第3話 「昔のこと思い出すとか、クソだせぇな」


 * * * *


 稜が部屋を出ると、俺の部屋はすっかりと広く感じた。

 いつ女子が来てもいいように、部屋は綺麗にしている。だって、汚い部屋に女子呼ぶの嫌だし。

 ゴミ箱の中も常に空っぽにしている。

 使用済みのコンドームなんてものがある部屋に、女子も来たくないだろうし。最低限のマナーってやつだな。


 でも、これだけは譲れない。これだけは捨てられない。

 その綺麗な部屋とは真逆の、入れらる物は全部押し込んだような引き出しを開ける。

 その中にある、小さな木箱。

 俺はそれを取り出す。


「くっそ。アイツが変なこと言い出すから思い出しちまっただろ」


 髪を掻きながらそうボヤき、俺は木箱を開けた。

 中には1枚の写真が入っている。

 そこに写っているのは、幼い少年と制服に身を包んだ少女。

 汗だくだな、俺。

 写真に写る、黄色の半袖Tシャツに青色の短パン姿の少年を見て小さく笑う。

 俺がかつて、唯一叶わなかった本気の恋。その人の笑顔に、俺は苦虫を噛み潰したよう笑顔を浮かべる。

 煌びやかな金色の髪は、その当時ではヤンキーとしか言えなかっただろう。それでも、浮かべた華やかな笑顔に纏った優しい雰囲気。

 彼女はいつも憧れで、いつもいつも俺の子ども心をくすぐってきていた。


 好き、だったな。


 年の差は12歳。しかも、6歳と18歳。俺が子ども過ぎて、幾ら好きと伝えても取り合って貰えなかった。

 だからいつも、彼女は言った。


「ありがと。私も海ちゃんのこと好きだよ」


 嬉しかった。でも、それはラブじゃない。ライクの好き。

 当時の俺でも、チューとかそんな感じの好きじゃないってのは感じていた。


「昔のこと思い出すとか……。クソだせぇな」


 写真に写る彼女を見つめて、ふっと笑う。

 今再開して好きって言ったら。どう思ってくれるかな。

 俺は写真を木箱に戻し、蓋をする。そして、引き出しの中に片付ける。

 そのままその場に立ち尽くす。

 その時だ。

 ポケットにあるスマホが音を立てて、電話がかかってきたことを報せる。

 その画面には彩音さん、とある。


「もしもし」

「あ、もしもし海斗くん?」

「彩音さん。久しぶりっすね」


 電話の向こうから聞こえるのは、若い女性の声。

 半年ほど前、電車に乗っている時に逆ナンされた女子大生。


「ウチさ、昨日彼氏と別れちゃって」

「そうなんスか」

「そうなの。だからさ、今日会わない?」


 軽いテンションの女子大生に、俺は電話口で苦笑を浮べる。

 彩音さんの元彼も可哀想に。

 好きでもない相手と体を交わることを何とも思ってないような女性と、正式に付き合うのはごめんだな。

 まぁ、でも。いいか。俺も、ちょうど昔を思い出して、変な感じになってたし。


「いいですよ」

「やった。じゃあ、姫坂駅内の本屋さんで待ってる」

「分かりました。それじゃあ、今から準備して行きますね」


 それを最後に電話を切る。

 寂しさを埋めるための道具、なのかもしれない。

 それでもいいじゃないか。

 俺は、俺なりの恋をすれば。


 ――青春は今だけなんだ。


 不意に、先ほど稜に言った言葉が脳裏を過った。

 俺、こんなことしてていいのかな。

 好きでもない。ただ、写真の彼女との想いを掻き消すために始めた行為。

 別にそれ自体が嫌いな訳では無い。だが、数をこなす度に作業のようなものに成り下がってしまった。


 あの人は俺が中三になる頃には、彼氏と同棲をするために実家を出た。

 周りからは、綺麗だとは思うし胸もでかいけど、好きになるほどか?

 とは、よく言われた。

 でも、俺は彼女が家を出るその日に。

 最後に思いを告げた。でも、やはり彼女の俺に対する目は変わらなかった。

 それが悔しかった。

 聞けば、彼氏は2歳下らしい。歳下、そこがまた悔しかった。

 俺も歳下なのに。何年も前から好きと言ってるのに。

 どうして俺じゃないんだって。

 本気で思った。そして、そこから俺はもう恋とか愛とかそんなものはどうでもいいものとなった。


「今日も行くノリ?」

「あぁ。今日も飯いらねぇーわ」

「りょうかイカ」


 私服に着替え、玄関にいる所を綾人に見つかる。

 どうもこいつは俺の出入りに敏感だ。

 学校から帰ってくる時も、帰ってきてから寮を出る時も。

 いつもいつも、綾人だけは気づいて玄関まで来る。


「んじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃイカ」


 そんな綾人に、短く言い放ち俺は寮を出た。

 そして彩音さんの待つ姫坂駅に向かうため、俺は最寄りの大里駅に向かって歩いた。

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