第18話 ジョブ:遊び相手

「春樹君いますかぁー!」


 クラス中を響く聞いた事の無い名前。

 みな顔を合わせ、名前の主を探す。


「あ、いたいた!」


 知らない振りをして切り抜けられるか。

 答えは否である。

 昼休み、他のクラスに入ってきて大声で人の名前を呼ぶような輩だ。

 反応するまで教室に居続けるだろう。


「何の用だ」


「ありゃりゃ、不機嫌な感じ?」


「あんな呼び方されて嬉しそうに見えるか?」


「”春樹君”は馴れ馴れしかった? 一条さんの方がいい?」


「そこじゃない。入口でのセルフ放送式スタイルの事だ」


「セルフ放送式スタイル! アハハハッ! 何その名前!」


「テンションたけぇな、薬でもキメてるのか?」


「うわぁ、真面目な顔で女の子になんてこと言うの」


「だったらそのハイテンションを何とかしてくれ。付いて行けないの、伝わってるだろ?」


「一緒にtogetherしようぜ!」


「ルー大柴かよ。勘弁してくれ」


 教室を飛び出し、廊下で頭を抱える。

 リア狂の相手は御免だ。

 ふしぎなタンバリンなら人のいない所で勝手に鳴らしていてくれ。


「まあ、要件は簡単だよ。私とバスケで遊んでほしい」


「は?」


「バスケのone on one。先に十二点入れた方が勝ちね」


「いや、意味が分からん」


「えぇ? バスケで勝負して、先に十二点入れた方の勝ち。どこが分からないの?」


「俺に勝負を挑む理由。お前バスケ部なんだろ?」


「そうだけど?」


「なら俺よりもずっと上手いだろ。ど素人の俺をコテンパンにして優越感に浸りたいのか?」


「春樹君の中の私って、どんな性悪女なのかな?」


「現状からの判断だ。俺を選ぶ理由が分からない」


「今日の体育の時間、私のシュートを止めたよね?」


「それが? たまたまに過ぎないだろ」


「でも止めた。ど素人の春樹君が」


「百回やったら九十九回はお前が勝つ。今日のはたまたま、その一回が出たに過ぎない」


「それはやってみないと分からないでしょ?」


 瞳に宿る揺らがない炎。

 目の前の女子生徒に諦める気は無い。

 この調子だと明日も、明後日も教室に付き合わせられる。

 中学生の時に覚醒した”悪夢予知ナイトメアロード”からお告げが有った。


「……分かった。体育館に行けば良いのか?」


「そう! レッツゴーだ!」


 テンションの高い西島に手を引かれ、体育館まで走る。

 無尽蔵の運動部スタミナ。

 登下校と体育の授業くらいしか運動しない帰宅部に対抗出来る筈が無い。


「さぁ! 行くよ!」


「ぜぇぜぇ……ちょ、ちょっと待て」


「ゲームは始まったのだ! いざ尋常にバスケ!」


「人の話を少しは、聞け……くそっ!」


 息の上がった状態で始まったバスケ部エース対ボッチの試合。

 結果は火を見るよりも明らか。

 肺に空気を入れ、足腰を休ませる為、床に座り込む。


「私の勝ち!」


「だろうな」


「圧勝だね!」


「経験値、体力、技術その他諸々考えろ。今日の復讐のつもりか?」


「復讐? 何の話?」


「授業で俺の指先がボールに掠った。それが気に喰わなかったのか?」


「いや、全然」


「は?」


「あ、そろそろ予冷鳴っちゃう! 教室に急がないと!」


 第一試合、ボッチはこうして完全敗北を果たした。

 やはりたまたまだったのだ。

 それは本人も承知している。

 前半を試合観戦に費やし、後半の殆どを空気と一体化して得た影の薄さ。

 一対一で戦えば効力は消える。


「ほら! 春樹君も!」



 再び手を惹かれ、一条は体育館を後にした。

 人とのコミュニケーションを疎かにしてきた天罰が当たったのか。

 彼女の考えが全く理解出来ない。

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