第15話 続・先輩の部屋『主人公視点』

 リコちゃんのクッキーが怪しい。

 めっちゃ怪しい。

 ていうか、もうそれしかなくない?


 いっそリコちゃんに電話して聞いてみるか――スマホを探し始めた途端、先輩は立ち上がった。


「ああ、もう待てません!」

「え!? タイムリミットですか!?」

「タイムリミットです!」

「あと5分ください!」

「そもそも待つ理由もないです!」


 気がつかれてしまったか。


 先輩は赤いロープを拾い上げると、一歩、俺へと近づいた。


「さあ、三枝くん? 楽しみましょう? 私はもう待てません」

「先輩。落ち着きましょう? きっと先輩は悪いモノにあたってしまっただけなんですよ」

「あ、そうだ。服、脱がなきゃ」

「とりあえず続行で」


 見るだけならタダだろ!

 セーフだよ!

 事故だよ!


 先輩は自分の体を抱くように腕をまわすと――一気に服を脱ぎ捨てた。


 下から現れたのは、なんか黒くて、やけにテカテカしてて、そして過剰に露出している女王様的な衣装。


「先輩」

「なあに?」

「最高です」

「でしょうー?」

「鼻血とまらないです」

「ティッシュはそこよ」

「箱でもらいます」


 先輩のとろけるような表情は実に扇情的で、露出もやばい。

 いま先輩を書いたら肌色のクレヨンが真っ先になくなるくらいやばい。


 だが。

 でも。

 どうしたって。


 何度だって疑うし、何度だって確信するけど……これはリコちゃんの仕込んだナニかが作用した結果にちがいないのだ。


 これは先輩が望んだことでは――ないのだ。


「先輩、やめましょう。やっぱりこんなことはダメですよ」

「なぜ? まだ始まってもないのに?」

「先輩はちょっと、おかしくなっちゃっただけなんですよ。それもクッキーのせいで」

「クッキー……?」

「そうです。ですから、今日は終わりにしましょう」

「胸がはりさけそうなの……」

「ダメですよ」

「ドキドキするの……」

「クッキーのせいです」

「ほら、触ってたしかめて……?」

「一回だけなら――ちくしょう、冷静さが一瞬で消えた!?」


 俺はこんなにも欲まみれの人間だったのか!?

 がんばれ、おれ!


 その時である。

 スマホが振動した。

 着信のようだ。

 相手は――ユキだ。


 瞬間、ユキとのなんでもない日常が頭のなかに広がった。


 ベッドのうえで潰れたカエルみたいに寝転がるユキ。

 床の上に下着をゴミみたいに脱ぎ散らかすユキ。

 ノーブラで自宅まで叫びながら帰るユキ――どれもヒドイな、おい。

 

 まあいい。

 どうにせよ、俺は一つの事実に気がついた。


 もしもここで先輩に縛られてしまったら、俺はそんなユキとの時間を全て失ってしまう気がする、と。

 

 先輩との関係が変わるなら。

 ユキとの関係も変わってしまうかもしれない。


 あ、帰らなくちゃ。

 なせだかそんな気持ちになった。


 俺は触診を始めようとしていた右手を押さえて――押さえて――押さえて――押さえられない!?

 もういいよ!

 さわる前に別れを告げてやるさ!


「先輩、俺、待たせてるヤツがいるんです」

「ふ……」

「そいつは、頭がいいくせにバカで、どうしようもないやつだけど、俺にとっては大切な幼馴染みなんです」

「ふに……」

「だからおれ……えっと、先輩? どうかしました?」

「ふにゃ……?」

「ふにゃ?」

「なんだか、世界がまわる~~~」

「え? なにこの展開?」


 そうして先輩はぶっ倒れた。




 

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