第5話

「あるとき」山村さんは口を開いた。「彩乃姫はくだんの涸れ井戸……古井戸の近くで愛猫のタマと戯れていた。しかし、付き添っていた侍女たちが止めるのも聞かずに井戸を覗き込んでいた姫は、胸に抱いていたタマと一緒に、その中に落ちてしまったんだ。そればかりか、おみつという一番若い侍女までもが、姫のあとを追うように井戸に飛び込んでしまった。いいか、十メートルの深さの涸れ井戸だぞ。すぐに縄ばしごを用意して家臣の一人が井戸の底に下りた。ところが何も見つけられなかった。干上がった地面があるだけだ。姫もタマもおみつも、井戸の中で忽然と姿を消したんだ」

 山村さんは不意に薄ら笑いを浮かべ、わたしたちを見た。本当は誰かに語って聞かせたかったのかもしれない。そんな相貌に、わたしは狂気を感じた。

「涸れ井戸は数日中に埋め戻す予定だった。その矢先の変事だったわけだ」

 美凉と手を握り合ったまま、わたしは山村さんの話に聞き入っていた。美凉の震えが伝わってくるけれど、それを止めてあげられるほどの余裕なんてわたしにはない。

 話を全部聞き終えたときに、美凉とわたしは殺されるのだろうか。包丁は部屋の隅だけれど、山村さんに近い位置だ。

「しかし、彩乃姫は帰ってきた」山村さんは続けた。「翌日の昼頃になって、井戸の中から猫の鳴き声が聞こえてきたんだ。再び家臣が縄ばしごで井戸の底に下りると、姫とおみつが倒れており、その傍らでタマが身をすくめていた。直ちに二人と一匹は救出されたが、誰もが首を捻った。猫のタマばかりか、姫やおみつまで怪我一つ負っていなかったんだ。しかし、哀れな姫は正気を失っていた。すぐに目を覚ましたが、わけのわからないことを口走るだけで、以前の快活な笑顔は見せなくなってしまった。おみつも救出された当初は気が動転していたが、それでもときの経過とともに落ち着きを取り戻し、三日ほどすると、自分の見た神秘の世界について語り出した」

 山村さんは話を区切ると、大股で部屋の隅まで進み、包丁を右手に持ってわたしたちの前に戻った。鋭い切っ先が、再びこちらに向く。

 死にたくない。生きて帰りたい。

 美凉だって同じ気持ちなのだろう。互いの握り合う手に力が入った。

 そんなわたしたちの姿が滑稽に見えるのか、山村さんは品のない笑みをたたえて舌なめずりをした。

「同い年だったせいか、おみつは侍女の中でも姫の一番のお気に入りだった。それを承知していたおみつは、死を覚悟して井戸に飛び込んだのだろう。ならば、自分のいる場所をあの世だと思ったに違いない。

 おみつは姫やタマとともに宙を漂っていたんだ。茜色のどろどろとした光に包まれた、果てしない空間だった。おみつは姫に近づこうとしたが、手足は空を切るだけで、思うようには移動できない。姫やタマも、ただもがき続けるだけだった。そのうえ、皆はそれぞれ別々の方向に頭を向けていた。姫はおみつに対してさかさまの状態だった。つまり、上下などない無重力空間というわけだ。

 そうするうちに、彼方に赤黒い米粒が一つ浮かんでいるのを見つけ、おみつは目を凝らした。それが徐々に近づいてくる。……いいや、こちらが引き寄せられていたんだ。しかも、それは米粒なんかじゃなかった」

 不意に口を閉ざした山村さんは、喜びの絶頂にいるのだろう。下卑た笑みが、人外のもののように思えるほど大きくゆがんだ。

 わたしは畏縮した。山村さんの話を黙って聞くしかない。

「米粒かと思われたのは、黒岩城より大きな、醜い肉の塊だった。表面にいくつもの口があり、それぞれが何やらぶつぶつとつぶやいている。そのつぶやきを煽るかのように、どこからともなくたくさんの声が聞こえてきた。それはまさしく祝詞だった。そうだよ。巨大な肉の塊は、神だったんだ。わかるか? 神を崇める者たちの声が、神の住まう世界に届いていたんだ。

 そのとき、神のそれぞれの口が、無数の蠢くものどもを四方八方に吐き出した。自分の鼻先をかすめて飛んでいくそれを、おみつは見た。人の頭ほどもある大きな、異形の虫どもだった。しかし、虚空に散らばっていく虫どもとは逆に、姫とタマ、おみつは、神に引き寄せられていく。神の巨大な口の一つに吸い込まれる直前に、おみつは合掌した。神に哀願したんだよ。姫だけはお助けください、とな。次に気がついたとき、おみつは黒岩城の一室に寝かされていたんだ」

「おみつの見た夢だろう」

 握り合う手を震わせて、美凉は言い放った。

「信じようと信じまいとおまえの勝手だが、こちらにおわすのは紛れもなく彩乃姫だ」

「どうしてその子が彩乃姫だっていうんだよ。説明になっていないじゃねーか」

 毒突く美凉を、山村さんは横目で睨んだ。

「まだ話は終わっていないぞ。……その後、姫は奥の間で寝たきりとなり、殿と奥方、侍女たち以外の目にふれることがなくなった。おみつはというと、姫が井戸に落ちた責任を負わなければならないところだったが、結局お咎めはなかった。井戸のそばで姫に付き添っていたほかの侍女たちにしても同様だ。事実を公にできないという本音があったのだろうがな。いずれにしても、彩乃姫には十五歳年下の弟君、晴朝はるとも様がおられたし、お家相続に問題はなかった。

 だが、十年が過ぎ、二十年目になっても、姫は寝たきりだった。そればかりか、井戸に落ちたときから年を取った様子はなかったんだ。かいがいしく姫の世話を続けてきたおみつも十代の若さを保っており、とても三十六などには見えなかった。猫のタマでさえ生き続けていたんだ。これは井戸の底に住まう神のご加護だ、と囁かれたが、輝泰公にとっては不安の要因でしかなかった。寝たきりの姫に対し、おみつは災いを招く目立つ存在だったからな。

 しかし、ときすでに遅し。二十年も若さを保つおみつの存在が元で、誤った噂が隣国に流れていたんだ。黒岩城の井戸に不老不死の水が湧いている、というたわけた噂だ。折しも、隣国の萩原家は千代川家の領土に攻め込もうと企てていた。どうやら本気で不老不死の水を信じたらしく、敵陣の士気は俄然高まった。怒号の進撃を開始したというわけだ」

 山村さんの表情に変化があった。悲愴の色が浮かび、先ほどまでの狂気は消えている。

「戦況は熾烈を極め、萩原の軍勢はついに黒岩城へとなだれ込んだ。輝泰公と奥方、二十二歳となった晴朝様は討ち取られ、姫の替え玉に仕立てられたおみつは、天守閣の最上階から攻防戦のまっただ中へと身を投げ、彩乃姫として壮絶な最期を遂げた」

「おかしいぞ」美凉が声を上げた。「おみつは不老不死じゃねーの?」

「不老ではあるが不死ではない、というわけだ」そう答えた山村さんが、彩乃姫を見つめる。「戦渦に紛れ、家臣の一人が姫とともに黒岩城を抜け出した。そう遠くない場所に、農家を偽装した隠れ家があったんだ。姫は隠れ家の地下にかくまわれた。黒岩城は落ちたが、その家臣の一族は百姓を装い、代々に渡って姫の世話を続けてきた」

「まさか、彩乃姫がかくまわれていた場所って、ここ? そのご苦労な一族って、山村家だってか? あんた、本気で言ってんの?」

 矢継ぎ早に問いまくる美凉に、山村さんは苦笑した。

「そうだ。今までの話は、山村家に代々受け継がれてきた門外不出の文献に、実録として残されているものだ」

「実録? こんなところで彩乃姫の世話を、五百年もかよ?」

 納得がいかないのか、美凉は執拗に食ってかかった。

「山村家の代々の務めだ。そのために、明治維新の地租改正の際にこの丘のすべてを手に入れたし、老朽化した地下室は繰り返し改修してきた。それなのに、おれの父は……あのおやじは、金に目がくらんで土地を手放してしまった。……彩乃姫の秘密は、おれが守り続けてきたがな」

 山村さんは歯を剝き出して大きく震えた。

 危険だ。山村さんの神経を、これ以上逆撫でてはならない。

 けれど、美凉に山村さんの顔色を窺うつもりはないのだろう。激しい調子を崩さなかった。

「戦国時代の問題を現代に引きずっているなんて、どうかしている! ああやだやだ。自分にもそんな一族の血が流れているのか、と思うと反吐がでるね」

「信じてくれたのか? 嬉しいが、口は慎むんだな」

 山村さんは包丁を軽く横に振ってわたしたちを威嚇した。

「嫌だね。だって、あたしの一番の疑問に、あんたはまだ答えていないんだ。なんで彩乃姫はあたしとそっくりなのか、ちゃんと説明しろよ!」

 握り合う手を通じて、美凉の激情が伝わってきた。

「まだわからないのか? 彩乃姫がおまえにそっくりなんじゃない。おまえが彩乃姫にそっくりなんだ」

 山村さんの眼鏡が照明を反射した。

「あたしのほうが、そっくり?」

 声を潜める美凉に、山村さんは恍惚とした表情を向けた。

「いくら不老とはいえ、命を維持するためには食べなくてはならない。食べたら排泄だってする。体もきれいに保ちたい。その世話をする役目がおれに回ってきたわけだが、役目を務めているうちに、おれは彩乃姫がいとおしくなってしまった」

「まさか」

 わたしは声を抑えられなかった。

「姫はおれを受け入れて――」

「うそだうそだうそだうそだ」

 美凉は何度も首を横に振った。

「おまえが生まれたとき、これで千代川家の血筋を繋げることができる、と思った。しかし、現実問題として、おまえを外の世界に出すためには、それなりの手続きが必要となる。そこで、あの女を利用したんだ」

「母さん?」

 美凉の顔が凍りついた。

「あの女はやくざに飼われていた。それを金で買ったんだ。姫と同じ血液型だったのは都合がよかった。生まれたばかりの赤ん坊を拾った、とあの女には言っておいたし、知人の助産師にも手を回しておいた。とりあえず、山村美凉、として出生届を出せたんだ。さすがに、千代川の姓は使えなかったからな。……わかったか? あの女はおまえの本当の母親ではない、ということだ」

 なんという男なのだろう。こいつのどこに美凉と同じ血が流れているのだろう。それに、千代川家の再建というより、とんだ下剋上ではないか。

「ひどいよ」

 美凉が涙声になるのも当然だ。

 緩みかかった美凉の手を、わたしはもう一度強く握り締めた。

「ところが、おれは誤算していた」山村さんの口調が刺々しくなった。「あの女はおまえを本当の娘のようにかわいがり始めたんだ。おまえだってあの女を本当の母親として慕っていたよな。おれは焦った。あの女に美凉の出生の真相を知られるわけにはいかなかった。それ以前に、一緒に暮らしていて、地下室の秘密を隠し続けること自体に無理があったんだ。早くに気づくべきだった」

 自分を落ち着かせたかったのだろう。山村さんは背筋を大きく反らせ、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。

「やくざに払った金より安かったというわけだ、あの女はな」

 そう言って美凉に顔を向けた山村さんは、うっとうしそうに眉をひそめた。

「おれとあの女との間に夫婦生活などなかった。あいつには美凉との時間があればよかったんだ。やくざの資金稼ぎとして体を売る毎日に決別し、人間らしく生きられるようになったわけだ。母性本能を感じるゆとりができたのだろう。それなのに、あいつは見てしまった。見てはならないものをな」

「だからさ、寝たきりの彩乃姫を見たんだろう!」

 美凉は捨て鉢状態だった。

「あいつが見たのは、おれがここで彩乃姫と交わっている光景だ。もっとも、あの女はおれの相手が彩乃姫だなんてつゆほども思わなかっただろうな。そのうえ、姫の顔を確認できる状況ではなかったし、将来の美凉と瓜二つというのだって気づかなかったはずだ。あの女が未だにおまえと親子でいられるなんて、その証拠だろう」

 まるで美凉に価値がないような言い草だ。わたしは悔しくてたまらなかった。それに、美凉とそっくりな彩乃姫を山村さんが抱いている光景なんて、想像したくない。

「あんた、最低だ」

 そういきり立つ美凉は、わたし以上に悔しいはずだ。

「ふん」勝ち誇ったような表情で、山村さんは包丁を揺らした。「それから一カ月ほどの間、あの女はこの家に居座り続けたが、次の生活に必要な仕事や暮らせる場所を探していたんだろうな。あのとき以来毎日のようにこの地下室を覗こうとしていたおまえもろとも、ある日突然、いなくなってしまった。だがな、自分の子として生まれ変わった彩乃姫を、井戸の神は見捨てなかった。姫が懐妊されたんだ。次の子を身ごもったんだよ。……何も知らずに帰ればよかったんだ。見てしまったことを悔やむんだな。美凉、おまえはもういらない」

 わたしは硬直した。

 包丁の切っ先をわたしたちに定めた山村さんが、ゆっくりと近づいてくる。

 そんな山村さんから目を逸らせないでいるわたしを、美凉が不意に引き寄せた。

「あたしがあいつに飛びかかったら、すぐに逃げるんだ。しばらくは時間を稼ぐよ」

 そんな耳打ちに頷けるはずがない。

「やだ」

「ばか、死にたいの?」

「美凉のほうこそ、何考えてんの?」

「これはあたしとあいつとの問題なんだ。澪には関係ない」

「やだってば」

 死にたいはずがない。けれど、たった一人の友達を見捨てたら、一生後悔するに決まっている。

「美凉と二人で逃げる」

「このポジションじゃ無理だって」

 美凉の言うとおり、山村さんはわたしたちの逃げ道を塞いでいた。

「何をこそこそとやっている? どうせ二人とも生きては帰れないんだ。彩乃姫の存在を知られた以上、こうするしかない」

 山村さんが包丁を振り上げた。

「澪、逃げな!」

 美凉はわたしを突き放すと、振り上げられた細長い右腕にしがみついた。

「小娘がああああ!」

 怒号とともに、山村さんが左手で美凉の黒髪を引っ張った。

「だめええええ!」

 わたしはとっさに山村さんの左手を両手でとらえ、黒髪をつかむ五本の指をこじ開けようとした。

「向かいの家の娘まで!」

 わたしを振り飛ばそうとした山村さんは、りきんで部屋の奥に背中を向けただけだった。

「美凉にひどいことをしたら、許さない!」

 渾身の力を込めたつもりだった。けれど、山村さんの力は想像以上に強く、美凉の黒髪を離してはくれない。

「何を……しておる?」

 美凉の声――ではなかった。似ているけれど、微妙に違う。だいたい、美凉がそんな言葉遣いをするはずがない。

 山村さんの肩越しに、その声の主が見えた。

「彩乃姫……」

 わたしは震えた。山村さんの左手を押さえる力が抜けそうになる。

 警戒する猫のように四つん這いでゆっくりと迫ってくるのは、彩乃姫ではないか。

「彩乃姫が、こっちに来る」

 山村さんの右腕にしがみついている美凉も、声を震わせた。

「姫?」

 後ろを振り返ろうとした山村さんは、それさえ不可能なほどわたしたちに動きを封じられていた。

「騒がしいぞ」

 四つん這いで近づいてくる彩乃姫が、細い声を尖らせた。白い着物が肩まではだけ、乱れた黒髪が額に揺れている。

「公一、その娘は……彩乃の……彩乃の子ではないのか?」

 山村さんの足元で止まった彩乃姫が顔を上げた。美凉と瓜二つではあるけれど、ほうけた表情だ。生気なんて感じられない。

「これは違います。姫のお命を狙う不届き者にございますぞ。わたしがこの場で手打ちにいたします」

 山村さんは憎々しげに美凉を睨んだ。

「ならぬ!」彩乃姫が山村さんの腰にしがみついた。「吾子に……吾子に何を!」

「姫!」

 山村さんが体を揺さぶると、彩乃姫は畳の上に倒れ込んだ。

「公一、ならぬぞ!」

 彩乃姫はなおも山村さんの腰にまとわりついた。

「姫、お離しなされ!」

 勢い余ったのか、山村さんは彩乃姫を足蹴にしてしまった。

 再び倒れ込んだ拍子に、彩乃姫の着物の前が派手に開いた。形の整った乳房とすらりと伸びた白い足。でも、わたしの目を奪ったのは、ぽっこりと膨らんだ腹部だった。

「澪……今のうちに……早く逃げて……」

 限界なのだろう。美凉の声はひどくかすれていた。

「大丈夫……わたしはもうちょっと……押さえていられる……」

 自分でも呆れるほどの強がりだった。

「何が……大丈夫……だよ……」

 美凉の声はほとんど聞こえない。

「あの……ね……美凉……やっぱり……力が抜けて……」

 もうだめかもしれない、と諦めかけたそのときだった。

 小さな白い影が山村さんの頭に飛びかかった。

「うああああ!」

 叫ぶ山村さんが包丁を落とした。美凉の黒髪も解放される。

 わたしたちはすぐに山村さんから離れた。

 山村さんの頭の上に乗っているのは、細い瞳をぎらつかせるユキだった。しかも、それぞれの鋭い爪を山村さんの顔に立てているではないか。

「やめろ!」

 ユキに顔を引っかかれながら、山村さんが仰向けに倒れた。

「ユキ、やめないか!」

 山村さんはユキの体を両手でつかんで引き離そうとした。けれど、浅黒い顔をユキは執拗に引っかき続ける。身の毛がよだつ咆哮を響かせるユキは、まるで小さな猛獣だ。山村さんの眼鏡が外れ、その顔に何本もの赤い線が浮かんだ。

「やっぱりミルクだ。そしてたぶん、ユリでもあるんだ……」

 美凉がつぶやいた。

「ミルク? ユリ?」

 わたしは美凉の言葉を理解できなかった。

「タマや……タマ……こっちへおいで」

 起き上がれないでいる彩乃姫が、はだけた裸体を隠そうともせず、細い声を絞り出した。

 その呼びかけに反応したユキが、攻撃をやめて彩乃姫の元に走り寄る。

「タマや……一緒にいておくれ」

 そう囁く彩乃姫の顔を、タマと呼ばれたユキがなめ回す。この猫の飼い主が山村さんでないのは、一目瞭然だった。

 山村さんは仰向けに倒れたまま、両手で顔を覆っている。

 美凉の手を取ったわたしは、「行こう」と言った。

「うん、だけど」

 美凉の視線の先に、横たわる彩乃姫がいた。左右の内股が鮮血で濡れている。ユキを抱くその姿が痛々しい。

「美凉の気持ちはわかるよ。けれど、わたしたちには何もしてやれない」

 それだけ言うのがやっとだった。

「そうだよね。仕方ないんだよね」

 美凉は静かに頷いた。

「表で遊ぶのか? 吾子は健やかよのう」

 部屋を出ようとしたわたしたちは、彩乃姫の弱々しい声を背中で聞いた。

 けれど、わたしたちは振り返ることができなかった。

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