5.アイゼルコミット


 マーカスに連れられたシエラは先ほど出てきたばかりの門をくぐり、街へ戻ってきていた。

 

「さて、ちょっと話を聞きたいし、どこか喫茶店にでも入らないかい? ぼくも警備の休憩の口実になるしさ」

「わかった。任せる」


 どうやらこのマーカスという衛兵はかなり親切な性格の男らしかった。

 「ここの黒茶が美味くてね」などと言うのを聞きながら、店の扉をくぐる。

 

「マスター、黒茶を二つね」


 静かにうなずいた彫りの深い顔のマスターにシエラも軽く会釈して、マーカスが座ったテーブル席の向かい側に座る。

 『まずい、この世界の通貨は持っていないぞ』と嫌な汗を感じながら。気付いたときにはもう遅い。

 

「さて、いろいろ聞きたいことはあるんだけど、そうだな……ここへは、君一人で?」


 運ばれてきた、冷えた金属製のカップに注がれた黒い液体に口をつけつつ、マーカスが聞く。


「ああ、一人じゃ。ここへは着いたばかりでな。……そういえば、この街はなんと言ったかな」


 シエラもならっておそるおそる口をつけると、ほのかな甘味と、スッと喉を通っていく清涼感が走り抜ける。

 なんというか、甘みのある烏龍茶といった雰囲気で、とても好みの味である。マーカスの太鼓判も納得だ。

 

「なるほど、シエラちゃんは来たばかりだったのか。ここはアイゼルコミット、我らがエリド・ソル王国の王都だよ。……あれ、それを知らないでここまで……?」

「う、うむ、いやー、少し道に迷ってな。本当は違う街を目指しておったのだが――」


 苦しい言い訳に、なるほどなあ、と頷くマーカス。

 納得したかどうかは不明だが、今はとりあえずこれ以上聞かないでおいてくれるらしい。

 人懐こい雰囲気を出しているのだが、聞かれたくなさそうな事柄には踏み込みすぎないという気遣いもできるようだ。

 今のシエラには本当にありがたいコミュニケーション能力であった。 


「まあしかし、見事な美しい白銀の髪に、真紅の瞳だね……改めて見ると、見入ってしまいそうだ」

「そう……かの?」


 マーカスが腕を組んでうんうんと頷く。そういえば、この喫茶店に入るまでの道中で、ちらほらと物珍しそうな視線を受けたような気がする。あのときは衛兵同伴な姿が注意を引いたのかと思っていたのだが……。

 

「うん、少なくともぼくはアイゼルコミットに配属されてから見たことがない。それにとても美人さんだ。もしかして、出身はどこか遠くの?」


 聞かれて、またしても答えに詰まるシエラ。

 

「ん、ああ、そうじゃな。あー……アルカンシェル、というのじゃが。知っとるかや?」

「アルカンシェル……アルカンシェル……聞いたことないなあ。でもやっぱり遠方なんだねえ。この国には何か目的があって来たの?」


 シエラが何者であるにしても、衛兵としては確かに聞いておくのが自然な質問ばかりである。ゆえにマーカスは何も悪くないのだが、シエラの由来が由来であるために、答えにくい質問ばかりになってしまうのはなにかの拷問なのだろうか。

 シエラは天を仰ぎたくなる気持ちを抑えつつ、答えを考えてひねり出した。

 

「実は、わしは錬金術師でな。この国でしか採れない素材を求めて来たのだ。あと、ついでに自作の薬で営業でもしようかな、とな」


 我ながら、短時間で導き出したにしては満点をあげたくなるような回答だ。

 

「ほー、その年で錬金術の地方巡業とは、立派だねえ……」


 マーカスは感心した様子で頷く。もしかしたら、シエラのような見た目の少女はともかくとして、大人であれば地方巡業といった営業方法も珍しくないのかもしれない。

 

「そうじゃ、先ほどの礼をしたいのだが、実はこの国の通貨を持っておらんのじゃ。そちらのレートで換金してもらえると助かるのじゃが」


 シエラはそう言って、インベントリから十枚ほどのエレビオニアゴールド金貨を取り出して並べる。

 

「なるほど、そういうことなら承ろう。……む、やはり見たことのない金貨か。周辺国家の金貨より少し低めの、ゴールドとしての価値だけの換算になっちゃうけど大丈夫?」


 金貨のうちの一枚をつまんで検分するマーカス。ゲーム内の通貨なので見たことがないのも当然だろう。

 

「問題ない、お願いする」


 シエラとしては換金できない、と言われなくて助かったというものだ。

 マーカスは虚空から袋を取り出すと、中から様々な色の硬貨を並べていく。

 そして、追加で天秤型の機械を取り出した。片方には赤く光る宝石が備え付けられている。

 ……シエラは何気なくインベントリから金貨を出してしまったが、この世界の住人もインベントリが使えるらしい。

 怪しまれるような行動でなくて助かった、とこっそりと思わざるを得ない。

 彼は天秤のもう片方にエレビオニア金貨を一枚載せる。その瞬間、天秤がふわふわと動いたのち、赤い宝石が光る。その宝石の10センチメートル直上に、半透明のウインドウが表示される。どうやら金属の組成や質量が表示されているようだ。

 

「そうだね、金貨10枚分もあれば当面の生活には困らないだろうから、今テーブルにあるぶんだけ換金しておこうか。換金自体は、国の管理ギルドでいつでも受け付けてるから、次からはそこへ行けばいいよ」

「なるほど、管理ギルド、か。了解じゃ」


 管理ギルドというのは、まあつまり市役所のようなものらしい。

 換金を続けるマーカスが語ったところによると、税金や住民票の管理のほか、街の住人からの要望や、外来者からの相談に答えたりする場所も兼ねているそうだ。

 そんな話を聞いているうちに、机の上には素材や絵柄の様々な硬貨が並んでいた。

 

「とりあえずこれで全部かな。もらった1金貨分の金に対応するのが、0.92エリドコ金貨。10枚分で9.2金貨だね。金貨ばかりだと邪魔だろうから若干細かく割っておいたよ」

「おお、何から何まで、本当にすまんな。……そういえば、あのポーションの価格はどれほどだったのかや?」

「あー、別にぼくは衛兵として当然のことをしただけだから、お代を貰おうとは思わないんだけど……なんというか、シエラちゃんはそのへんちゃんと精算しておきたい派の人?」


 うむ、と頷くシエラ。

 借りを作ったままというのが嫌いというのもあるが、ここまで親切にしてもらったのだからちゃんとした礼をしておきたいという気持ちが大きかった。

 それを見て、頭をぽりぽりとかくマーカス。

 

「なんか、そんな予感がしてたよ……。あの小治癒ポーションは5銀貨くらいだったかなあ。冒険者たちからは安くてよく効くから評判がいいんだよ。……ただ代わりにとても苦い、と」


 冒険者の評判も納得の効果と苦さなので、頷くことしかできない。

 ちなみにこれも換金中のマーカスから聞いた話だが、エリド・ソルの通貨には上から順には白金貨・金貨・銀貨・銅貨とあるそうだ。それぞれ10枚で一つ上の硬貨に置き換わるそうなので、計算が簡単である。


「なるほどのう。……ならばこれまでの礼に見合うかはわからぬが、取っておいてくれ」


 そう言って、シエラは3枚の金貨をマーカスの側に寄せて、残った硬貨を自分のインベントリに戻した。

 どうやらちゃんとインベントリ内で整理されたらしい。

 

「いやいやいや、こんなにもらえないよ!」


 マーカスがそう言って慌てるが、シエラとしては頑として譲る気はない。

 足りないのであれば追加するのはやぶさかではないが、多いといわれても取り消すという選択肢はないのだ。

 外来者を魔物から救い、案内までしてもらったのだから、報酬をもらって当然だし、そうしてもらわないとこちらの気が収まらないというものである。

 

「まあ、わしの気持ちの整理のためにもらっておいてくれ。わしがこの街にいる間はまた世話にならんとも限らんしな」

「……わかったわかった。これは受け取っておくけど、もう一人で危ないことはしないでおくれよ……」


 仕方ない、という顔で返すマーカス。

 

「外へ採取に行きたいなら、冒険者ギルドに依頼を出すのもいいんじゃないかな」

「ふむなるほど。確かにそれはよさそうじゃな。……さて、わしはそろそろ宿を探しに行こうと思うでな。今日は助かった」


 黒茶を飲み干して、ひょいっと席を立つシエラ。

 

「いや、このくらいなんでもないさ。ぼくはもう少しゆっくりしていくよ。――改めて、アイゼルコミットへようこそ、シエラちゃん」


 黒茶のカップを持ち上げて乾杯のポーズを取るマーカスに、シエラは手を上げて返したのであった。

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