第2話 お姫様の密かな企み

 グランドクラスは4年に一度の開催される航空機の長距離レースだ。

 優勝した飛行士には多額の賞金と栄誉が与えられる。

 いつか出場してみたい

 漠然とした想いだったことが現実化している。

 いつだって準備はできていない。

 でもそれがチャンスってものなのだ。


「まずはコースを知っとかないと」

 リュカは難しい顔でそう言った。

「それと細かい地図も手に入れなきゃだめだ」

「機体のチューンナップとかは考えなくていいの?」

 ロクサーヌは、小首をかしげて聞いた。

「改造はするさ。だけど先にセッティングの方向性を決めないとならないんだ。そのためには飛行機がどこをどう飛ぶのかよくわかってないといけない。飛行高度が変わればプラグも変わる。他に何が必要なのかも決められない」

 こういうときにリュカは頼りになる。

 言葉は雑だし、軽い言葉も多い。

 けれど、いつだって気がつくと全体をよく見ている。だから何事もうまくこなせるのだ。チームのメカニックとして、いや監督としても頼りになるかもしれない。

 ロクサーヌは思った。

「それに用意するものが決まらないと幾ら必要なのかもわからないぞ」

「どのくらい必要なのかしら?」

「そうだな……ゴールが北の王国とすると距離はざっと……」

 数字に強いのもリュカの強みだ。

「燃料はこのくらいで……そうだな。900万パウンドくらいかな?」

「900万!」

 マヤが驚いて声を上げた。二人が同時にマヤの顔を見る。

「ご、ごめんなさい。すごい金額なのでつい……」

「確かにマヤでなくても驚くけど」

「ロクサーヌ様でも驚く金額なのでしょうか?」

「あのねえ……お姫様だからってお金を自由に使えるわけじゃないよ。多少はお小遣いももらうけど、とても900万パウンドには届かないな」

「私のお給金からでも足りないですよね」

「スポンサーが必要だ」

「ロクサーヌ様。当然、陛下はあてにできませんよね」

「それは無理だよ、マヤ。お父様は、私が飛行機に乗る事自体よく思ってらっしゃないもの」

「そうですよねえ……」

 3人は黙り込んだ。

「そうだ!」

「何かいいことを思いついたか? ロクサーヌ」

「私の持ち物を売るわ。宝石とネックレスとか。どうせ使わないし」

「ロクサーヌ様は、飾りっ気がありませんからね」

「マヤ……」

 ロクサーヌはマヤを横目で見る。

「す、すみません。でもそれって、確かグランラゼル伯爵様の贈り物ですよね? 高価なもととは察しますが手放してよろしいのですか?」

「伯爵? あのキザなやさ男か」

 グランラゼル伯爵は数年前からロクサーヌにプロポーズし続けている大金持ちだ。城の晩餐会に訪れたときにロクサーヌを見初めたらしい。

 しかし、ロクサーヌにその気はなく、以来、ほとんど封も空けていない贈り物だけが山積みになってほったらかしにされいる。

 まるで伯爵の空回りした想いそのものだ。

「けど、贈り物だけで900万パウンドくらいになるものかなぁ……?」

「伯爵、お金持ちだもん」

「けっ! 嫌な感じ」

 リュカはグランラゼル伯爵を気に入っていない。

「今夜、贈り物を全部開けて整理してみるわ。マヤ、手伝ってね」

「はい、姫様」

「整理したら少しずつ持ち出して街でお金に変えましょう」

「それなら俺にあてがある」

「さすが、リュカね。じゃあ、その方向でいきましょう。次はマヤね」

「えっ? 私が何か?」

「マヤには一緒に真紅の薔薇号に乗ってナビゲーター役をやってもらうんだから」

「私、前々から気になっていたのですが。そのナビゲーター役とは一体……?」

「地図を見て道案内とか時間の管理やペースの指示……あと、私が疲れたら代わりに操縦してもらうかも」

「無理です!」

「大丈夫、大丈夫。マヤは、頭が良いし、機転も利く。立派にナビゲーター役できるよ」

「でも……地図の見方もよくわかりませんし、ましてや操縦なんて」

「地図の読み方は私とリュカが教えてあげる。操縦は、まっすぐ飛ぶだけだからなんとかなるよ。それも教えるし」

「私にできるでしょうか……」

「マヤならできるよ!」

 ロクサーヌは、マヤの手を取って励ました。

「はい……」

 マヤは頬を赤らめて小さくうなずいた。

 その様子を見てリュカは、なんだかんだでいつも押し切られるよな、マヤは。

 そう思っていた。

「あっ!」

 突然、マヤが手を離した。

「どうしたの?」

「伯爵様の贈り物で思い出しました。そういえば今夜の晩餐にグランゼル伯爵様もお見えになるそうですよ」

「えっ?」

 ロクサーヌが固まった。



「ご機嫌麗しゅうございます! ロクサーヌ姫」

 グランゼル伯爵がロクサーヌの前で片膝を着いて頭を垂れた。

「は、伯爵もお元気なようで……」

 若干、引き気味に挨拶を受けるロクサーヌは、その場を離れたくて仕方がない。

 今日の晩餐は、皇帝と皇妃、ロクサーヌの姉で第一皇女のアイナス・マリー。

 母方の叔父であるヴィクトール・マクマオン大佐とその部下たち。

 それと賓客であるフェア・グランゼル伯爵である。

 ロクサーヌは、ため息をつきながら席に座った。

 マヤがグランゼル伯爵の前に皿を置いた。

「ありがとう」礼を言うグランゼル伯爵。

 マヤは身分の違う相手に対しても礼儀正しい伯爵に好感を持っていた。


 食事は和やかに進み、大佐が任務での出来事をユーモアを交えて話した。

 それをぶち壊したのはグランゼル伯爵の一言だった。

「そういえば、今年開催されるグランドクロスのスタート地は我が国だとか」

 皇帝の顔つきが変わった。

「ロクサーヌ様もさぞかし楽しみでありましょう」

 グランゼル伯爵としては、ロクサーヌの気を引くための言葉だったが、皇帝としては、余計なことを言ってくれたという心境だ。

「どうです? 違いますか?」

 得意顔の伯爵にロクサーヌは苦笑いだ。

「ええ……まあ」

「でしょう、でしょう」

 その時、皇帝が咳払いをした。

「うむ、そうだ。ロクサーヌに実は言い忘れていたことがあった」

「なんでしょう、父上」

「おまえの空中騎士団の訓練への参加できるよう口添えしておいた」

「は?」

「嬉しくないのか?」

「いえ……そんな」

 ロクサーヌは、嬉しいが飛行機に乗ることをよく思っていないはずの父がそんな事を言い出すこと自体が不自然に思えた。

 ましてや空中騎士団への口添えなどありえない。

「訓練への参加は来月からだな」

 やられた!

 ロクサーヌは気がついた。

 皇帝である父は、グランドクロスの開催をロクサーヌが知ったら、必ず出場すると言い出すのを予想していたのだ。

「どうだ。希望が叶って嬉しいだろう? ロクサーヌ」

 そう言って皇帝はニヤリとした。

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