第6話 身分証ゲット

 ピンとエメトの二匹を管理者にした翌日、私はセヨンに案内されて冒険者ギルドに来ていた。




 無論身分証を作る為だ。


 身分証だけなら、商人ギルドでも問題ないらしいけど、今のところ商売なんて思い付かないので、仕事の種類の多い冒険者ギルドを選んだ。




 冒険者ギルドは西部劇で見るような、スイングドアの入口だった。


 ギルドの看板には自由を象徴しているらしい、羽の意匠が彫られた看板が置かれている。


 セヨンは鍛冶ギルドに用事があるらしく、冒険者ギルドの前で別れた。




 私が冒険者ギルドの中へ入ると、いくつもの視線が突き刺さる。


 主に私の両肩に対して。


 ちなみに当然ピンとエメトも一緒に冒険者ギルドまで来ている。


 そして二匹は私の肩に乗っている。


 注目されているのは、どうやらピンとエメトらしい。


 小型とはいえ、野良化すれば魔物として扱われるらしい魔法生物だから、冒険者としては注意する対象なのか?




「すんません、ギルドに登録したいんすけど」


「ようこそ冒険者ギルドへ! 私は受付のエルティスと言います! 気軽にエルとお呼びください!」




 空いている受付カウンターに行くと、元気な受付嬢が挨拶してくれた。


 私と同年代くらいの可愛い女の子だ。


 やっぱりギルドの顔になる受付嬢は、可愛い所を採用しているんだろうか?




「冒険者ギルドへの登録ですね。まずギルドについての説明はいりますか?」


「おう、よろしく」




 私が頼むとエルは丁寧に冒険者ギルドの説明をしてくれた。




 冒険者ギルドは冒険者への仕事の斡旋や、素材の買い取りをしている互助会のようなものらしい。




 冒険者にはランクが付けられている。


 ランクは低い方からE、D、C、B、A、Sの六つに分けられて、これはギルドへの貢献度で決まる。


 貢献度は依頼を達成していくか、新発見があったり、新情報をギルドに売ったり、依頼外での危険な魔物の討伐等で上がる。


 そして依頼にも難度によってランクが付けられていて、依頼は基本的に自分のランクの一つ上が上限だ。




 これは低ランクの冒険者が、身の丈に合わない依頼を受けて死なないようにする為の制度らしいが。


 実際には、低ランクの冒険者がお試し感覚で依頼を受けると、規則で二重受注ができない為、適正なランクの冒険者が依頼を受けられなくなるからっていう理由と、失敗が重なるとギルドの信用問題に関わるからだろう。




 依頼は掲示板に貼り出された依頼票を受付に持って行って受注する。 


 依頼にはいくつかの種類がある。




 討伐依頼。


 指定された魔物を討伐する依頼。


 下水道で繁殖した魔物の間引き、家畜を襲う魔物や、街道沿いに現れた魔物などの討伐が主な内容だ。


 当然討伐証明は必要。




 納品依頼。


 指定された物をギルドに納品する依頼。


 魔物の素材なんかの納品依頼もあるので、討伐依頼と混同されるが、入手方法は問われていない為、最悪買ったものを納品してもいいのだ。




 護衛依頼。


 指定された人物の警護をする依頼。


 街を移動する商人等が盗賊や魔物から身を守る為に依頼する事が多い。内容次第では物品の護衛依頼なんかもあるらしい。




 指定依頼


 冒険者を指定して出される依頼。


 調査や配達など一定の技能が求められる依頼に対して、ギルドから冒険者を指定して出されるものと、個人の依頼者が冒険者を指定して出すものがある。




 他にも常設依頼と呼ばれる、依頼票が無くても受注可能な依頼もある。


 ゴブリン討伐や薬草採取など、他の依頼の片手間に済ませられるものだ。




 これらの依頼の中から自らに合うものを選んで受注するのだ。




 そしてギルド規定。




 これは単純。


 冒険者は一般人へ迷惑をかけず、冒険者同士の私闘をせず、犯罪を犯さず、というやつだ。


 反すれば罰金などのペナルティが課せられる。




「ここまでで何か質問はありますか?」


「大丈夫だ」


「では、冒険者登録をしますので、お名前をお願いします」


「名前はトンボ」




 私が質問に答えていくと、エルがそれを紙に書き込んでいく。




 ちなみに真壁姓を名乗らないのは、この国はファミリーネームを持つのは貴族だけだと知ったからだ。


 不敬罪とか偽称罪とかで無礼討ちなんて笑えないからな。


 ほんと貴族怖い。




 ちなみにセヨンは貴族じゃない。


 人間以外の種族は、先祖の産まれた土地の名前を一緒に付けるのが一般的らしい。


 カルーアの地の血族のセヨンで、セヨン・カルーアって感じだ。


 ややこしいがな。




「トンボさんですね、では次にトンボさんの年齢をお願いします」


「15歳」


「15歳と……ではトンボさんの特技を教えてください」


「それって必要か?」


「例えば《解体》スキル持ちだと、一度に大量の魔物が狩られた時など、ギルドの要請で解体作業を手伝っていただく事があります。報酬も良いですし指名依頼扱いですので、貢献度的にもおいしいですよ」




 《解体》スキルなんていうのもあるのか。


 技能系のスキルは基本的にその人が得意とする技能を表したもので、ぶっちゃけ《解体》スキルが無くても解体はできるのだ。


 ただ、社会的な信用はスキルが有る方が得られるらしい。スキルがあると補正も掛かるらしいし。


 つまり、私にとっての特技とは《壁魔法》以外には無いのだ。




 《状態異常無効》を活かして汚染地帯への派遣や、《異世界言語翻訳》スキルを使った翻訳業とかできなくはないけど、恐らくどっちも普通の人間は持っていないスキルのはずだ。


 だからあまり知られたくないスキルでもある。




「じゃあ……壁作成で」


「え?」


「だから壁作成」




 考えても仕方ないのでそれで押し通すことにした。


 壁作成の特技でくる指名依頼ってあるのか?


 壁の補修の手伝いとか?


 それぐらいなら許容範囲内かな、最悪断れるし。




「わ、わかりました壁作成ですね」




 エルは若干引きつった顔をしていたけど。




「では、最後に公開してもいい戦闘スキルを教えてください」


「……何のために?」




 みんな戦闘スキルなんて、他人に知られたくないだろうに。


 知られたら、襲われた時とか不利になるんだから。




「パーティーを組む時に必要なんです」


「私はパーティーを組む予定はないけど?」




 自分の身を守るのが精一杯なんだから、態々仲間を増やして守る対象を増やすつもりはない。




「依頼によっては、大人数でする仕事も出てきますから。その時にギルドが調整しやすいようにスキルの情報がいるんです。無計画に人員を募れば、受注した冒険者全員魔法使いでした、なんて事になりかねませんから。ちなみにそうやって臨時で組んだパーティーは野良パーティーと呼ばれます」




 最低限、戦闘スタイルがわかるようなスキルが知りたいって事か。


 でも私の戦闘スキルは《壁魔法》だけだ。


 ただこのスキル、神様いわく世界で私だけしか持ってないんだよな?


 それって存在知られてないから意味ないぞ。




 いや、待てよ。


 大人数での依頼を受けなければ問題ないんだから、適当に誤魔化すのも有りかな。




「ん~なら、《従魔術》で。魔法使い兼テイマーなんで」




 テイマーって事で誤魔化す事にした。


 ピンとエメトは私のペットだし、従魔と言っても過言じゃないはず。


 素直に魔法使いって言っても、普通の魔法なんて使えないし、《魔法技能取得不可》の所為で覚えるのも無理だし。




「えっと……ひょっとして従魔は肩のスライムとアースゴーレムですか?」


「そうだけど、何か問題が?」


「い、いえ! 大丈夫です。安全な依頼も多いですからね!」




 小型のスライムとアースゴーレムじゃ説得力不足だったか?


 ピンとエメトは箱庭の管理を任せられるぐらい優秀なのにな。




「以上で質問は終わりです! これからギルドカードの登録をはじめます」




 そう言ってエルはカウンターの裏から、魔方陣の書かれた金属のボードと無地で銀色のカードを取り出した。




「ではカードに血を一滴落としてください」




 登録には血が必要らしい。


 私は渡された針を指に、指に、指に。




「………………あの?」




 刺せずにいると、エルに冷めた目を向けられた。


 だって怖いじゃん。


 麻酔無しで注射打つようなもんだぞ?


 しかし、いつまでもこのままでは進まない。




「くそっ! 南無三!」




 私は意を決して指に針を刺した。


 痛い。




『よしよし』『ーーん』




 頑張った私をピンとエメトが私の頭を撫でてくれた。


 二匹ともありがとう!




 そんなことをしていると、血がカードに落ちて魔方陣が輝きだした。




「おお! 凄い!」




 私は思わず声をあげた。




 溶けるように血がカードに混ざり、銀色のカードが金色に変わり、表面に先ほど質問された内容が刻まれたのだ。


 箱庭世界とは別のファンタジーさに、私のテンションも上がっていた。




「はい、登録完了しました。こちらがトンボさんのギルドカードになります」


「ありがとう」




 私はエルからカードを受け取った。


 ついに身分証を手に入れたのだ。




「ついでにマジックバッグに入っている、魔物の死体の解体と素材の買い取りもお願いしたいんだけど」


「わかりました。では納品カウンターまで移動しましょう」


「受付を空けていいのか?」


「大丈夫ですよ。私は査定係も兼任していますからね」




 受付だけでなく査定もできるとは、エルは有能受付嬢だな。


 案内された先には大きなカウンターがあった。


 奥に大きな扉がある。なんとなくスーパーのバックヤードへの扉に似ていた。


 あの先が解体部屋なのか?




「ここに出してください」




 エルの指示に従いカウンターの上に、アイテムボックスから出した熊の死体を乗せた。




「きゃあ!! ま、マーダーグリズリー?!」




 思っていた魔物と違ったのか、エルが悲鳴をあげて後退った。


 エルの悲鳴を聞いて、ギルドにいる冒険者達の視線が再び集まった。




「マーダーグリズリーだってよ」


「嘘だろ? あんな女の子が狩ったってのか?」


「しかも普通のよりでかい個体だな……」




 ざわめき出すギルド内。


 なんか嫌な予感が。




「おいおい! 昨日森でマーダーグリズリーを狩ったんだが、少し目を離している間に死体が消えてたんだ! さてはお前が盗ったんだろ!」




 顔に傷があるいかにもな悪人面をしたチンピラ男が、そう言いながら近付いてきた。


 嫌な予感が見事に当たったらしい。




「査定と解体ってどれくらい時間が掛かる?」


「えっ?! あの、その……」




 チンピラを無視しながら話を続ける私に、エルは何故か狼狽えてチンピラの方を気にしながら何か言いよどんでいる。


 まさかチンピラの言い掛かりを信じている訳じゃないよな。




「おいっ! 無視してんじゃねーぞガキ!」


「壁一枚、防げ」




 無視された事が気に障ったのか、チンピラが私に手を伸ばしてきた。


 どうせ力で脅そうとか考えてるんだろうし、触られたくなかったので、私とチンピラの間に一枚壁を張って防ぐ。




「あっ?! なんだこりゃ! 壁ぇ?!」




 伸ばした手が突然現れた半透明な壁に遮られ、チンピラが騒ぎ立てる。


 声が本当にうるさい。




「エル、査定と解体に掛かる時間は?」


「えぇ~! トンボさん何をやってるんですか!」


「襲われそうだからガードしてる。特技は壁作成って言っただろ。それより時間は?」


「だから無視すんじゃねぇ!!」




 チンピラが怒鳴りながら殴ったり蹴ったりしているが、壁はびくともしない。


 それにしてもうるさいから話の邪魔だ。


 こういう手合いは地球と変わらないんだな。




「……エル、ギルドでは新人の手柄を横取りする行為は許されてんの?」


「えっ? いえ、勿論他人の狩った魔物を横取りするのはご法度で、罰則の対象です!」


「だってさ、この熊は六枚重ねたその壁にヒビを入れたけど? それもできない奴が、よくこの熊を狩ったなんて言えたもんだな。それに本当に盗られたなら昨日の段階でギルドに報告してるんじゃないのか? それを今更所有権を主張されてもなぁ」




 私がそう言うと、ギルドで話を聞いていた他の冒険者達もざわざわと話を広げはじめた。




「確かにそうだよな」


「ていうか、あいつ誰だよ」


「この前流れてきた冒険者だよ、確かDランクだったはず」


「じゃあDランク冒険者なのに、Cランクのマーダーグリズリーを単独で狩ったとかフカしたのか?」


「俺Cランクだけど、あのサイズのマーダーグリズリーと会ったら即撤退するわ」




 冒険者達の話は、意外にも私に味方する意見が多かった。


 目の前で見たことない魔法を使ったのが効いたのだろうか。


 まぁ、なんにしろこの手のチンピラはナメられたら仕舞いだ。


 無視するか、強気に返すのが一番。




「登録したばかりの小娘なら、少し脅せば手柄を横取りできると思ったか? どうしてもって言うならギルドに言って調べてもらえばいいさ。私がこの熊を仕留めたのは、カルーア工房のセヨンが証明してくれる筈だ」


「ぐっ、そ、それは……!」




 言葉に詰まるチンピラを見て、もう話は終わりと判断し私はエルに向き直った。




「じゃあエル、コイツが疑ってるみたいだから熊は預けておく。容疑が晴れたら解体と買い取りよろしく。取り敢えず今日は薬草採取するつもりなんだけど、常設依頼は依頼票がなくてもいいんだっけ?」


「は、はい! 薬草の納品はいつでも受け付けていますので、直接持って来ていただければ問題ありません」


「わかった、じゃあ行って来るよ」


「あっ! おい、てめえ! 待ちやがれ!」




 諦めの悪いチンピラがまだ私を追いかけようとするので、追加で三枚壁を出して四方を囲んで閉じ込める。


 解除するのは私が街を出てからだ。




「また壁かよ! ちくしょう!」


「一つ言っておくけど、これ以上私の平穏を乱すなら……潰すぞ」


「なっ?!」


「その中で暫く反省しときなよ」




 はっはっはっ、動物園の動物気分を味わうがいい。


 チンピラの怒声を背に私は冒険者ギルドを後にした。


 これで力の差が理解できればいいんだけど。


 それが理解できる頭があれば、はじめからこんなことしないよな。

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