第10話 ジョブ:花火師

 夕暮れの光が差し込み、教室全体を赤色に染める。


「だーかーら!」


 綺麗に並べられた机や椅子。

 歴代の先輩が授業の気怠さ故に書き残した落書き。

 指先でその歴史に触れながら、大きく息を吐いた。


「一条くんには私のお小遣いの為に薄い本買ってもらわないといけないの!」


 張りのある声が黒板を揺らす。

 犯人である高砂神奈は猛抗議中だ。


「おい、薄い本っていう表現をやめろ。意味深だ」


「で、でもでも! 一条君は、お互いの趣味や性格や身体の事をもっと知る為に、もっと仲良くなろうって言ってくれたんですよ!?」


 小さな体に大きな勇気。

 白川ゆずも負けじと反発する。

 胸部装甲では最早もはや勝利を収めているが。


「さらっと改変するのやめようか白川さん」


 両手に華、いや、両手に花火。

 振り回す方向間違えると色々なものに誘爆して大変な事になる。

 慎重にかつ丁寧な手捌きが求められた。


「これはあれだね、一条くんに決めて貰わないとね」


「そうですね」


「なら間を取って、真っすぐ帰宅す――」


『却下(です)』


「ですよねー」


 相も変わらず俺に拒否権は無い。

 滅多に需要が発生しないボッチを取り合って喧嘩とは、何とも醜い争いか。

 これだとリア充と勘違いされてしまう。


「参考程度に、白川さんが俺としたい事を教えて貰っても?」


「エッチ」


「高砂、シャラップ」


「はい! 一条君にはぜひ、私の部活の見学に来てもらいたいなぁって思っています!」


「部活?」


「はい!」


 部活。

 生徒によるコミュニティの一種であり、団体行動を強いられるボッチの墓場。

 そもそも部活に入りながらボッチを兼任する事は不可能である。

 誰とも繋がりを持たない者こそが得られる称号こそ、ボッチという名誉なのだ。

 孤高と孤独を背負う者が人の輪の中に簡単に入っていけるなら、この世にボッチなどというジョブは存在しない。


「ふっふっふ、分かってないね! この捻くれボッチこと一条春樹が部活に参加できる訳が無い! クラスにも溶け込めない可哀想な人を何だと思ってるの!」


 自信満々の少女に突っ込む勇者は現れない。

 もう何を言っても無駄だろう。


「で、でもでも! そんな一条君でも私は歓迎するのです!」


 雑なフォローは攻撃コマンド。

 天然の無意識乱射によってボッチが肩を射抜かれた。


「わ、分かった、今日のところは白川さんに付き合おう」


「本当ですか!?」


「あぁ」


「やりました!」


「ってことで高砂、今回は我慢してくれ」


「……代わりに?」


「代わり? 何かしろって事か?」


 ミッションスタート。

 頬を膨らませた少女のご機嫌を取れ。


「もちろん」


「んー、代わりに宿題をやるとかか?」


「却下」


 同年代とのコミュニケーション力という項目はボッチのパラメーターに存在しない。

 よって伸ばしようも無い。


「即答ですか……物持ち役として付き合うってのは?」


「許す」


 ミッションクリア。

 女性が苦手な力仕事を受け持つ事で事なきを得た。

 元々奴隷という身分。

 休日に駆り出されるのはこの際、仕方がない。


「一条君! 準備が出来たので行きましょう!」


「あぁ、それじゃな高砂」


「今度の土曜日、駅前十時」


「え、早くねぇか?」


「一日付き合ってもらうから」


 いやいや何時までだよ、とは聞けなかった。

 彼女の幸せそうな顔を見たら。


「……分かった、土曜日な」


「うん! ばいばい、一条くん」


「おぉ」


 黒髪長髪の高砂書店看板娘と別れ、金色こんじきの天然少女に導かれるまま廊下を歩く。

 背後から聞こえる煢然けいぜんたる足音に後ろ髪を引かれながら。

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