第23話 エピローグ

 ガンボ村でのミスリル鉱床の調査は無事終わり、ラプタスに戻ってきて三日が過ぎた。




 調査報告は冒険者ギルドと鍛冶ギルドの連名で領主様にされた。


 領主様もすぐに動いてくれるそうだ。


 もちろんガンボ村の援助もやってくれるらしい。




 私はその間、ほぼ箱庭でセヨンの質問攻めにあっていた。


 買い物と野暮用で外に出た以外、自由なんてなかった訳で、さっきようやく解放されたのだ。




「まだ聞きたかことはあるぞ? トンボが勘弁してくれって言うけん我慢しとーだけで、なんならまだ続け「つー訳で! 今日はお休みだ! のんびりするぞ! とりあえずオーダー“大樹”」」




 セヨンの言葉を遮りながら、私は薬草草原のど真ん中にでっかい樹を作り出す。


 モデルは、このー樹なんの樹気になる樹だ。




「全員集合ー!」




 そして箱庭中に響くように声を掛けると、私のペット達が集まってくる。


 私の寿命が延びたので、コイツらとも考えていたより遥かに長い付き合いになりそうだよな。




「おらっ! セヨンも休んどけ!」


「うわっ!」




 私は大樹の木陰にコタローを伏せさせると、それをクッションにしてセヨンの腕を掴み一緒に寝転がった。




『ま、またですか主殿』




 だって抱いて寝るなら、ペットの中ではコタローが一番だからな。




『ぼくもー!』『ーーん!』




 するとピンがエメトが私達の隣に寄り添うように座り込んだ。




『自分デカ過ぎなんで、寝る場所探すの大変っす』




 カルデラは大樹の後ろに巨体を横にし、大樹ごと私達を囲うように首と尻尾を伸ばしてきた。




 全員で横になると、私は一息吐いた。




 暖かな木漏れ日に涼やかな風、草木のざわめきに混じり、遠くに川のせせらぎが聞こえてくる。




 時は春


 日はあした


 朝は七時


 片岡に露みちて


 蝸牛かたつむり枝に這ひ


 揚雲雀あげひばりなのりいで


 神、そらに知ろしめす。 


 すべて世は事もなし。




 そんな詞を思い出した。


 ロバート・ブラウニングだったかな。


 劇の中で、罪を犯した人間がその罪の重さを悔いている時に、横を通った少女が歌ったものだ。




 神の視点から見れば、人の世の騒動や幸不幸など、世界にとって些細な事でしかない。


 そんな意味の込められた詞。




「なぁ…………セヨンは箱庭の管理者に成りたいか?」




 私は傍らのセヨンに語りかけた。




「ピン達みたいに?」


「ああ、そうするとたぶん寿命が延びるぞ」


「へぇー、そうなったら、ずっと魔道具ん研究ができてよかかもね」


「…………なら」


「ばってん、うちゃよかよ」




 きっと私は、セヨンが望むならセヨンを管理者に加えていただろう。


 よく話し合うようにと神様に言われたが。


 それでも長くなった寿命というのが怖くなり、友達として共に生きてくれる人が欲しくなったからだ。


 私は多分、ドワーフより、エルフより、長く生きることになるから。




 しかし、セヨンはそれを断った。




「理由を聞いてもいいか?」


「だって……うちゃドワーフとして立派な人生ば全うして、父祖ん地カルーアで眠る両親に、頑張って生きたっちゃんって、伝えないかんけんね。もちろんトンボん事も……」


「そうか……悪かったな変なことを聞いて」




 そうだよな。


 セヨンにはセヨンの生きる人生があるんだ。


 私がそれを歪めちゃいけないよな。




 やっぱり神様なんて柄じゃないな!


 私は頭をかいて寝返りをうつようにセヨンに向き直った。




「実はセヨンにプレゼントがある!」


「ん? なんや一体?」




 私はポーチからゴーグルを取り出してセヨンに渡した。




「こりゃゴーグルか?」




 セヨンが工房で作業する時によく使っているゴーグル。


 それと同じものを買ってきたのだ。




「ただし、普通のゴーグルじゃないぞ?」




 私の鑑定眼鏡と同じく、レンズを外して私の壁魔法を張り付けてある。


 並みのガラスより遥かに硬いので割れる心配もなく、なにより。




「それを通すと他人のステータスが見れる」


「《鑑定》スキル付きん眼鏡?!」


「しかも私が作った」


「先ば越された?! 悔しかー!」




 ニヤリと挑発的な笑みを向けると、セヨンは寝転がったまま手足をバタバタさせて悔しがった。


 スキル付きの魔道具開発はセヨンの悲願だからな。




「つっても、ゴーグルに壁魔法でレンズを作ってハメただけだから、正確には魔道具じゃないけどな」


「壁魔法ん中にはステータスば見るー魔法なんてあるんか?」




 おそらく壁魔法を通して、こっちの箱庭にアクセスする事でステータスを参照できているんだろう。


 もしかしたら普通の《鑑定》スキルより性能は上かもしれない。




「ああ、便利だぞ。それにお揃いにした」




 私はもうひとつ同じゴーグルを取り出して見せる。




 私の鑑定眼鏡のオリジナルは元々中古品だったからか、ポーチのポケットに入れていたら留め具が壊れてしまったのだ。




 その点ゴーグルなら頑丈だし、帯を緩めれば常に頭に着けていられて、使い勝手が良さそうなのでついでに私の分も用意したって訳だ。




「それ着けて私を見てみろ」


「う、うん、わかった」




 セヨンは髪の毛が邪魔にならないように、一度首にゴーグルを通してから顔に装着した。




「おお! 本当にトンボんステータスが見るー! って……え? トンボ、種族が……それに神……見習い?」




 今セヨンが見ている私のステータスはこれだ。






○トンボ 人間(現人神(閲覧不可))・女 15歳




 職業・冒険者 (テイマー)・神見習い(閲覧不可)




 スキル


 《壁魔法lv6》《威圧lv2》《指揮lv2》《従魔術lv3》《交渉術lv1》《精神耐性lv5》《状態異常無効》《魔法技能取得不可(閲覧不可)》《異世界言語翻訳(閲覧不可)》




 称号


 《ガンボ村の救世主》《ダンジョン攻略者》《転生者(閲覧不可)》《箱庭世界の壁魔法使い(閲覧不可)》《神の後輩(閲覧不可)》






 現人神あらひとがみってのは、人の世に人の姿で現れる神の事だ。




「この前の質問な……あれ半分嘘になった。私はどうやら神様見習いらしい……不本意だがな」


「えぇー?!」




 セヨンにわざわざ正体を明かしたのにも理由がある。




 私は咳払いをしてから、威厳たっぷりの声でセヨンに語りかけた。




「私マカベ・トンボが神託を降す。これからも変わらず色々隠すのを手伝いなさい……よいですね? 神の使徒セヨンよ」


「ぷっ、あははっ! なんばいそれ! 似合わんなトンボ!」




 上手く女神っぽく喋れていたのに、セヨンの奴は吹き出して腹を抱えて笑いやがった。




「うるせー! だから神なんて面倒なんだなよ!」


「ぷくくっ、ばってん転生者っていう事は、トンボは死んだ後に神に成るためん研修ばしとーってことなんか?」


「そうだよ。こことは別の世界で死んで、こっちの神様に拾われたんだが……私が神見習いだってのはダンジョン出た後に教えられた」


「別ん世界とはたまがった!」




 “たまがった”とは“驚いた”って意味だ。


 セヨンの博多弁にも随分慣れてきたな。


 でも九州の豚骨ラーメンとか食いたくなるわ。




 それにしても研修か……上手い例えだな。つまり私は新“神”研修生ってことか。




「まぁ、今ステータスを見たように、私には秘密にしておきたい事が沢山ある。だからセヨンにはこれからも協力して貰いたいんだが……」


「よかよ友達やろ?」




 自分から私が神だなんて言うやつは、胡散臭いと思う。


 それに、私が神だと知ってセヨンの態度が変わるんじゃないかって不安もあった。




 でも、セヨンは変わらず私を友達だと呼んでくれた。


 私はそれが嬉しかった。




「それにトンボん側に居れば研究対象に困ることはなさそうばい!」


「そっちが本音か!」


「どっちもばい! ドワーフん研究者としたっちゃ、トンボん友達としたっちゃ、うちもこん箱庭ば守り、発展させる事に協力するばい!」




 そうだった、セヨンは研究バカなんだっだ。


 元々管理者なんて柄じゃなかったな。




「なら私のダチとして、箱庭の研究者として、これからもよろしくな! セヨン!」


「ああ! 任せろ!」




 私とセヨンはがっしりと手を合わせた。




「それじゃあ、セヨンにも仲間の証を渡しておこうか」


「む?」




 外にゴーグルを買いに行った時に、鍛冶ギルドでモヒートさんに頼んだんだが、領主様に提出する報告書作りで忙しいだろうに、最優先で作ってくれた物。




 セヨンの髪色に合わたミスリル製で、細かく妖精が彫刻され、真ん中にセヨンの瞳と同じ紫色の石がはめ込まれた腕輪だ。




「これがセヨンの仲間の証だ。これで皆お揃いだな」


『ぼくもー!』『ーーん!』『拙者も!』




 小さいペット達もセヨンからもらったトンボ玉とトンボ玉の付いた首輪を、セヨンに見せていた。




「あ、ありがとう」




 珍しくセヨンが照れていた。




「あれ? でもこれガラス玉やなか?」


「ああそれ、紫のガラス玉がなかったから、死王の魔石を使った」




 ピンが密かに回収してくれていたのだ。




「ええ?! Aランクん魔石がただん装飾品だなんて勿体なか! これがあれば色んな魔道具が試作しきるとに! くぅ~!」


「嬉しいからって泣くなよセヨン!」


「悔し涙ばい!」




 外して魔道具にしたり、研究することもできるだろうに、そんな事をする気はないらしい。


 本当に義理堅い奴だよ。




『あの~、自分それ持ってないんすけど?』


「「あっ」」




 首を伸ばして顔を寄せたカルデラが、ボソリと呟いた。


 カルデラの分をすっかり忘れていた。




『姐さんヒドイっすよ! 自分も欲しいっす!』




 欲しいっす欲しいっすと地団駄を踏むカルデラ。


 途端に喧しくなったな。




「しょうがない……セヨン、カルデラの分も頼むよ」


「ああ任せろ! みんな仲間やけんね!」


『なかまー!』『ーーん!』『はっ!』『やったーっす!』




 この日はそのままのんびりして過ごした。






 こうして私は箱庭世界の神様見習いになったけど、やる事は変わらない。




 すべて世は事もなし。


 死なないように、平穏な毎日を送るだけだ。




第一章『箱庭の神様見習い』・完






ーーー




トンボの従魔ステータス






○ピンドット ウォーターエレメントスライム・無性 0歳




 職業・トンボの従魔




 スキル


 《水操作lv6》《暗殺術lv2》《気配遮断lv1》《火属性耐性lv3》《物理無効》《成分変換》《分体》




 称号


 《水の管理者》《箱庭の住人》








○エメト アースエレメントゴーレム・無性 0歳




 職業・トンボの従魔




 スキル


 《土操作lv6》《芸術lv2》《工作lv2》《水属性耐性lv3》《物理無効》《怪力》《分体》




 称号


 《土の管理者》《箱庭の住人》








○コタロー ストームエレメントウルフ・メス 13歳




 職業・トンボの従魔




 スキル


 《風操作lv5》《爪撃lv3》《栽培lv2》《気配遮断lv2》《気配察知lv5》《土属性耐性lv3》《健脚》《分身》




 称号


 《風の管理者》《箱庭の住人》








○カルデラ フレイムエレメントドラゴン・オス 0歳




 職業・トンボの従魔




 スキル


 《火操作lv3》《竜術lv5》《威圧lv6》《飛行術lv1》《竜鱗》《分身》




 称号


 《火の管理者》《箱庭の住人》


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る