12sec 魂よりいずる闇の激流



 ウガルザードが水晶を高く掲げる。


 ――マズイ!


 イットキはそう感じ思わず叫んだ。


「チコリスに呪いを掛けられたらおしまいだ!ハニース!チコリスを守って!!!」



 イットキの声を聞いて察したのかハニースは何かをつぶやくと右肩から手先までを白く発光させ、その右手と剣を盾にするようにチコリスの前に立ちふさがった。


 それとほぼ同時に黒く濁った光を煌々と放つ黒水晶から無数の黒弾が放たれ、チコリスとハニースを飲み込んだ。



 黒の奔流の中、白く輝く光がハニースとチコリスの無事を知らせてくれるが、いつ終わるとも知れないその弾幕の中では二人は身動きを取ることもできない。



 イットキは拳を握り、ギリギリと音が聞こえそうなほど歯噛みをする。


 ――なんで僕はこんなところで寝ているんだ!体が痛むくらいなんだ、二人を助けるんだ!!



 イットキは奮起して立ち上がろうとするが全身に痛みが走る、特に魔力弾を至近距離で二発受けた胸が酷い。肋骨にひびが入っているのかもしれない。


 ――でもそれでも行くんだ!ハニースを…、チコリスを、守るんだ!!!






 ――イットキならできるよ。


 不意にチコリスの声が聞こえた、まるで頭の中に響くように。ウガルザードの攻撃は激しい音を上げてチコリスとハニースを包んでいる、必死になりすぎて妄想が聞こえたのか?



 ――イットキ、リラックスして。力んでいるだけじゃ魔力は使いこなせない、力を抜いて全身に魔力を巡らせるの。



 妄想じゃない、確かに聞こえる。彼女の銀の指輪から。



 ――そうして魔力をなじませればさっきよりもっとすごい力が出せる。頑張って、イットキ……。



 それを最後にチコリスの声は聞こえなくなった。とっさに二人の方を見るが白い光は少し弱くなっているが依然として輝いている。まだしばらくは大丈夫かもしれないがすぐにでも動かなければ黒の弾幕に押しつぶされてしまうだろう、チコリスが指輪を通じてメッセージを送ってきたのがその証拠だ。





 リラックス……リラックスしろ……、イットキは自分に言い聞かせ深く深呼吸をする。指輪から流れてくるチコリスの暖かい魔力、それが自分の体を包み込むようにゆっくりとイメージしていく。そして最後は願いだ、僕はあのウガルザードを倒したいわけじゃない。僕はチコリスを守りたい、チコリスを守れるだけの今動けるだけの力が欲しい。それが、僕が魔法に込める願いだ!





「うぉぉおおおおお!!」


 イットキは心を決めると弾かれたように跳ね起きウガルザードに向かって肩から突進を仕掛けた。


 だが、ウガルザードは警戒をしていたようですぐ反応してくる。



「がむしゃらなだけでは勝てんぞ!小僧!!」


 ウガルザードの目前でガチリと右腕を固定される感覚、だがそんなの関係ない。僕はチコリスを守るんだ!!


「うわぁああああ!!」


 イットキは深く息を吸い込むと、力任せに拘束を引きちぎる。



 腕を宙に固定していた腕のリングは空にほどけるようにして消え、イットキは引きちぎった勢いのままウガルザードへ体ごとぶつかった。



「なっ、なにっ!?」


 側面から捨て身の体当たりを食らったウガルザードはイットキと一緒に床へ投げ出され黒水晶を手からこぼしてしまう。



 水晶がゴトリと鈍い音をたてて床を転がると同時に少女の声が上がった。見ればぼろぼろに汚れたメイド服をはためかせ、剣を構えたハニースがとどめを刺さんと突っ込んできている。



「魔導士を……、舐めるなぁああ!!」


 ウガルザードが今までの余裕を感じさせない声で吼える。ウガルザードは覆いかぶさるイットキを蹴飛ばして体を起こすと両手を揃えて前に突き出し目前に迫るハニースに開いた両手のひらを向ける。



「ハァーーーーー!!!」

「せいやぁああああ!!!」



 ウガルザードとハニースが謁見の間に響き渡り、ハニースの剣がタメを作ってウガルザードの心臓を貫くべく鋭く突き出された。



 ガキィン!!という硬質の金属音が広間の中に響く。見ればいつの間に二人の間には透き通った煤色のガラスのような壁が現れ、ハニースの剣を阻んでいた。



「弾けろぉおおお!!」


 ウガルザードはグニャリと口元を歪ませて笑みを浮かべたあと、一喝してガラスの壁ごとハニースを吹き飛ばした。



「きゃあ!」

「ハニース!!」


 吹き飛ばされて戻って来たハニースをチコリスが体を張って抱き止める。




「小僧と小娘の二人だけで私に勝てると思っているのかっ!!甘いっ、甘いぞ!!!」


 ウガルザードはもう高貴なふるまいなど忘れてしまったのかまるで猛り狂う野獣のように天へと向かって笑い声とも叫び声とも わからない奇声を上げ続けている。何が原因かはわからないが、もはやまともな精神状態とは思えない。



 ハニースとチコリスは助けた、そして黒水晶は床に転がりウガルザードの手元にはない、ウガルザード本人も冷静さを欠きつつある。今がチャンスなんだ!行けーーーー!!



 イットキは、チコリスが伝えてきたメッセージで芽生えた勇気にまかせ、ウガルザードへ追撃すべく起き上がって一歩を踏み出す。



「イットキさん!!」

 自分を初めて名前で呼んだハニースの大きな声に驚き、イットキは足を止めて二人の方を見る。



 ハニースは肩で息をしながらチコリスに支えられてかろうじて立っているような状態だった。だが、それも当然のこと。水晶から打ち込まれ続けたウガルザードの攻撃をチコリスをかばいながら耐え続けていたのだ、直後にカウンターを敢行できたのは勲章ものだろう。



 そんな彼女がウガルザードに向かうイットキを呼び止め、そして今首を振って制止している。



 ハニースは続けてイットキを2~3秒もたっぷりと力強い目で見つめ少しだけほほ笑むと、ウガルザードへと目を移しゆっくりと剣を構えて腰を落とした。



 イットキにはもう彼女のそれが何なのかわかっていた 。だからすぐに魔法のイメージを作り直し、今の自分にできる最大最高の力を出すために集中を始める。


―――。



『―――覚えててくれたんだね・・・イットキ。―――』


――。


『―――起きなさい!!ハニース・ブレンダ・ストリークス!!―――』


――。


『―――わたしたちは謁見の間、お父様のところへ!―――』


――。


『―――イットキがあいつをやっつけて。―――』


――。


『―――強くなりたいと願えば、きっと魔法は応えてくれる。―――』


――。


『―――お願いね、イットキ。―――』




 心を落ち着け集中する間、ほんの少しの時間に詰め込まれたチコリスとの思い出が電流のようにイットキの脳裏を駆け巡る。ウガルザードから何度も攻撃を受けたはずの体をチコリスからもらった魔力が包み込み、胸に宿った仄かな暖かさが全身へと広がっていく。力強い充足感がイットキの全身を溢れるほどに満たしていく。





 イメージは固まった。






 僕は、


 ――チコリスを、


 ――ハニースを、


 ――みんなを、






 ――守る!!!






「はぁぁああああああ!!!ウガルザード!!姫さまの敵は必ずや打ち滅ぼします!!!」


 ハニースが剣と投げナイフを握り、突撃を開始する。




 それと呼応するように、イットキも全神経を集中させ自分の中に固めたイメージを具現化すべく急速に魔力を練り上げた。






 ――――――1秒


 ドクン……と、優しい魔力が堰を切ったようにイットキの中へ流れ込んだ。



(続く)








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