妄想を現実とトレードしよう

 紫涼しすず紫暖しだんはエンリとクルトンと1日の区切りとして明日の朝まで別れなくてはいけないことがただ辛かった。できることならばエンリのココロが根こそぎ救われるまで彼女たちが小説から得て来たあらゆる慰めの言葉とそっと手を当てて背中をさするようなそんな風に側に居てあげたいと思っていた。


 だから紫涼と紫暖は夏の東京の夜を歩いた。


「紫涼、平気? わたしは長い距離歩くのは割と慣れてるけど」

「うん。ただただ歩きたい気分。月が出てるね。ぼやけもせずに」


 紫涼が首の角度を上げると紫暖もそうした。ビルに隠れて見えないことの多い東京の夜空の月。それも真夏の。

 月影よりもビルの明かりの方が明るいけれども二人は目線を上げてそのまま歩いた。


「紫涼、学校は? ぼっちになったりしてない?」

「うん、多分なってない」

「なんか曖昧だね」

「だって中学の時は完全ぼっちで過ごしたけど高校はさ。わたしが教室で本を読んでても『脇坂さん何読んでるの?』って社交してくれる大人な子たちばっかりだからさ。状況がぼっちでもそれを意識させないでいてくれる」

「そっか。でもほんとはそうなんだよね」

「え」

「会社ってさ。とどのつまりは仕事しにみんな集まってるわけだから。極端な話、話題のすべては仕事を経由したものであるべきなんだよね。だから仕事と本当に無関係な話だと社交的でない子には辛いけど、仕事を絡めた話題ならばさ、割と自然に話せるわけさ」

「あ。なんか分かる」

「学校もそうだといいよね。基本は勉強しに集まってるんだからさ。授業の内容とかを経由して勉強するっていう学生の本文が前面に出ればさ。いじめなんかしてる暇ないもん」

「んー、確かに。でもそれだけだと青春ぽくないかも」

「だから部活があるんだよ」

「んー。でも結構部活がぼっちとかいじめの温床になるってケースもあるよ」

「部活を『趣味』として徹底してないからだよ」

「え」

「わたしスポーツ用品店が主催するランニングの練習に参加したりしてるけどさ。みんな走りたくて走ってんだよね。学校の陸上部ってどうなのかな、って思って」

「うーん。そういえばなんか修行僧みたいかな、トレーニングの様子とか見てると」

「全員がそうじゃないとは思うけどさ。自分の好きで走ってると色んな工夫をするわけよ。気持ちよく走れるフォームを身につけるためには1kmダッシュのインターバルも敢えてメニューに入れたりとか」

「1kmダッシュ?」

「あら。普通だよ? 峠を攻めたりとかね」

「そっちの方が修行僧みたい」

「自らの走力の向上のためよ。だから本来部活って同好会だったり純粋に趣味を突き詰めるだけのものでいいんだよ。どうして紫涼は文芸部を創らなかったの?」

「あ。痛いところを」

「ねえ、なんで?」

「だって・・・読書の好きそうな子が周りにいないんだもん」

「ふふ。そんなの紫涼が自分で楽しんでればいいのよ」

「でも最低集めなきゃいけない人数とかあるし」

「だったら部活じゃなくってほんとの同好会にして一人でとりあえずやってればいいじゃない」

「それだったらわたしは学校にいる時も片時も本を離さないから一人同好会みたいなもんだよ」

「なるほど。とりあえずはそれでいいの、かな?」


 紫暖が勝手に紫涼を煽って勝手に収束したのでしばらく無言になった。二人は歩き果てていつのまにか小高い丘のような公園の中を通りそこから見える月を示し合わせて見上げた。

 月が美しいのは久遠の太古から変わりないはずで、紫涼はその安心できる月のシルエットに自分の容姿を重ねることができればどんなに自信が持てるだろうかと夢想した。


「紫涼」

「はい」

「紫涼も異世界転生読んでみなよ」

「うん・・・」

「エンリちゃんのココロに触れるためにさあ」

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