魔女を殺す

宇津木健太郎

Prologue: THE UNTOUCHABLES

 自分以上に街に貢献した人間は居ない、とは知事や市長が常に抱く自負であり、そして多くは錯覚だ。常に人は謙虚であり、それを自らに戒めとし、まだまだ前途多難であると心に強く刻むべきだ。私が心情としているのは、そういう事。だから、ここ二十年というそう長くない歴史の中でも、私は歴代で最も長い任期で知事を任されて貰えているのだと思う。眼精疲労でシパシパとする目頭を押さえ、私は息をついた。

 そうして必要書類に目を通し捺印をしている途中、ドアをノックする音がした。入る様に促すと秘書が、失礼します、と言って入って来た。

「先生。五分前です」

 うん、と応じて私は朱肉を閉じ、引き出しの中に丸めていた一揃いのネクタイの中から、人目を引きやすいワインレッドのそれを手に取り、急いで締めた。

 そんな私の様子を見ながら、秘書の女性は心配そうに言う。

「先生、やはり屋内での会見に切り替えた方が……」

 対し、私はそんな彼女の不安を笑い飛ばした。

「マスクの心配? それとも『渚』の妨害工作が怖い?」

 秘書は答えない。いざ切り出したものの、強く出るのは躊躇われると見えた。無論、この直前のタイミングで会見の会場を変更する事など出来ないのは重々承知の事だろう。

 確かに、いつもの会見であればマスクをつける必要の無い屋内でセオリー通りに行うのが当然だろう。だが、今回ばかりは少し勝手が違う。いいかい、と私は前置きをして、秘書を安心させようとした。

「マスクというのは、どんなにデザインに重きを置いた物でも、何を置いても優先されるべきは安全性だ。確かに新型モデルを最初に装着するのは抵抗があるかもしれないが、今外気に怯えるこの時代だからこそ、人を動かす、人の上に立つ私達が先陣を切って動かなければいけない。技術や文化の発展はそうして生まれるものだ。……ここ十年間、新しい大きな技術的躍進が生まれていない現状を打破するのも、私の役目の一つだと思ってる。『渚』だって、大勢のマスコミが居る前では動けないさ。連中が行なっている事は、奴らの言う思想や大義がどんなものであっても許されるものじゃない。だから、連中を恐れて屈する事は無いんだ」

 答えると、秘書は何かを言い返そうとした。だが、それが最早無駄な説得である事を悟ったのだろう。不服そうに黙ってしまった。そうして、黙って壁に掛けておいたコートと手袋、マフラー、そしてガスマスクを手に取り、私に差し出してくる。

 フジカズ・コーポレーションの企画・開発した新製品のマスクだった。構造はスタンダードな半面体。吸気弁を正面に備えた構造で、排気弁は二つ。大衆向けの比較的低コストのデザインから、新開発された特別製のラバー素材を面体に使用しており、装着した時の肌触りの心地は、従来のものと比べ物にならない程快適だった。驚嘆すべきは、吸収缶の持続時間だろう。これまでの業界の最長連続効果保持時間である十時間を大幅に上回る二十時間を実現させたにも関わらず、そのサイズは従来のモデルと殆ど変わりが無いのだ。

 来月から一般商品として販売される新型であり、当然値は張るものだと思っていたが、フジカズの広報担当は、面体も吸収缶も従来モデルと変わらない据え置きの値段で販売を予定しているという。開発費の回収などは大丈夫なのかと問うと、質でも量でも勝負出来るブランド力を持っているから、との返事が返ってきた。事実、この大幅な吸収缶とマスクの改良は、特に屋外労働従事者にとって大きな魅力となる。世界人口の八割を占めるこの低所得者層をターゲットにするには、彼らのブランド力に裏付けされた販売力が何よりの強みなのだろう。事実、先行販売という形でここの区役所員は皆、フジカズと業務契約を結んだ事で支給された同社のマスクを着用する様にしている。

 選挙法に違反するのではないか、という指摘はあった。だが、企業と役所の業務提携など、何十年も前からやってきた事だ。役所の備品などの必要物品も業者と契約して割引で仕入れている。それと同じ事だ。それに、表立ってフジカズの宣伝をするわけではない。

 だから今日の会見で、フジカズとの業務提携と彼らが抱えるプロジェクトの支援発表も、何も後ろめたい目的など無い。経理に回さない運用資金が増えるというだけの話だ。それは私や一部職員の個人的な利益には決してならないものだし、活用する事で市民の生活を豊かにするものだ。何処に責められる謂れがあるだろう?

 私は吸収缶の残量メモリ(これもフジカズが考案・開発したものだ)を確認し、装備する。秘書もそれに続き、自分のマスクを当てた。彼女のマスクは旧モデルで、吸収缶も新型に対応していない。だが、常日頃から私の身辺の世話をしてくれている彼女には、次の新型が支給されればいの一番に私からそれを贈呈しようと思っていた。

「時間はどれくらい取ってあるんだっけ?」

 廊下を歩きながら問うと、二十分です、と秘書は答えた。「その後、質疑応答に十分程度を予定しています」

「そんな長い時間必要かな」

「スピーチや政策宣言も勿論ですが、半分近い時間をフジカズとの企業提携プロモーションに割いています。遠回しにでも、販促は向こうもどうしても必要でしょうし……」

 そうだな、と私は上の空で頷いた。研究職の道へ進んだ友人と、先月久し振りに飲みに行った時の事を思い出していたのだ。とにかく、資金も人手も回ってこない、と。来ないのではなく、回してもらえないのである。

 当然の事ではあるが、企業という母体が第一に考えねばならないのはその存続だ。企業が存続するには商売をし、資金繰りをしなければならない。技術開発は、常にそうした損得勘定を頭に入れている人間が仕切らなければならない。だが連中は総じて、到底無茶な納期や期限を提示して、しかも低賃金・低技術で実行させようとする。それを補う負担のしわ寄せはいうまでもなく、マンパワーの酷使に集約される。

 設備投資ばかりで、それを動かす人間の事を考えないのさ。親友はそう愚痴った。前に会った時よりも、だいぶ太っていた。曰く、ストレスと酒の所為だと。

「俺達の父親とか爺さんが現役で働いていた時代の悪習がまだ抜けないのさ。第二次世界大戦後の敗戦国として異様な速度で経済成長した理屈が、現代でも通用すると思ってやがる。人も時間も予算も出し渋って、こっちが死ぬ気で、不眠不休で開発して何とか成果を出すと、『やれば出来るじゃないか』って自慢気に言いやがる。もう、あの職場で同期は俺しか残ってない」

 そう愚痴を零し自棄酒を煽る親友の言葉に耳が痛んだ。彼に悪気は全く無いのは分かるが、私は寧ろ、現場を知らずに指示を出す、そうした立場の人間なのだ。

 彼の様な友人は、私の周りに何人も居る。だから、せめて持てる権力を使える範囲で行使し、そうした技術者・研究者などの財政支援をするように努めている。今度のフジカズが開発したこのマスクも、その労力や時間を掛けてこその産物である筈なのに、値段を従来モデルと同額で販売するとあっては報われない。きっと、私達が業務提携をして更に割引になった値段から、企業の役員が中抜きをして、残りを下請けに流すのだろう。

 だから、今回の業務提携の発表と併せて、技術開発支援を所属政党に打診していくつもりだ。私も四十を少し過ぎ、残された人生もそう長くはない。だが逆を言えば、まだ年功序列制度が公務員に適用される時代錯誤のこの国で、私の今の立場は優位に働くだろう。

 ホールを通り、職員が慌ただしく動き回る中、彼らの迷惑にならないよう静かに、そして足早に表口へ向かう。

「記者は、もう集まっているのか」

「はい。そう聞いています」

 言いながら、秘書は出入り口のボタンを押す。空調チェンバーの扉が開いた。三メートル四方の鉄で囲まれた密室空間に、私達は足を踏み入れた。後続者が居ない事を確認し、秘書は内側のボタンを押し、扉を閉める。鉄製の扉が閉まり、噛み合わせに使われているラバー素材が僅かな隙間も逃さず個室の空気を遮断した。出口側の扉上部に設けられた赤と緑のランプの内、赤いランプが光る。同時に、チェンバーに機械アナウンスが流れ、壁に複数言語にて表記されている警告文と同じ文句が響いた。

『三十秒後に、十秒間の換気を行い、出口が開きます。その間に、マスクを必ず着用して下さい。尚、換気開始以降のマスク未装着の方に対する責任を、当施設及び空調チェンバー開発担当者は一切負いませんので、十分ご注意下さい』

 私が生まれてから四十余年、一日も欠かさず聞いてきたと言っても過言ではないアナウンス。時節に合わせて若干の変化はしたものの、その言葉の大意が変更された事はない。

 だが時々、私は亡き祖父の言葉を思い出す。祖父が少年だった頃、まだ屋内と屋外を隔てるものは扉や窓一枚だけ、中には常時開け放している店舗も珍しくはなかったと。そんな不可思議で奇妙な光景の魅力は、如何程だろうか。

 昔の映画を見ると、皆当たり前の様に屋外をマスク無しで歩き、飲食をしたり激しい運動をしたりしている。彼らの顔は一様に輝いている様に、私の目には写ったものだ。ともすれば、今も夢物語に近いその映像に憧憬を抱いている。

 今日の会見による発表で、その夢物語は現実に歩み寄ってくれるだろうか。

 ポーン、と間の抜けた音と同時に、赤と緑のランプが切り替わる。カチン、と出口側の扉のロックが外れ、重たい鉄製の自動ドアがゆっくりと開いた。

 ……車に乗り二十分程離れた公園に向かい、その入り口で私と秘書は車を降りる。ワゴンを運転していた職員は、駐車場探してきます、と言ってそのまま姿を消してしまう。私達は渋滞で取られた時間を取り戻す為、少し足早に敷地内を進んでいく。

 旧東京二十三区内で最大規模の敷地面積を誇る公園は広く、まだ登下校や出勤退勤をする学生や社会人以外にも、観光や行楽で屋外を徒歩で移動する人も多い。公園も、平日の昼とは言えそこそこの混み具合だ。祖父曰く、子供の頃は俄然空いている混み具合だという事だったが。

「カンペ、要りますか?」

 秘書が訊いてくる。ああ、と私は彼女の差し出した紙を受け取った。

「それよりも、マイクはちゃんと動くんだよね? これ」

「ええ」

 心配性ですね、と言いたげに苦笑しながら、秘書はトントン、と自分のマスクを叩いてみせる。「ようやくデビューした初マイクの使用がこんな場で、不安ですか?」

 若い世代はもう使い慣れているらしいマスク内蔵型の小型マイクは、携帯端末と同期させて使用する事で、マスクをしたままでクリアな会話が可能らしい。湿気やノイズなどの対策も万全で、端末をスピーカーに繋げば普通に喋るだけで屋外でも拡声器同様の効果を得られるらしいが、どうにもまだ最新機器に慣れないのは、やはり自分が歳を取ったからだろうか。

 幸いなタイミングだった様で、私が広場に姿を現したのを見て取ると、壇上でそれまでスピーチをしていた男はにこりと笑い、私を紹介した。

「それでは、我々の企業を後援して頂く市長をご紹介します。大林公彦市長です」



 弁が立つというのは、あらゆる場面で役に立つスキルだ。相手の機嫌を取り、権力の強い人間に対して嫌味にならない程度で最大限の持ち上げをして、味方につける。

 渡世上手であるには、心の内を曝け出してはいけない。自分の感情や理論よりも、相手の機嫌と利潤が優先される。それは私を始めとした様々な人間にとってストレスに変わる事だろうが、特に私の様に技術支援・資金援助の貧しさに苦しんでいる技術者や研究者達の助力をしたいと考える人間にとっては苦難そのものだ。味方につく政治家は殆ど居ない。大多数の企業と同じく、自分達の利益にならない場合に自分達の金銭的不利益に目を瞑ってまで援助をしようとする人間が居ないからだ。

 だが、それもむべなるかな。自分達の手で稼いだ金ではない、税金を徴収して利益を出した資金であるのだから、むざむざ直接的な利益を生み出さない事業への投資をしたくないという彼らの気持ちも無論理解出来る。国民の血税だから、という理由ではなく、血税だと主張して苦情を言う市民の声を恐れているだけの事ではあるが。

 だから今、一企業に対する援助を決定した私のこの意思表明は、慎重に言葉を選ぶ必要がある。顧問弁護士とも相談しながら、一字一句を入念に決めたスピーチ原稿を、丁寧に、聴衆の心に響く事を願いながら私は演説をする。

 壇上に上がった私の顔を、マスコミが、カメラとマイクを向けながらじっと見ている。半面体のマスクを付けた報道陣は、鼻から下の表情が一切見えない事も相待って何を考えているのか丸で分からず、屋内で行う会見やインタビューとは全く違う様相を呈している。正直、私としても演説をしづらい節はあった。だが、私はめげなかった。

「……この様に、先進国基準から見て既に技術後進国に甘んじているこの国の未来を担う、未来へ挑戦し続ける企業と提携出来る事を喜ばしく考えております」

 情感たっぷりに、心を込めて。勿論心からそれを思って演説しているのだが、更にその言葉に重みを掛ける様に意識する。そして何よりも肝要なのは、企業との提携をする事でいかに市民にメリットがあるかを主張するという事だった。実際、技術開発や協力、フジカズのみに限らず様々な企業や研究職への支援を今後の目標としていく事を、何より重視して演説をした。

 それでも、演説後の記者質問から飛んでくる質問の多くは、偏ったものに集中していた。あれだけ市民の利益や潜在的な将来性への投資である事を主張しても、彼らは第一声にこう尋ねるのだ。

「これは選挙法に違反するのでは?」

 未だに古臭い考えを持つ、或いは意図的に、そうした昔から続く一般大衆が耳にした事もあるだろう単語を口にし、私達官民の行動を非難しようとその胸の内を探るのだ。

 これは選挙法とは無関係な包括的連携協定であり、一組織として企業から学ばなければならない事・吸収するべきシステマティックな点は多々あると述べ、それが役所の円滑な労働や旧都民へのより適切かつ迅速な対応を可能にするのだと答える。

「現在脅威になりつつある『渚』の科学技術やテロリズムに用いられる技術レベルなど、日本の企業から流出していると見られるものも多いですが、そうした反社会的組織に企業を通じて情報や技術が盗まれるという重大な懸念は無いのですか?」

 私が何も考え無しの無知である事を印象付けようとする質問の仕方をする。その質問をした記者は全面マスクをしており、そのレンズの向こうの顔はまるで伺い知れない。匿名性からくる強気な質問だろうが、何を考えてそんな言葉が出てくるのだろうか。

「そもそも技術が海外へ流出しているのは、技術者に対する正当な対価や報酬が軽視されるこの国の、管理部門に問題があります。海外では価値のある技術には適切な報酬が支払われています。有能な人材や技術は流出しているのではなく、この国が自ら放出してしまっていると考えてもらいたい。その放出された技術が海外で、真の意味で企業外部に流出し、その技術が難民や移民と共に伝わる事で『渚』が力を付ける、いわばこの国が或る面では自分達の過失により、技術を逆輸入させてしまった面もあるでしょう。こうした技術開発への支援活動は、この都市のみならず、国内の将来的な技術流出防止や然るべき利潤の拡大も目的としております」

 また次の質問が、別の記者から発せられた。

「国内最高齢者である早乙女氏への延命技術獲得も目的の一環でしょうか。『渚』の活動が広がった影響で、自然の摂理に反すると反目する声もある様ですが」

「我々の祖父の世代では、平均寿命は今の一・五倍だったと聞いています。しかし運命や宿命が例え今の人類の平均寿命を決定していたとしても、それに抗い生き抜こうとするのは生物として当然の事ではないでしょうか? 私は医療と、そしてこの大気汚染に怯える日が無くなる事を願い、日々を生きています」

 全く、何という低レベルで低俗な質疑だろう。政治家を陥れる事を目的としている報道だから、真実や真に有益な情報を拡散しようとしない。

 強い権力を持つ組織が悪役で、非力な大衆こそが正義という構図は、特にこの日本で広く好まれている構図だ。だが、その構図を信奉するあまり、有りもしない構図を作り出して自分達が英雄になろうとしている。それが、所得格差の拡大する現代の市民に対する要望に答え続けようとしている事の証左だろう。それが彼らにとって真の有益な情報を何ももたらさないと、民衆が気付いている事にさえも気付いていない。

 だから、『大気汚染』を契機としたこの五十年で地上波の民放放送局は三社がテレビ部門を閉鎖し、インターネットにその活動基盤を移し、より自分達がやりたい独りよがりの番組配信をするだけの存在に成り下がっているのだ。少なくとも私が子供の頃は、もっとテレビの力は大きかった筈なのに。

 内心で呆れつつ、私はうんざりしながらも律儀にメディアの質問に答え、対応した。

 そうして話の締めとして、フジカズとの今後の企業連携についての発表をする。

「私も詳細を存じませんが、フジカズさんによる今後の大気研究の一成果として、近々重大な発表をすると報告を受けております」

 メディアと、私達を遠巻きに観察する聴衆が少しざわめいた。そのざわめきが落ち着くのを待ってから、私は言葉を続ける。

「フジカズによる大気研究の発表との事ですので、恐らく大気局からの公式発表が先になるかと思います。現在衆議院とも綿密に連携を取ってプロジェクトを進行させておりますので、続報をお待ち下さい」

 ご傾聴ありがとうございました、と私は言葉を締めくくり、壇上から離れる。一部聴衆から拍手が控えめに起こる中、私の後を司会の男が引き継いだ。

 私はスピーカーに接続したワイヤレス端末の通信を切り、檀上を降りて一息をついた。秘書は、そのマスクの上からでも分かる抑えきれない笑みを浮かべて私を出迎える。

「お疲れ様でした」

「どうだったかな」

「バッチリです」

 少しフランクな話し方をして、彼女は「だってほら」と少し離れた方を指差した。

 私がその方に目を向けると、メディアを囲む聴衆の垣根を掻き分けて、全面体のマスクを付けた小学校低学年くらいの少女が一人、トトト、と駆け寄ってくる。彼女の手には、色取り取りの花を添えた花束が抱えられている。

 嬉しいサプライズだった。私の活動は、決して無駄にはなっていないのだ。私が信念を持って活動をしている限り、きっとこの少女の未来も報われる。決して、私の家族がそうだった様に、貧困に苦しむ人生など誰にもあってはならないのだ。

 私はまばらな拍手に囲まれながら膝を折り、駆け寄る少女の視線の高さに目を合わせる。児童用の可愛らしいデザインがされたマスク越しに、少女は「はいどーぞ」と花を渡してきた。

 ありがとう、と私は笑顔で、彼女が差し出す花束に手を伸ばした。

「お父さんとお母さんは、何処かな」

 訊くと、少女はフルフル、と首を横に振った。どういう意味だろうか。彼女は答える。

「これ渡すまで絶対に手を離しちゃ駄目だよって、あそこのね」

 言いながら振り返り、少女は人垣の向こうの誰かを指差す。「知らないおじさんが」

 花束から少女が手を離した瞬間、カチン、と金属質な音がした。


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