第8話 薬草採取ともふもふ


「ここはいい感じに風が吹いてるなぁ」




『ふいてるー』『ーーん』




 色々確認しながら森を進んでいた私達は、遂に薬草の生えていそうな場所を見つけた。




 私は地面しゃがんで、生えている草の根本を確認する。


 薬草になった草は根本が青く変色するらしく、冒険者はそれを目印に採取するんだとか。


 これもセヨン情報だ。




 地面に生えた草は根本が青かった。これは薬草だ。


 しかもかなりの数が生えてるみたいだ。


 風の魔力があれば薬草はすぐに増えるから、群生地から根こそぎ採取してもいいらしい。


 なので、ちょっと試してみたいことをやってみよう。




「ピン、エメト、今から分体を沢山作って送ってくれ。とりあえず30体ずつ」




『わかったーまかせてー』『ーーん』




 二匹に伝言を頼む。


 分体と本体は別れていても相互連絡や感覚の共有ができているので、分体の二匹に伝えれば本体にも伝わるのだ。




「壁魔法『箱庭世界クリエイトワールド』からの“転送”」




 私は箱庭世界を発動して転送させる。


 だだし、こちら側から向こうへではなく、向こうのものをこちら側に。




『『『わーい!』』』『『『ーーん!』』』




 白い箱から次々に、分体サイズのピンとエメトが飛び出してくる。


 その数約30体。


 うん、リクエスト通りだ。




「整列ー!」




『『『はーい!』』』『『『ーーん!』』』




 私が言うとあっという間に、ピンとエメトはそれぞれ三列ずつに整列した。




「よーし、今から皆には薬草を採取してもらう」




『やくそうだってー』『ーーん?』『さいしゅたのしみー』『ーーん』『たくさんとろーね!』『ーーん!』




 私の言葉に反応してみんながざわざわと騒ぎだす。


 なんか幼稚園か小学校低学年の引率をしている気分だ。


 私は手を叩き注目を集める。




「ハイハイ、エメトが薬草を根っこごと引き抜いて、ピンが根っこを乾かさない様にしつつ、アイテムボックスに入れていってくれ」




『『『はーい!』』』『『『ーーん!』』』




 元気に返事をしてみんな散らばっていく。


 私はアイテムボックスを作り地面に置いておく。ピンには私の権限を一部譲渡しているから、アイテムボックスに物を出し入れできるのだ。当然エメトもな。




 みんなの様子を見ていると、二匹一組になって作業している。


 エメトが《怪力》で草を引き抜いて《土操作》で余計な土を落とし、ピンが《水操作》で根っこを適度に湿らせるように包みながらアイテムボックスに運んでいる。




 ちょこちょこワイワイ楽しそうに薬草を採取していくが、その採取スピードは異常だ。


 これぞピンとエメトの《分体》を使った人海戦術!


 人じゃないがな。




「さて、試したいこともできたし、二匹ばかりに働かせる訳にもいかないよな」




 私もみんなに混じって薬草採取を開始した。


 薬草はかなり広く群生しており、草むしり感覚でどんどん採取していく。


 納品時に数えやすいように、近くの木からむしった細い蔓で、十本一束で纏めておく。




 どれぐらい採取していたか、かなりの量の薬草が採取できた。


 そろそろみんなを止めようかと立ち上がった直後、周囲のピンとエメトが騒ぎだした。


 そして私の足を引っ張って、どこかへ連れていこうとする。




『たいへんだー! ごしゅじんたいへんー!』『ーーん! ん!』『たすけてっていってるー!』『ーーん!』『こっちだよこっちー!』『ーーん!』




「な、なんだ? どうした?」




 二匹の話しは要領を得ないが、どうやら薬草採取の為に広がっていた個体の中の一組が、何かを見つけたらしい。


 分体は別れていても意識は繋がっているから、それが伝わって一斉に騒ぎはじめたみたいだ。




「わ、わかったよ! とりあえず案内してくれ!」




 私はピンとエメトの集団に案内されるままに、森の奥に分け入っていった。




 たどり着いた先は木々が薙ぎ倒され、森の中なのに開けた場所になっていた。




 そこには3メートル近い巨大な白狼がいた。


 白狼は唯一残った木に寄り添う様に、横になっている。




「お、狼?!」




 私は咄嗟に身構えたが、すでに集まっていたピンとエメトが白狼の周りに居ても、襲うことなくおとなしくしている白狼を見て、ゆっくりと警戒を解いた。




『けがしてるのー』『ーーん』




 よく見ると白狼のお腹の毛皮が赤く染まっていた。




「あれは確か、マーダーグリズリーだっけ……?」




 私はそこで、白狼の寄り添う木の後ろに倒れたまま動かない、三匹の熊の存在に気が付いた。


 多分熊が白狼を襲って返り討ちにあったのだろう。


 そしてその時に白狼は傷を負ったって所か。


 白狼の息もどこか荒い。深い怪我なのだろうか?




 ふと白狼と目が合った。


 深い翠の瞳が綺麗だった。


 その目が一瞬すがるように揺れた。


 そういえば、ピンが助けてほしいと言っていると、言っていたな。




「はぁ、仕方ないか。ちょっと怪我の様子を見せてもらうぞ」




 私は白狼の側まで歩いて近づいて、お腹を見せてもらった。


 不思議と狼は私に敵意を向けず、大人しくお腹を見せてくれた。


 私がピンとエメトの主だと理解しているからか?




「うわぁ……」




 狼の怪我は思った以上に深く、開いた傷口からは内臓が飛び出している。


 素人目にも、もう助からないように見えた。




「そうだ! セヨンから貰った回復薬!」




 ギルドに行く前に、セヨンが冒険者になるお祝いと言って渡してくれた回復薬があったんだった。




 私はポーチから回復薬を取り出した。


 丸い瓶の中に緑色の液体が入っている。


 水薬。所謂ポーションというやつだ。




「使い方はかけるだけって言ってたっけ。薬をかけるぞ。染みるかもしれないけど我慢しろ」




 私そう言うと、白狼は静かに頷いた。


 頭の良い子だ。




 私は瓶の蓋を開けて、中身を白狼の傷付いたお腹にかけた。


 ぐうぅ! と白狼が低い唸り声をもらした。


 回復薬をかけた傷は確かに小さくなっていった。しかし、そこ止まりだった。


 塞がりかけた傷からは再び血が流れ出した。


 傷が深すぎて回復薬では治しきれない。




「これは……」




 回復薬で白狼にできたのは延命だけだった。


 もう手遅れだ。助からない。




 狼と目が合うと、私のそんな思いを悟ったのか、諦めたような目をしてぐったりと顔を伏せた。




 私はその目を知っていた。


 あの時、血溜まりに映った私の目だ。




「駄目だ! 諦めんな!」




 その目が気に食わなかったから、私は思わず叫んでいた。




「お前は私が助けるから、そんな目をするな!」




 狼の目が再び私を見る。


 私は狼を安心させる様に頷くと、手を広げて魔法を発動させた。




「壁魔法『箱庭世界クリエイトワールド』!」




 ピンとエメトは世界に溶けて混ざり生まれ変わった。


 なら、白狼にも同じ事ができるはずだ。




 現れた白い箱を片手に浮かせ、私は狼を誘った。




「お前は今日から私の箱庭の住人だ……“転送”」




 光が私と狼を包むと箱の中に吸い込まれていった。




 箱庭世界に入ると、狼は急に景色が変わった事に狼狽えていた。


 私は傷口が痛まないように、その首筋を撫でて落ち着かせる。




「お前には今日からこの箱庭で、風の管理者になってもらう。いいな?」




 私のほぼ決定事項に等しい問いかけに、白狼は確かに頷いた。




 私はピンとエメトにしたように、権限の一部を白狼に譲渡する。




 すると、箱庭世界の風が全て集まっているかのように、暴風が白狼に雪崩れ込んだ。


 息を吹き込んだ風船が膨らむように、白狼の身体がミチミチと音を立てて肥大化していく。


 お腹の傷はその過程で塞がり、牙は大きく、爪は鋭くなっていく。




『ウオォーーーン!!』




 遠吠えと共に小さな竜巻が白狼を包んだ。


 周囲に強風が吹く中で、不思議と私にだけは優しい風が吹きつけている。




 その竜巻が収まると、5メートルほどにまで成長した白狼が姿を表した。


 大きく進化した白狼は恭しく私に頭を垂れた。




『我が主殿よ、命を救って頂き感謝致します。このご恩はこれからの働きで代えさせていただきます』




 白狼の声は女性らしい柔らかなものだった。


 メスなのか?


 あと少し喋り方が硬い。




「外に出ることはできか?」




 箱庭世界を使っている間、外側はどのようになっているかわからないので、早めに戻る必要がある。




『分身が創れぬか試してみます』




 白狼がそう言うと、風が一ヵ所に集まり一匹の狼の形を象った。


 ぽふん! と軽い音と共に風の中から豆柴ぐらいの大きさの子犬が現れ、尻尾を全力で振りながら飛び跳ねはじめていた。




『主殿、拙者を連れていくでござる!』




 ござる口調の豆柴は、私の足にすがり付き舌を出して大喜びだ。


 なにこれマブい。




『未熟……作った肉体に精神が引っ張られているようです』




 私が白狼を見ると、どこか渋い顔をしていた。白狼的には不本意らしい。


 私はむしろ可愛いペットが増えて嬉しいけどな。




「じゃあ、ピンとエメトとも仲良くな。頼んだぞ」




『はっ! かしこまりました!』




 狼の返事を聞きながら、私は足下の豆柴を抱いて箱庭の外に出た。

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