第4話 結界の奥の策略

 ……少年には疑問が山ほどあった。まずはここがどこなのかという事と、皆は無事なのか、という事。そして今何が起きているのか自分はこれからどうなるかとか……。


「ここは魔獣という化け物の生息地で~、貴方達は巻き込まれたのよ~」


 そんな質問をぶつけられながら、極彩色の世界をのんびり歩きつつ。彼女――冬月ルナは『わたしのいもうと』を読みつつ説明してくれた。


「魔獣ってなに?」


 何でこの人絵本なんか読みながら歩いているんだろ? 少年は疑問に感じつつも、別の問いをかける。


「人間を襲って食べる、化け物の事だよ~」


 そんな彼をちらりと一瞬だけ横目できつく見据えつつも、何だか眠くなる口調で返す冬月ルナ。


「お姉さんは何なの?」


「私はそんな魔獣を殺して回る『神の力アバス』を持った『勇者』さまだよ~」


 これが普通なら中二病だとか漫画の読み過ぎゲームのやり過ぎだとかゲラゲラ馬鹿にして嗤える話だけど……今は現実がこんな状況なので笑うに笑えない……。


「僕ら、帰れるかな……?」


 不安に押し潰されつつも、何とか負けないように尋ねる少年。


「さぁ~? ケセラセラじゃあないかな~」


 そんな彼と比較しても。彼女――冬月ルナは、呑気でマイペースな口調だった。良く言えば適当、悪く言ったら少年の身の保証などまるで興味無し、といった雰囲気だ。


「あ、後もう少しだよ~」


 のんびりとしながらルナは咥えた棒キャンディーを上下に揺すりつつ、極彩色空間の一部を指差す。

 そこはただの、異世界の壁だった。


「……ねぇお姉さん。そこには何も無いよ?」


 尋ねる少年に、


「そんなのはねー」


 ルナは答えながら右手のアザに輝きを纏う。

 輝きが集い、形を成した時。右手にはグローブが填まり、指先から銀の線が螺旋を描いて滞空する。


「切断すればだいじょぶじょぶ~」


 そして彼女の意思に従い銀の線が暴れ回り、縦横無尽に壁を切断した。


「私のアバスは切断の糸~。うっかり触れたら刺身になっちゃうよ~」


 そして当の本人は鋭い糸には似つかわしくないのんびり口調で。


「おっじゃま~」


 ばらばらと落ちる壁の残骸の中を歩いてゆく。


「ほれ皆が待ってるよ~。チミも早く来なよ~」


 気安い口調で少年を招く冬月ルナ。


「あ、待ってよー」


 少年も慌てて駆け寄り穴の中に入ってゆく。


◇◇◇


「皆! 無事だったの?!」


 その場所に入り、少年の第一声はそれだった。

 何故ならそこには。クラスの皆はもちろん、大好きな担任の女先生や校長先生に教頭先生。それから上級生に下級生の全員がいたからだ。


「お前も無事だったか!」


 開口一番、少年の内の一人が安否を気遣う。彼は自分の友人だった。


「うん! 無事だよ!!」


「そりゃいいんだが……ここはどこなんだ? 授業を受けていたらいきなりこれだぜ?」


 友人は疑問を投げ掛けてくる。もうすでに自分が来る前に先生達がなだめたりした後なのだろう。混乱はしていたが何とかなっている……という雰囲気だ。


「僕にもうまく説明ができないよ。あのお姉さんなら何か知っていそうだけど……」


 ちらりと横目で、ルナを見やる少年。彼女はまた、『わたしのいもうと』という絵本を立ち読みしているだけだ……。その様子は全然こちらに興味が無い、そんな素振りである。

「あの……」


 優しい女性担任が、彼女に話しかける。


「んー? なぁに~?」


 斜めに向いて絵本を読む冬月ルナは。相も変わらずのんびりした眠くなる喋り方だが……ふと少年は違和感を感じた。何となくではあるが……彼女の口調に刺を感じたからだ。まるで自分達と話したくない、関わりたくないと、身体の向きや語り口から。そう感じたのだ。


「……皆を助けていただいて。誠にありがとうございます」


 深く頭を下げる女性担任。彼女は「ほら、あなた達も」とクラス全員を促して。皆も「ありがとうございます」と頭を下げた。


「気にしなくていいよ~。だってさぁ……」


 彼女は棒キャンディーを噛み砕いて、残りの棒を吐き捨てると。


「あんたらとはもーオサラバだもん。バイバイさっさと死ねよ腐れ外道共が」


 彼女は先程と変わらぬ粉砂糖をまぶした間延び口調で……冷たく死刑を告げた。


「……え?」


 女性担任が間抜けに口を開けた瞬間。

 影から『それ』が飛び出してきて。彼女を頭から丸噛りしたのだった。

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