやら、ジョウの言っていた助っ人とやらが助けに来てくれたようだ。

「聞こえますか?今から私の指示に従って逃げてください。」

無線から加工した音声が聞こえてくる。

「誰だか知らんが分かった。」

助っ人の指示に従い、動いているとビルの屋上で誰かが立っているのが見える。

こいつがさっきから指示を出してくれていた相手らしい。

「自己紹介は後にしましょう。後は…私にお任せ下さい。バイクはこの下に停めてあるので…。」

俺は頷くとビルから飛び降り、バイクに跨る。

「あんた…邪魔をしないでくれるかしら…。」

「…残念ですが…それはできません。」

上から声が聞こえるがそんなこと御構い無しに俺はバイクを走らせた。

「待ちやがれっ!!!」

後ろから声が聞こえ、突然、後ろから車が投げ込まれてくる。

車は俺達の頭上を越えると俺達に当たることはなく、道路の端に停めてある車へと飛んで行った。

「くそがっ!!!!テメェの顔、忘れねぇからなっ!!!!」

「安心しろよ、今度、相手してやるからよ。」

小さな声で呟くとアクセルを全開にし、街から遠ざかるために道を走っていく。

だが、目の前には腕を組んだ男が立っていた。

あの男には見覚えがある。

忘れもしないあの男だ。

バイクを止め、身構えるが男は何もしようとはせずに俺の横を通り過ぎていく。

たった数秒ほどしかたっていないはずなのに俺の体からは滝のように汗が流れていた。

今の俺では勝てない。

そう言わざるを得ないほどのものがあの男にはある。

奴の背中を見えなくなると俺はまたバイクを走らせた。

彼奴とはいずれ戦わねばならない。

俺は彼奴に勝つことができるのだろうか…。

後ろの美樹の顔を覗く。

何とか目的通りに美樹を取り返すことができた、だけど何故、彼女が攫われたかは謎のままだ。

この子はただの子供だ。

何か力があると奴らは言っていたがそんな力があるとは思えない。

ヨダレを垂らしながら呑気に寝ている彼女が世界を救う。

彼奴らの言っていることは本当なのだろうか。

ただ一つ思ったことは気を失っているとはいえ、あれだけの騒ぎの中を寝ていることができるなんて…本当にこいつは信じられないほど図太い神経をしているってことぐらいだ。

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