第8話 星空よ、輝け。

 本当なら勝利を称え合い、固い握手を交わし、笑い合いたい。そんな気持ちだった。

 しかし現実は実に情けなかった。


 まずはジュリオ。

 旧式詠唱魔術を使いこなし、黒火熊の炎を消す大活躍。ただ詠唱するだけではなく古代言語を理解し、魔術そのものをコントロールした知識と技術は見事なものであった。

 そんな彼は今、激しい頭痛と吐き気、倦怠感、寒気、眩暈などに苦しみ地面に横たわっている。


「やべー……ゲロでそう……」


 真っ青な顔が虚ろに空を見つめる。

 魔力共有の副作用が一気に押し寄せてきたために、有りとあらゆる体調不良が彼を襲っていた。

 加えて黒火熊との戦いで負った怪我は完治したわけではないので、戦闘の高揚感が切れた今、じわじわと痛みが再発してきているのであった。


 続いてダンテ。

 彼もまた魔力共有の副作用に苦しんでおり、頭痛や眩暈を感じていた。

 その上、聖剣が股間に戻ってから強烈な筋肉痛が全身を襲い、なす統べなく仰向けに転がっている。普段以上に酷使された体が悲鳴を上げていた。


「痛い痛いいたたたただっ!?一歩も動けねぇ超いてぇ!」

「うるっせぇよダンテ……頭いてーからしずかにしォエエ゛」

「……いてぇー!(小声)」


 聖剣による身体強化と戦闘補助、そして状況を打破する作戦を打ち立てた頭脳は素晴らしいものだったが、今は見る影もないぐにゃぐにゃっぷりである。


 最後にハイリー。

 彼女は黒火熊に狙われていたのを逆手にとり、囮役・足止め役として活躍した。鋼鉄の拳は確かに黒火熊を捕らえ、見事ダンテたちへバトンを渡したのであった。

 そんな活躍をしたものの、彼女は酷く落ち込み項垂れていた。その顔に浮かぶのは、およそ勇者とは思えない表情であった。端的に言えば、めちゃくちゃ暗い。

 その暗さたるや、ダンテとジュリオが声をかけるのを躊躇うほどであった。


「ブツブツ……私は……ブツブツ……」


 村を救えなかったこと、聖剣と思っていた剣が偽物だったこと、勇者なのにまともに戦えなかったと感じていること。

 様々な要因が重くのし掛かり、一番軽傷ではあるものの、他二人と同様に地に伏していた。


 成し遂げたことは大きいが、ダメージもまた大きい三人であった。


 ◆


 雲ひとつ無い星空はキラキラ澄んだ輝きを見せ、穏やかな夜風は焦げ付いた匂いを少しだけ遠ざける。

 美しい夜空と月明かりに見守られて、ようやく皆のダメージが三分の一程度回復してきた。


 痛みに耐え、寝転がったままダンテは声を発する。


「……あのさ」

「おう」

「村、燃えちゃったな」

「そうだな」

「これからどうするよ?」

「生存者探し、村の復興、住む場所の確保、国の偉い人へ報告……さて、どれからしたもんかなー」


 胸を押し潰されたようなジュリオの声は聞こえてくるが、もう一人からの反応がない。

 首だけ捻り、その姿を確認しながらダンテは声をかけてみた。


「返事ないけど、ハイリー生きてる?」

「……はい、生きております」

「死んだような顔してるけどな」


 ジュリオの横槍にも反論せず、ハイリーはショボショボしたままだ。


「勇者としての私は死んだのかもしれません。先程の戦いがあまりにも情けなくて……ああ!しかも聖剣が偽物だったなんて!ようやくたどり着けたと思ったのに!」


 突然感情を爆発させ、突っ伏し地面を殴るハイリー。固いはずの地面には、深い穴が量産されていた。

 悔しがり泣きじゃくる彼女に申し訳なさを感じたのか、控えめにダンテが切り出す。


「それに関しては悪かった。でも、ほら、俺としては本物の方は使いたくなかったし見せたくなかったしそもそも人に見せられないし」

「だってちん◯だもんな」

「ジュリオ!」


 恒例となったやり取りをして、3人は同時に短いため息をついた。

 ため息をさらうほど風が強くなり、煤が夜空へ舞い上がる。一風通り過ぎたところで、ダンテが考えを提案する。


「あのさ、色々やるべきことはあるけど。とりあえず隣の村まで行かない?知り合いが何人かいるから、事情を話せばたぶん数日は泊めてくれると思う」

「そうだなー。全身ボロボロだから休みたいし、飯も食いたいし」 

「……私も、汗と砂と煤まみれで気持ち悪いです」


 顔を上げて涙を拭い、グスグス鼻を鳴らすハイリー。彼女は聖鎧を引っ張ると、胸の谷間をさらけ出して砂を払った。

 その光景から自然に目を逸らしつつ、ダンテはハイリーの胸の谷間を凝視しているジュリオに話しかける。


「隣の村までってどれくらい距離あるっけ?」

「歩いて行くと……ざっと1日くらいか?」

「えっ、転移魔術は使わないのですか?」

「……」


 驚いた拍子にハイリーの手から聖鎧が離れ、バチンッと音を立てて再び胸に貼り付いた。余波で胸部が上下に揺れる。

 そんな光景には目もくれず黙り込んでいるダンテに代わり、ジュリオが疑問に答えた。


「転移魔術さー、普通は物か自分一人にしか使えないじゃん?たぶんお前も自分しか転移できないでしょ?俺は魔力量が足りないし、そもそもダンテは転移魔術が使えないし。だから悪いけど、徒歩ね」

「そうでしたか。それでは仕方ありませんね」


 素直に納得したハイリーは、ダンテの眉間に深いシワが刻まれているのに気がつかなかった。


「さて、それじゃー早速移動しようぜ。あ、でもその前にちょっとだけ村で使えるものがないか見よぅ゛お゛えぇぇぇっ」

「きゃーっ!?だだだ大丈夫ですかっ!?」


 油断したのか、立ち上がった拍子に激しく嘔吐したジュリオ。膝をつきえずく姿に驚いたハイリーが、慌てて駆けより背中を撫でた。


「ジュリオ、無理すんな。もう少し休んでからでも大丈夫だから」


 そう言って、軋む体をなんとか動かし二人の前に立つ。


 月明かりがダンテに降り注ぎ、その長身を照らした。光を反射する金色の瞳が、少しだけ不安そうに親友を見つめている。

 

「俺、水か何か探してく―――」


 突風が吹きすさび、言葉をかき消した。

 それと同時に、視界も塞がれた。


 ダンテは冷静に思い出す。

 火に焼かれ、横を切り裂いたローブのことを。聖剣を使うため、脱ぎ捨てたズボンのことを。そのズボンを脱いだままだと言うことを。

 そして


「ぁ、わ……」


 ちょうど下半身と同じ高さの位置に、ハイリーの顔があることを。


 突風で捲られたローブがゆっくり降りてきて、真っ赤になった少女が現れる。わなわなと震える唇が、大きく開かれた。

 ジュリオは衝撃に備え、そっと耳をふさぐ。



 甲高い悲鳴が、星空を劈いた。

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