孤独ト謂フ、現代病ニツイテ

捺椰 祭

プロローグ

 カツーン。カツーン。


 遠くで大型ショッピングモールができようとしている。


 鉄骨を槌で叩く音が、寒々とした青空にこだましていた。


 僕はなんとなく具合が悪くて、午後有給をつかった。仕事が手につかず、胸にもやもやしたものがわだかまっている。こんな症状をそのまま上司に報告したら、きっと「そんなことで休まれてたまるか」とおしかりを受けることは分かっていたから、朝から腹痛がひどいですと適当なことを言って抜けてきた。


 さすが大企業だ。僕みたいに単に気が乗らないからという理由で会社を休もうとしている人間にもお優しい。


 まあ、今のご時世具合が悪いと言っている人間に、「それは嘘だろう」などと言っ無理やり働かせてしまった折には大変なことになる。今の時代、就労規則だの労働災害だのうるさいのだ。


 見え見えの嘘でも、誰も咎めることはできない。第一、咎めたところで残るのは嫌な空気と軋轢だけだ。上司もうすうす気が付いていたところで、めんどくさがって何も言わない。いや、こういうときは逆にやさしくなるんだっけな。


 ああ、めんどうだな。


 会社のロビーをでると、空は清々しい青色で、季節からか何となく寒かった。

 体は心地よいなと感じているのに、心の中はどうにも気持ちが悪い。

 本当に何かの病気じゃないだろうか?


 僕はそのまま家に帰ろうといつもの帰り道についた。


 このまま、20分歩けば僕の会社の寮が立ち並ぶエリアだ。そこからが遠くて、さらに10分。敷地が嫌に広いせいで、二度疲れる。


 帰ったらシャワーを浴びて寝ようと思う。


 そんな自分を想像する。あれ?明日元気になっている自分がまったく想像できない。それどころか、この胸の気持ち悪いもやもやは、明後日も一年後だってわだかまっていそうだ。


 病院にでも、いこうかな。


 はじめて僕はそう思った。正直、「何のことはありませんね。風邪です」とか適当なことを言われるんだということは分かっていた。しかし、この気持ちにどうしても収まりをつけたかった。


 僕はお医者を冷やかしてやるようなひねくれた気持ちで、最寄も病院に入って行った。老舗といったら語弊がありすぎる気がするが、その病院は僕が生まれる前からそこいあるらしい。最近改装したらしく、たたずまいは清潔そのもので、円形を基調とした近代的な建築はイマドキのクリニックという感じであった。


 あまり待つこともなく、診察室に通された。


 お医者先生は僕の胸に聴診器をあてられたり、眼下をあっかんべーみたいに軽くつねったりした後、ドイツ語と思われる言語でカルテをさらさらと書いた。


 ハハハ。そんな、お医者様ッぽくふるまわなくてもいいんですよ。僕は何でもないんでしょう?それは、僕が一番知っていますとも。でも、ありのままに「なんでもありませんね」というのははばかれるから、「かぜです」なんて適当なことを言って、栄養剤を処方するんだ。


 しっていますよ。でも、わかっていても、なにもいいませんから、さあ早く、診察の結果を教えて下さいな。

 ヤレヤレという気分が胸を満たし、洗いざらい言ってやりたくなった。


 先生は口を開いた。


「ああ、これは、…。いいですか、落ち着いて聞いてくださいね。あなたは重大な病に侵されています。当医院の設備では治しようがありません。いま、推薦状を書きますので、そちらで治療してもらっていただきたい。どうぞ、どうぞ、お大事に。私の信用している男です。きっとあなたを治してくれるはずですよ。はい、次の方~」



 ハハ

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