あまやどり

ロジィ

「猫さん」と「雨さん」

 私の家にはよく喋る猫がいる。そして、よく笑って、よく食べる。ついでに、よく眠る。


「いやー、この芸人、マジで面白いよね! 最高!」

「猫さん、箸で物を指すのは行儀が悪いですよ」

「あ、そうなの? ごめーん」


 「猫さん」は行儀が悪い。でも聞き分けはいい。

 ご飯の上に切り分けたハンバーグをのせると、かき込むように口に入れる。

 ちょっと気になるけれど、一つ注意したばかりだからここは見逃す。彼女と暮らすうちに、いつの間にか、そんな駆け引きも身についていた。

 「猫さん」は、動物の猫なんかじゃなく、れっきとした人間の女性。毛先までするりと滑らかな金髪で、よく手入れされている。黒くなった根元が目立つこともない。大きな目は感情豊かで、本当に猫のようだ、と改めて思う。


「この人たち、人気なんですか?」


 聞き覚えのあるフレーズが耳に入って、猫さんに問い掛けた。猫さんは、まるで指揮をするみたいに箸先を揺らしながら、得意気な顔で私を見た。――が、たしなめるような私の視線とぶつかって、ぺろりと赤い舌を出した。


「この人たちのギャグとか、最近めっちゃ流行ってるんだよ」


 そうか、と私は思い当たる。最近、会社の若い子たちが呪文のように唱え合って笑っているのは、この人たちのギャグだったのか。ずっと何がおかしくて笑っているのか理解できないままだったので、少しすっきりした。


「ねぇ雨さん、今日のハンバーグ、どう? 割とよく出来たと思うんだけどさ」


 猫さんが、そう問い掛けながら私の表情をうかがう。「雨さん」とは私のこと。もちろん本名では、ない。


「美味しいですよ。でも私は、玉ねぎは炒めてから入れる派ですね」

「へー、その方が美味しい?」

「それは好みですかね」


 そんな会話とテレビの笑い声がワンルームのアパートを満たしていく。和やかで、穏やかで、ゆるゆると過ぎていく時間。

 ハンバーグの中に潜む玉ねぎの歯ごたえだけが唯一、鋭角な存在を残していた。

 

 彼女がなぜ「猫さん」で、私が「雨さん」なのか。そして、なぜ私が彼女と一緒に暮らしているのか。


 それは、私が彼女を雨の日に拾ったから。

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