10sec イットキの魔法


「くらえ!愚かな王っ…」

「やらせん!ウガルザー…」


――ここだぁあああああああああああああ!!!!




 イットキは王様とウガルザードの気合の乗った声が聞こえた時にはもう立ち上がって駆けだしていた。



――魔法は願いの形。あなたがあの男を倒せるほど強くなりたいと願えば、きっと魔法は応えてくれる。



 チコリスの言葉が頭の中で繰り返される。できるはずだ、僕はあの男を倒す、一撃で倒せるくらいの力を込めるんだ……っ!



 イットキは祈りを込めて握りこんだ右手、その人差し指に嵌めた銀の指輪に意識を集中させた。すると指輪から薄く赤色に光るもやがあふれ出しイットキの拳から肘までを飲み込んだ。そうしてじんわりと流れ出たもやはあっという間に勢いを増し、腕はまるで燃え盛る炎に包まれたかのようになっていく。



――すごい、これが魔法の力っ!この力があればあの男だって!



 もうウガルザードとの距離は二メートルもない。イットキは赤いもやに包まれた腕を振りかぶった。そこで魔法を放とうとしていたウガルザードがこちらに気づく、だがもう遅い。イットキは勢いよく踏み切ってウガルザードへと肉迫する。



「くらぇぇええええええ!!!!」



 渾身の力とイメージ力をつぎ込んで放ったイットキの拳は、赤い放物線の軌跡を残しながらウガルザードの横っ面へ吸い込まれていき








止まった。





 体がガクンと急停止し動けなくなる。ウガルザードの頬へと叩きこむつもりだった拳は届くことはなく、その顔の前で止まってしまったのだ。

見れば自分の両手首と両肘に黒い枷が嵌められ空中に固定されてしまっているではないか。



「なっ……、なにが……。」



 イットキがわけがわからず呆然としているところへ王様が畳みかけるように魔力弾を放つが、それはウガルザードが放った黒い弾にあっけなく飲み込まれて逆に王様を数メートル吹き飛ばしてしまう。



「ハハハッ、もう万策尽きたようですね。少年、君も魔導の使い手だったとは少々驚きましたが、そんな強度の低い力では不意を突いたところで相手になりません。」



 ウガルザードは右手から再度黒い光を放ちイットキを吹き飛ばした。右頬に強烈な一撃を受けると同時に腕の拘束が解け、床へと叩きつけられる。



 強い……ッ!この男は強すぎる。チコリスから魔法の力を与えられても自分では勝てないのか。自分のあまりの惨めさに言いようもない怒りと悲しみがイットキの胸にこみあげてくる。



「邪魔者は片付きました、チコリス姫。あとは貴女に呪いを掛ければ私の悲願が叶う……。」



 ウガルザードはそう言うと、身に着けた黒いローブの懐から黒く濁った光を放つ手のひら大の水晶石を取り出した。



「千人の命を対価にした呪い、今一度受けて頂きましょう。」

ウガルザードが石を頭上へ高く掲げると水晶の光が強く、黒く輝きだす。



「チ、チコリス!逃げろ!!ここから逃げるんだ!!!」


 イットキは叩きつけられ痛む体を引きずりながら必死に叫んだ。だが、チコリスも呪いの輝きに竦(すく)んでしまったのか動けそうにない。



「いや……っ、やめっ……て……っ!」


声にならない悲鳴がチコリスの口から漏れる。




 ウガルザードは蛇に睨まれた小動物のように怯えるチコリスを見て、勝ち誇るように歪んだ笑みを浮かるとチコリスを追い詰めるべく足を踏み出す。



―――チコリス!!!逃げてくれ!!!!



 そのとき、ヒュウッと空を切る音がしたかと思うとウガルザードがうめき声をあげた。高く掲げた彼の手から黒水晶が零れ落ち、割れこそしなかったがゴトリと鈍い音を立てて床に転がる。




 続けてくうを切る音が数回した後、イットキ達のはるか後方、謁見の間の入り口からメイド服を纏った小さな人影がこちらへ駆けてくる姿が見えた。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る