8.殲滅

 名も無き森。

 

 そこに一番近接する、村の石壁で守られた「森の門」の櫓に、全身を、白銀の鎧で身を固めたルラースがいた。

頭は狼のような獣をかたどった兜をつけ、丁度口の辺りから顔がのぞいている。

 口を閉じれば丁度ルラースの目の辺りが獣の目の処に来る、変わり兜かわりかぶとと呼ばれる物だ。

 肩周りは動きやすく何枚も金属の板で組付けられ、その上に、その動きをできるだけ阻害しないよう、大きく覆う、肩の鎧が取り付けられていた。

 右脇の辺りには、槍などで貫かれないように小さな丸い盾が付いている。

 脇の鎧、脇の盾と言われるベサギューと言われるものだ。

 心臓に近い、左脇の処には、縦長の板状の様な物で守られ、ソコに、幾つかの紋章が刻まれている。

 自分の身分等を表す家紋の様な物や、狼のような獣を象った文様。

 そして、黒い眼帯の刻印等がみてとれた。

 全身鎧の下には細かく、小さい網目状の服の様な物を着て、。

 馬にも乗りやすく腰の鎧は股をその網目に任せ、大きく開いていた。

 腰、太もも、脛などもしっかりのその白銀の鎧が覆い、広い面には細かな装飾が彫られ、おとぎ話に出てくる、悪いドラゴンからお姫様を救う勇者が着る様なイメージを持たせていた。

 五角形の大きな盾を背中に、その盾と背中の間に、青い染料と金の刺繍で装飾されたマントが覗く。

 長い、剣の握りの部分が、他の物が使っている剣よりもかなり長く、その柄頭には、鷹の爪が宝石を掴む様な装飾が施されている。

 ほぼ全体が銀の装飾と刀身で、ルラースはその剣を腰より少し上に、腰と肩口からのベルトで携えていた。

 門の上にある櫓にルラースは居り、その横に数人、クロスボウをを持った弓兵。

 そして閉ざした門の内側にも、矢などを射る事の出来る穴に、クロスボウを構え指示を待つ数人の弓兵と、盾を持つ兵士達がいた。

 石壁の上に縦長の盾を持つ物も何人かいる。

 軽装だが、ルラースと同じように白銀色の鎧を着ている。

 材質は軽鉄と言われる物と白鉄と言われる物を合わせて作った軽量の全身鎧だ。

 普段は警備作業自体は革鎧だが、ギルボアールで有れば、弓矢程度なら特に問題なく、身を守ることはできる。

 あれは蝋で煮固め、強度を上げているため、刃や、チョットした飛来物等を通しにくいのだ。

 だが、乱戦や、こういった相手の力量がわからない場合、彼らは『正装』で挑む。

 ルラースが剣の握りを持ち、杖の様に掲げる。

 柄頭の宝石が輝き、そして門の周りの兵士達の体が、薄っすらとひかり、きえる。

 ルラースがつぶやく度に、兵士たちの体が光り、明滅を繰り返す。

 ルラースの持つ指揮系統の技能による、加護の詠唱だ。

 森の中から不意に石が飛んでくる。

 頭部に当たればバランスを崩し、当たりどころによっては、意識を失う。

 しかしその石は、門の上で盾を構える者に当たる事なく、変な動きで逸れていった。

 ルラースの加護の詠唱で、物理的な矢などの飛来物の動きを阻害するものだ。

 数十本の矢や石が、ルラース達に飛んでくるものの、それが届かないと判ったのか、森の中から大きな木の柵を持つ大柄のゴブリンが何匹か現れた。

 ホブ・ゴブリンであろう。

 その柵に、生きているか死んでいるかはわからない、身じろぎ一つしない、「生き物」が括り付けられていた。

 何人かはわかる、女性と言われる生き物だ。

 手足をがんじがらめに縛られ、ルラースの視界からして数十メートル。

そこからでもわかるほど手足はうっ血していた。

 はじめは抵抗したのだろう。

 殴られ、叩かれ、顔はかなり腫れ上がり、内出血している者もいる。

 髪も体も、体液と汗と汚物で、体のいたるところから滲んだ血液も、固まって皮膚の様にこびりついていた。

 悪辣あくらつな環境で彼らの慰み者になった女性達。

 生きたままなぶられ、また「肉の盾」として攻め手の士気を削ぐために利用される。

 村に出没するゴブリン程度なら、少し腕に覚えのある村人や始めたばかりに冒険者でも十分討伐することはできる。

 しかし、彼らの住む洞窟での討伐や、数による暴力の前では、こういった犠牲者を生み出す結果となってしまう。

 侮るなかれ、されど臆病になりすぎること無かれ。

 生きるために、生きようとする為に、人は色んな事をしようと行動する。

 そこで選んだ一つの末路がこれでは、溜まったものではない。


 ルラースは剣を杖の様に掲げ、また呟く。

 宝石の光は一層光り輝き、柵の盾を持つホブ・ゴブリン達の周りに白いもやの様な物が現れる。

 ホブ・ゴブリンたちの動きが緩慢かんまんになり、柵を落とし、どたりと垂れ込む。

 イビキをかきはじめた。

 ルラースの魔法によって眠らされるホブ・ゴブリン達。

 柵の盾が倒れることで、その後ろから動いていた何匹のゴブリン達がその姿をさらされる。

 「撃て!」

ルラースの指揮の下、クロスボウから放たれた勢いのある矢が、ゴブリン達を貫いていく。

 出鼻をくじくはずが、逆に出鼻をくじかれたゴブリン達は、更に追撃で受けた貫通するクロスボウの矢で、壊滅しかけていた。

 門を開け、侵入するため、ホブ・ゴブリンを主とする主力がほぼ、先頭に集まっていたのだ。

 その後ろに雑兵が数の暴力を行うために行軍、その隊列を崩さぬよう殿しんがりにも、貴重な戦力だが、力の強いホブ・ゴブリンを配置して進んできたようだ。

 殿のホブ・ゴブリンの二匹は、この場所に来ることは永遠にないのだが。

 しかし、戦力や労力として使われていたホブ・ゴブリンも、「肉の盾」も意味を成さず、火力と期待していた者たちも、貫通する矢で殆どが撃ち抜かれ、

使い物にならなくなっていく。

 「3列3体で櫓に弓兵、残りは討って出る。衛生兵は盾兵数名と一緒に救助を!」

 戦闘に参加する森の門の兵士の耳元にだけルラースの指揮こえが届く。

 ルラースは櫓から門の外にふわりと飛び降りる。

 門の一番近くにいるホブ・ゴブリンのところに来ると、ルラースは足の裏をホブ・ゴブリンの頭に置く。

 足の甲にも白銀の足鎧サバトンを装備しており、その先端は鋭くとがり、

蹴ってもかなりの殺傷力はあるだろう。側面に狼のような模様がある。

 ルラースの目が鈍く光る。

 「これより掃討、駆逐する。深追いはするな。」

 普段の口調や雰囲気からは想像できない、気迫のこもった低い呟き。

 ルラースは軽く踏みつけるようにした。

 ルラースの怒りの矛先は、先ずは二度と起きることのない、ホブ・ゴブリンの頭に込められていた。

 それほど力は入れていなかったが、ホブ・ゴブリンの頭は熟れたスイカのように、ぱかりと踏み割れた。

 


********************


 そんなばかな、ばかな・・・・!


 森の中をいち早く逃げる黒い影。

 ボロボロの黒いローブに身を包み、人骨の頭部をはめ込んだ、棍棒のような杖。

 殺した冒険者から奪った装飾で身を固めた、やや大柄のゴブリンは、自身の体を預ける大きな犬の様な獣に敏捷を上げる魔法を掛け、ひたすら森の中を走っていた。

 自分の巣に、なぜか導かれるようにしてやってくる愚かな人間共。

自分たちの快楽の対象になる者達もいれば、わざわざ餌になる者たちも何故かやってくる。

 彼自体それが全く意味を理解しかねていた。

 しかし、だ。

 彼は周りの者たちより、抜きんでいたモノがあった。

 それは、他のゴブリン達を指揮する力と、今自分に発動している魔術という抜きんでいた力だ。

 彼はその力で自分たちの巣を大きくし、たまにやってくる愚かな獲物を嬲り、

ただそれだけでその時は満足していた。


『ヤツ』が来るまでは。


 巣にやってきた『ヤツ』は、人のくせに、魔界の王のような威圧するオーラを放ち、自分達にもわかる言葉を直接頭の中に、今回の計画を話しかけてきた。

 『ヤツ』の言うとおりにすればうまくいくはずだった。

 最近使い慣れて、半ば飽きの来た慰み者も、『ヤツ』が景気よく何人も新しく連れてきて、散々楽しんだ後今回の計画にも利用した。

 そして村を蹂躙すれば、もっと楽しめる『餌場』を得ることができたのだ。

 しかし、だ。

 いざ始まってみれば、門の前では自分達では『全く』相手にならない「火力」に晒され、こちらの矢や投石も、白銀の鎧を着たをした若者ルラースの周りでは全く役に立たなかった。

 しかも、殿の力の強いホブ・ゴブリンは何をしているのか!

 後続のゴブリン達も、村の者たちに挟撃され、瞬く間に掃討おかたづけされていく。

 彼は自分の近衛のゴブリン達に自分を守らせ、その場から逃げ出したのだ。


 勝てない。


 その判断は今回の彼の計画の中では、比較的、懸命な判断だった・・・。

 名も無き森を抜け、更に王都に向かう中央の壁となる、高い山脈の見える平原に出る。

 森の端に沿ってもう少し下り、また小さな林の中に入り込めば、自分の住まう

巣がある。

 彼は迷うことなく己の家へと足を進めていた。


 彼を追跡する、小柄な影を二つ、連れて行っていることには気づかないまま。


 


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